速報
◆ 東日本大震災に関連した破傷風 -2:東日本大震災関連の破傷風症例についての報告-
2011年3月11日の東日本大震災後2011年3月~2012年3月の期間に、岩手県と宮城県等の医療機関から震災に関連した破傷風症例(以下震災関連症例)計10例の届出があった(表1)。このうち7例について、自治体とともに積極的疫学調査として追加調査が実施できた。今回はその7症例(表1中の症例1~3、5、6、8、9)についての調査結果のまとめを報告する。なお、前号では、全国及び被災三県(岩手県、宮城県、福島県)における破傷風の2006~2011年の発生動向について、感染症発生動向調査から得られたデータに基づいて報告した(http://www.niid.go.jp/niid/images/idwr/kanja/idwr2012/idwr2012-44.pdf)。
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表1. 震災関連破傷風症例 |
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方法 2012年2~7月の期間に、震災関連症例の届出のあった自治体から、医療機関へ自記式調査票を配布し回答を得た。また、当該自治体は電話等による追加の聞き取りも行った。調査票の内容は、受傷状況、破傷風発症前後における治療内容、初発症状・主訴、基礎疾患、受診医療機関であり、その他自由記載欄も設けた。
各症例の経過 以下に症例毎の経過を示す。 10症例(表1)中、症例4、7、10は追加調査未実施のため、経過に関する詳細情報はない。
【症例1:56歳、男性】 主訴:呼吸困難、開口障害、歩行困難 基礎疾患:無 感染地域:宮城県(報告自治体:宮城県) 現病歴:3月11日に津波に流され、右大腿内側に挫創を受傷。A病院形成外科を受診し抗菌薬(薬剤名・投与量不明)の投与を受けた。3月20日(受傷後9日)に咽頭の腫脹を自覚、次に開口障害、呼吸困難と歩行障害を認めたことから、Bクリニックを受診したのち、C病院感染症科へ救急搬送となった。 臨床経過:臨床所見より破傷風と診断され、抗菌薬(薬剤名・投与量不明)、破傷風トキソイド、破傷風グロブリン(投与量不明)を投与された。気管切開・人工呼吸器装着・集中治療室利用あり。84日間の入院後、軽快し退院となった。
【症例2:69歳、男性】 主訴:構音障害、後頭部頭重感 基礎疾患:高血圧、狭心症 感染地域:岩手県(報告自治体:岩手県) 現病歴:3月11日に津波に巻き込まれ、3月12日(受傷後1日)に瓦礫の下から発見された。全身打撲および左第2-4指に挫傷を受傷。避難所で応急処置を施されるも止血せず、D病院救急を受診し入院となった。創の縫合処置、点滴、抗菌薬(CFPN-PI 300mg/日)にて軽快したことから、3月13日(受傷後2日)に退院し避難所に収容された。3月19日(受傷後8日)にD病院で創の処置をうけた。また、同日から構音障害と後頭部頭重感を自覚していたため、3月20日(受傷後9日)に避難所の仮設診療所を受診したところ、破傷風、脳出血、脳梗塞が疑われ、D病院へ救急搬送となった。頭部CTで両側基底核の陳旧性小梗塞の所見を認めたが、破傷風を否定できないため破傷風グロブリン(250単位)を投与された後、さらにE病院へ救急搬送となった。 臨床経過:臨床症状・検体検査より破傷風と診断(確定診断は3月25日)し、抗菌薬(PCG 2400万単位/日)、破傷風トキソイド(入院時および退院時)、破傷風グロブリン(250単位)を投与された。気管切開・人工呼吸器装着・集中治療室利用あり。66日間の入院後、津波で受傷した腱板損傷手術のため転院となった。
【症例3:56歳、女性】 主訴:開口障害、背部痛 基礎疾患:糖尿病(無治療) 感染地域:岩手県(報告自治体:岩手県) 現病歴:3月11日に職場で津波に巻き込まれ、流木又はシャッターにより右下腿前面に縦15cm×横6cmの弁状の挫創を受傷。3月12日(受傷後1日)にF病院を受診し、縫合処置と抗菌薬(CCL 750mg/日)の処方を受けた。3月14日(受傷後3日)より創部に発赤・熱感など感染徴候を自覚したが、医療機関を受診せずに抗菌薬の内服を継続していた。3月18日(受傷後7日)に発赤・腫脹が右下腿全体に拡大してきたため、避難所の巡回医師の診察を受けたところ、外科的加療が必要と診断され再度F病院を受診し、創部の一部開放と洗浄消毒の処置を受けた。3月20日(受傷後9日)に、巡回医師に右下腿に握雪感を指摘されたため、F病院でレントゲン検査を受けたところ、右前脛骨筋上にガス像が認められ、破傷風トキソイド、抗菌薬(CTRX 1g点滴静注)の投与を受け、同日G病院形成外科へ搬送、入院となった。21日(受傷後10日)に開口障害及び背部痛が出現したことから破傷風の疑いにて形成外科より救命救急センターに転科となった。 臨床経過:臨床症状より破傷風と診断され、抗菌薬(PIPC/TAZ 13.5g/日)、破傷風グロブリン(4500単位)を投与された。気管切開・人工呼吸器装着・集中治療室利用あり。64日間の入院後、全身及び創の状態が改善しF病院へ転院となった。
【症例5:82歳、女性】 主訴:開口障害、嚥下障害 基礎疾患:甲状腺癌手術、脳腫瘍手術 感染地域:宮城県(報告自治体:宮城県) 現病歴:3月11日の津波後、両側足底にひび割れのある足で泥の中を歩いた。3月22日(受傷後11日)に食思不振を自覚し巡回医師の診察を受けたが、この時点では異常所見を指摘されなかった。3月25日(受傷後14日)に開口障害、嚥下障害を自覚したため、H病院を受診した。 臨床経過:臨床症状より破傷風と診断され、抗菌薬(PCG 1200万単位/日)、破傷風グロブリン(4500単位)を投与された。その後、集中治療を要すとの判断から、3月27日(受傷後16日)にI病院に転院となった。気管切開・人工呼吸器装着・集中治療室利用あり。その後、軽快し退院(入院期間は不明)となったが、退院時、気管切開部のろう孔が後遺症として残った。
【症例6:61歳、女性】 主訴:開口障害、嚥下障害、構音障害 基礎疾患:高脂血症 感染地域:宮城県(報告自治体:さいたま市) 現病歴:3月11日に津波から避難する際、右手第3指にガラス片による5mmの切創、下肢に打撲・擦過傷を受傷した。自宅が流されたことから、倉庫2階に数日避難していた。3月25日(受傷後14日)に開口障害、構音障害を自覚したことから、3月26日(受傷後15日)にJ病院を受診した。 臨床経過:破傷風が疑われ、抗菌薬(PCG 1600万単位/日)、破傷風グロブリン(4500単位)を投与された。同日ICU管理の必要性の考慮から、さいたま市のK病院へ搬送され、抗菌薬(PCG 2400万単位/日、SBT/ABPC 6g/日)、破傷風トキソイド、破傷風グロブリン(投与量不明)を投与された。気管切開・人工呼吸器装着・集中治療室利用あり。62日間の入院後、軽快し退院となった。
【症例8:65歳、女性】 主訴:開口障害、項部硬直 基礎疾患:高血圧 感染地域:宮城県(報告自治体:宮城県) 現病歴:3月11日の震災により両膝下に擦過傷を受傷。3月29日(受傷後18日)に口周囲の筋硬直を自覚し、災害対策本部医療班を受診したところ、エチゾラムの処方を受けた。しかし自覚症状の改善がなかったため、4月1日(受傷後21日)同医療班を再受診したところ、開口障害の所見と診断されL病院外科へ救急搬送となった。 臨床経過:臨床症状より破傷風と診断され、抗菌薬(薬剤名・投与量不明)、破傷風トキソイド、破傷風グロブリン(投与量不明)を投与された。人工呼吸器装着・集中治療室利用あり(気管切開なし)。21日間の入院後軽快したが、構音障害・嚥下障害が残存していたためリハビリ目的で転院となった。
【症例9:70歳、男性】 主訴:開口障害、痙笑 基礎疾患:胆石症、心房細動、胃癌術後 感染地域:宮城県(報告自治体:宮城県) 現病歴:3月11日に津波に流され、鎖骨骨折と左足関節挫創を受傷。3月13日(受傷後2日)にM病院を受診した。3月27日(受傷後16日)に発熱を自覚したため、M病院を再受診し、点滴処置と解熱薬処方を受けた。4月1日(受傷後21日)に開口障害、発語障害、嚥下障害を自覚。4月3日(受傷後23日)にN病院を受診し、MRI検査にて頭蓋内病変を否定された。4月4日(受傷後24日)にO医院を受診、6日(受傷後26日)にP病院へ紹介となった。 臨床経過:臨床症状より破傷風と診断を受け、抗菌薬(PCG 2400万単位/日)、破傷風トキソイド、破傷風グロブリン(4500単位)を投与された。集中治療室利用あり(人工呼吸器装着・気管切開なし)。14日間の入院後軽快し退院となった。
7症例の調査項目の結果 性別・年齢 7例は、性別では男性3例、女性4例で、年齢の中央値は65歳(56~82歳)であった。
基礎疾患 自由記載で7例から回答が得られた。7例中6例に基礎疾患が認められ、高血圧2例(28.6%)、狭心症1例(14.3%)、糖尿病1例(14.3%)、高脂血症1例(14.3%)、胆石症1例(14.3%)、心房細動1例(14.3%)、甲状腺癌手術歴・脳腫瘍手術歴1例(14.3%)、胃癌術後1例(14.3%)だった(重複あり)。
受傷状況 海水との接触有りが7例中7例(100%)、海水への溺没の有無について回答があったのは6例で、そのうち有りが5例(83.3%)、無しが1例であった。溺没のおおよその時間は回答のあった5例全てで不明(100%)だった。
初発症状と主訴(表2) 自由記載で7例から回答が得られた。症例が自覚した初発症状は、開口障害3例(42.9%)、嚥下障害2例(28.6%)、構音障害2例(28.6%)、咽頭の腫脹1例(14.3%)、食思不振1例(14.3%)、口周囲の筋肉の硬直1例(14.3%)だった(重複あり)。受診時の主訴は、開口障害6例(85.7%)、嚥下障害2例(28.6%)、構音障害2例(28.6%)、呼吸困難1例(14.3%)、痙笑1例(14.3%)、後頭部頭重感1例(14.3%)、項部硬直1例(14.3%)、背部痛1例(14.3%)、歩行困難1例(14.3%)だった(重複あり)。
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表2. 震災関連破傷風症例の初発症状および主訴 |
表3-1. 震災関連破傷風症例の発病前の治療 |
表3-2. 震災関連破傷風症例の発症後の治療 |
治療内容
・破傷風発病前(表3-1) 受傷を理由に診察を受けた4例では、破傷風トキソイドを投与された者0例(0%)、破傷風グロブリンを投与された者0例(0%)、抗菌薬を投与された者3例(75.0%)だった。傷の処置等は2例(50.0%)に対して行われ、処置の内訳は縫合2例、洗浄1例だった(重複あり)。 受傷以外の理由で診察を受けた2例(上述の症例と重複)では、破傷風トキソイドを投与された者1例(50.0%)、破傷風グロブリンが投与された者0名(0%)、抗菌薬が投与された者1例(50.0%)だった。傷の処置等は1例(50.0%)に対して行われ、処置の内訳は創部の一部開放と洗浄消毒の処置だった。 重複患者を除いてこれらをまとめると、破傷風発病前に、外傷について治療を受けた4例に対する治療内容については、破傷風トキソイドが投与された者1例(25.0%)、破傷風グロブリンが投与された者0例(0%)、抗菌薬(CFPN-PI 1例、CCLおよびCTRX 1例、薬剤名不明1例)が投与された者3例(75.0%)、傷の処置等その他の治療が行われた者2例(50.0%)だった。
・破傷風発病後(表3-2) 7例中、破傷風トキソイドが投与されたのは6例(85.7%)、破傷風グロブリンが投与されたのは7例(100%)、抗菌薬が投与されたのは発病前から投与されていた3例を含め7例(100%)だった。7例全例(100%)で破傷風発病後に高次機能病院への転院があった。その他、集中治療室管理7例(100%)、人工呼吸器の使用6例(85.7%)、気管切開5例(71.4%)、創の洗浄4例(57.1%)、デブリードメント1例(14.3%)であった。四肢の切断、血液透析は0例(0%)だった。また、その他の治療が4例(57.1%)でその内容は、マグネシウムの持続投与3例、タゾラム・ベクロニウム・ランジオロールの使用1例、高血糖に対しての人工膵臓(STG-55)の使用1例だった(重複あり)。
重症度・転帰・後遺症 7例中、人工呼吸の利用6例(85.7%)、気管切開5例(71.4%)、集中治療室利用7例(100%)、血液透析0例(0%)だった。 さらに、破傷風の重症度1)について、重症を開口障害から全身痙攣まで48時間未満、中等症を開口障害から全身痙攣まで48時間以上、軽症を全身痙攣後も後弓反張もなし、という基準でみると、軽症2例(28.6%)、中等症3例(42.9%)、重症2例(28.6%)だった。 転帰については、死亡はなく、7例全例が軽快であった。 後遺症としては、気管切開部のろう孔1例、構音障害・嚥下障害1例が報告された。
1)Abrutyn E:Tetanus. In:Braunwald E, Fauci AS, Kasper DL, Hauser SL, Longo DL, Jameson JL,eds. Harrison's 15th ed Principles of internal Medicine , McGraw-Hill , New York , 2001:p. 918-20
破傷風治療開始後の転院状況 7例中5例で、破傷風の治療開始後に転院の既往があった。転院の理由については、「集中治療を要すため」3例(42.9%)、「全身状態及び創が改善したため」1例(14.3%)、「リハビリ目的」1例(14.3%)、「津波で負傷した左腱板断裂の手術のため」1例(14.3%)(複数回転院された症例もあるため、重複あり)だった。
入院期間 入院期間が確認できた6例の入院日数は平均値52.0日、中央値63.5日(14.0~84.0日)だった。
考察 調査票により詳細な情報がわかった7例のなかで、震災関連破傷風症例における初診から診断までの平均日数(1.4日)を上回る症例が3例あり、2例が3日間、1例が5日間だった。期間が3日であった2例のうち、1例は口周囲の筋硬直を主訴に受診したが、エチゾラムを処方され一旦帰宅とされ、3日後の再受診時に開口障害が認められたことから診断に至った例、もう1例は、食思不振を訴えて巡回医師の診察を受けたが、その時点では異常なしと判断された例であった。これらから、破傷風の初発症状は、一般診療においても比較的頻度の高い不定愁訴と鑑別が困難な場合があり、必ずしも破傷風の診断に結びつかないことが推察された。初診から診断までの期間が5日間となった症例では、当初、構音障害・嚥下障害を主訴に受診し、脳出血・脳梗塞が疑われた。これらも、患者の年齢や基礎疾患を考えると重要な鑑別疾患である。国内の破傷風と脳血管障害の好発年齢は、ともに高齢者であり初期の症状では鑑別が困難と思われた。治療内容に関しては、被災者のおかれた状況や、被災地の医療機関の環境によるところが大きいと思われるので、実際に症例に接していない立場では論ずることは不適切・不可能である。ただし一般化が可能なこととして、症例5や6のような小さな傷でも破傷風に至る可能性があり、適切な創傷治療(wound care)は創傷の程度に関わらず必要ということが考えられた。
最後に、今回の調査票に回答してくださった医師らからは示唆的なコメントが寄せられた。以下にそれらを紹介する。
【主治医からの震災時の破傷風症例への対応や予防についてのコメント】
- 震災以前に、破傷風トキソイドの接種を推奨して広報することも考慮すべきではないか(10年に1度くらい接種など)。
- 医療資源が限られる中では、早期対応が難しいと思います。まずは普段の予防接種の推奨が重要と考えます。
- 受傷から一次的な創の開放に10~20時間が経過していたため感染が成立してしまったと思います。さらに高血糖であったこと、本人が避難所で生活されていて周りに迷惑かけられないと受診を控えていたこと、日々異なる医師(内科医などもいたとのこと)が観察したため状況の深刻さの把握が不十分であったこと等の条件が重なったと思います。開創が6時間を超える場合には数日経過を見たのちに縫合すべきと思います。またそのような患者様には破傷風グロブリンを優先して投与しないとならないと思いました。
- 震災後に全例予防を行うのには無理がある。(もっと優先されるべきものがある)。予防を行うのであれば、欧米のように定期的な予防接種など…。対応としては、症状を周知し、来院を促す、診断された後は震災の大きさや病院の状況に応じて被災地外への転院も考慮されるべきと思います。
- 破トキ、テタノブリン等は震災時に入手困難であるし、また、創洗浄用の水の確保も難しいと考えられる。予防が困難ならば発症後の対応(本症例のように広域搬送も含めて)を充実させていく必要があると思います。
- 同様に受傷した夫も同時に当科受診しているが、念のためトキソイド抗体を投与したが、発症に至っていない。津波受難者全員への薬剤投与は現実的には困難だし、不要かも。
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届出医や症例に関連された医師等の皆様には、今回の調査へのご協力、また併せて、被災状況の中にもかかわらず感染症発生動向調査の届出をいただいたことに、深謝申し上げます。
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