ジアルジアによる集団感染事例について
(IASR Vol. 35 p. 191-192: 2014年8月号)
ジアルジア症は、消化管寄生虫の一種であるジアルジア(Giardia lamblia;別名ランブル鞭毛虫)による原虫感染症である。糞便中に排出された原虫嚢子により食物や水が汚染されることによって経口感染を起こす。その潜伏期間は、3~25日とされ、水様性下痢や腹痛を主症状とするが、健康な者の場合は無症状のことも多い。また、感染症法上の5類感染症に分類され、医師の診断後7日以内の届出が必要な、全数把握疾患である。千葉県での発生状況は、2007年2例、2008年3例、2009年1例、2010年6例(本事例の4例を含む)、2011年1例、2012年1例、2013年4例であった。わが国ではこれまで集団感染事例は報告されていないが、千葉県で飲料水が原因と考えられるジアルジアの集団感染事例を経験したので報告する。
経 過
2010(平成22)年11月8日、千葉県内の事業所より、管轄する保健所に「原因不明の下痢症状を訴える職員が、11月に入り増えている」という連絡があった。保健所が調査した結果、職員および給食従事者43名のうち39名の体調不良者を確認した。保健所の検査で、11月10日に厨房蛇口より採水した飲料水から残留塩素は検出されず、大腸菌が検出された。衛生研究所で患者等9名の検便検査の結果、4名からジアルジアが検出され、11月15日に施設の厨房蛇口の飲料水からもジアルジア、クリプトスポリジウムが検出されたことから、飲料水を原因としたものと推定された。
1.調査・検査対象および検査方法
1)聞き取り調査および検便検査:事業所職員40名および給食従事者3名のすべてについて聞き取り調査を実施した。職員の有症状者16名と給食従事者3名について食中毒菌検査を、職員の有症状者2名と給食従事者3名についてノロウイルス検査を実施した。さらに9名について、原虫(クリプトスポリジウムおよびジアルジア)検査を実施した。
2)施設状況調査および水質検査:施設の状況および管理状況について聞き取り調査をするとともに、公営上水道を水源とする地下式受水槽入口、高架水槽ドレン、厨房蛇口から採水を行い、水質検査(11項目試験)および原虫の検査(メンブレンフィルター加圧ろ過-アセトン溶解法、免疫磁性体粒子法および蛍光抗体染色-顕微鏡検査法)を実施した。
2.調査・検査結果
1)聞き取り調査および検便検査結果:有症状者は43名中39名(90.7%)で、職種別では、事業所職員40名中37名、給食従事者3名中2名であった。(表1)。
有症状者数は、11月1日頃から急激に増加しており、10月31日~11月7日までの間では、一峰性を示すようにみえるが、発症時期は9月10日~11月9日とばらついていた(図1)。
主な症状は、下痢38名(97.4%)、腹痛23名(59.0%)、発熱19名(48.7%)、吐気9名(23.1%)であった(表2)。また、医療機関を受診し抗菌薬の投薬を受けた後も症状が回復しない者が多数存在した。
なお、ペットの飼育状況、海外渡航歴等について確認したが、いずれも感染源となるものは見出せなかった。
事業所職員の有症状者16名と給食従事者3名の検便検査では、食中毒菌およびノロウイルスはいずれも陰性であった。さらに検体残余のあった9名について原虫検査を実施し、職員の有症状者6名中3名、給食従事者3名中1名からジアルジアの栄養体およびシストが確認された(表3)。
2)施設状況調査および水質検査結果:事業所が入居するビルは、水道法等の適用外施設であった。保健所探知後、11月10日の施設調査時に厨房蛇口からの採水では、残留塩素は検出されず、大腸菌が検出された。また、使用を中止し、清掃を実施するために受水槽等の水を落とした11月15日に、地下受水槽入口、高架水槽ドレン、厨房蛇口から採水を行ったところ、厨房蛇口から、ジアルジア(18個/20L)、クリプトスポリジウム(149個/20L)が、高架水槽ドレンからは、クリプトスポリジウム(234個/20L)が検出された。地下受水槽入口から採水した上水からは、ジアルジア、クリプトスポリジウムは不検出であった。なお、厨房蛇口から大腸菌群、大腸菌が、高架水槽ドレンから大腸菌群が検出されたが、地下受水槽入口からはいずれも検出されなかった。残留塩素は、地下受水槽入口では検出されていたが、施設内の厨房蛇口では検出されなかった。
事業者は改善策として、地下受水槽の給水を停止し、新しい給水施設(受水槽、水道管)を設置した。その後、地下受水槽への給水を停止したにもかかわらず、3~6月の3カ月強で地下受水槽内の水位の上昇と汚濁が確認され、地下受水槽の内部には、接続先を確認できない複数の配管と、過去に使用していた配管周りのコンクリートに腐食が認められた。
考察・まとめ
1)本事例は、有症状職員6名中3名、給食従事者3名中1名からジアルジアが確認され、施設の厨房蛇口の飲料水からもジアルジアが検出されたことから、飲料水を原因としたジアルジアによる集団発生と推定された。
2)便からの検出はジアルジアのみであるが、水質検査からクリプトスポリジウムが検出されたことや、ジアルジアにはあまりみられない発熱が有症状者の半数近くにみられたことから、他の病原体の関与も否定できなかった。
3)飲料水汚染の原因について究明には至っていないが、古い地下式受水槽が汚染された可能性が高いと考えられた。水道法や本県のように独自に条例を制定していても、保健所等の立入調査を受けない施設は多数存在する。本事例のような発生を防止するために、千葉県では水道事業者あてに、水道施設の適正な維持管理の徹底について指導する通知文を発出した。このことは原虫による水系感染症の感染防止対策における注意喚起の契機として重要と思われた。
千葉県衛生研究所 篠崎邦子 岸田一則 富田隆弘1) 遠藤幸男2) 小林八重子 石井俊靖
1) 現健康福祉部疾病対策課
2) 現健康福祉部健康福祉政策課