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カルバペネム耐性腸内細菌科細菌感染症の治療

(IASR Vol. 40 p24-25: 2019年2月号)

カルバペネム耐性腸内細菌科細菌(CRE)感染症の疫学

CREとは, イミペネム(IPM)の最小発育阻止濃度(MIC)≧2μg/mLかつセフメタゾール(CMZ)のMIC≧64μg/mLまたは, メロペネム(MEPM)のMIC≧2μg/mLを示す腸内細菌科細菌のことである。腸内細菌科細菌とは, 大腸菌, Klebsiella属菌, Enterobacter属菌, Serratia属菌, Proteus属菌などの一群の細菌学的分類に入る菌群の総称であり, 尿路感染症, 胆道感染症などの腹腔内感染症, 血流感染症, 肺炎などの感染症の原因菌となる。CREによる感染症は5類全数把握対象疾患感染症として届出が義務付けられており, 2016年に届出られた1,581例が報告されている1)。原因菌の内訳はEnterobacter cloacae 31.3%, Klebsiella aerogenes 30.6%, Klebsiella pneumoniae 11.7%, Escherichia coli 9.8%の順で多く, 感染症の種類は, 尿路感染症32.4%, 菌血症・敗血症24.8%, 肺炎20.6%の順に多かった。自施設での2014年9月~2016年12月の間に発生したCRE感染症の解析では, 原因菌の内訳は全国データとほぼ同様であり, 感染源が探索可能であった感染症の内訳は, 尿路感染症が31%, 腹腔内感染症が24%, 肺炎が21%, 胆道系感染症が14%, カテーテル関連血流感染症が3%を占めていた。

CRE感染症治療の原則

現在のところ, わが国ではCREの検出率が低く, 経験的治療(empiric therapy)としてCREを想定して治療を開始するようなケースは, 過去にCREの保菌が明らかな例や海外の医療施設での治療歴がある例の感染症などに限られる。感染症患者の検体からCREが検出された場合でも, まずそれが感染症の真の原因菌かどうかを判定する必要がある。それが血液や髄液などの通常は無菌である検体から検出されたのであれば原因菌である可能性が高いが, 喀痰や開放膿など汚染が避けられない検体から検出された場合には, 原因菌かどうかは患者の臨床経過や他の検査所見も参考にして総合的に判断する。外科的ドレナージが必要な病態では, 可能な限り施行する必要があるのは言うまでもない2)。治療薬は, 薬剤感受性検査の結果を参考にして選択することになるが, 菌によってβ-ラクタム系薬やそれ以外のアミノグリコシド系薬, フルオロキノロン系薬などの抗菌薬に対する感受性が異なるので, 選択には注意が必要である。自施設で経験した29株の各種薬剤感受性検査の結果を表に示す。MEPMのMIC≧2μg/mLを満たすA群13株とそれ以外のB群16株に分けると, カルバペネマーゼ産生菌(CPE)はすべてA群に入り, β-ラクタム系薬やアミノグリコシド系薬, フルオロキノロン系薬の感受性が大きく異なることが判る。また, 耐性機序でCPEによる菌血症では, カルバペネマーゼ非産生菌によるものと比較して治療予後が悪いと報告されており, 治療の上では区別が必要と考えられる3)

CRE感染症の治療

CRE感染症の治療についての報告は, 海外のCPE(特にK. pneumoniae carbapenemase: KPC)感染症に対するものがほとんどで, 無作為試験の報告はない4)。わが国でのCRE感染症の治療の参考にする上では注意が必要であるが, その主なポイントをまとめてみる。

カルバペネム:CREは文字通りカルバペネム非感性ではあるが, MICの値によっては, 治療の選択肢になり得ると考えられている。カルバペネム単剤で治療した場合は, MIC≦1μg/mLであれば治療予後が良いが, MIC≧2μg/mLだと予後不良と報告されている5)。併用療法では, 感受性のある薬剤と併用する場合にはMIC≦8μg/mLの場合は比較的予後が良好であるとされる6)。pharmacokinetics/pharmacodynamicsの観点からは, 高用量・長時間投与が推奨される4)

コリスチン:環状ペプチド系抗菌薬に属する。Serratia属菌やProteus属菌には生来無効で, 単剤治療におけるMICの上昇や4), プラスミド性の耐性機序がすでに知られている7)。適正使用には, 日本化学療法学会からの指針を参考にされたい8)。副作用として腎障害や神経障害に注意が必要である。

チゲサイクリン:グリシルサイクリン系抗菌薬で腸内細菌科細菌やグラム陽性菌にも抗菌活性があり, 併用療法で用いられる。適正使用には, 日本化学療法学会からの手引きを参考にされたい9)。悪心などの消化器症状が主な副作用である。

併用療法:抗菌薬の併用療法が用いられる目的は, 抗菌薬のスペクトラムの拡大による不適切治療の減少, 併用による相乗効果の期待, さらには薬剤耐性誘導の阻害などが挙げられる4)。CRE感染症治療においても, 感受性検査結果で感受性のある薬剤(上記の他にもアミノグリコシドやホスホマイシンなどを含む)の併用療法が有効であるとされているが10), 最近の多施設での後方視的コホート研究では, CPEによる菌血症患者において, 併用療法のメリットは死亡率の高いハイリスクの集団に限られると報告されている11)。併用療法では副作用のリスクは増大するため, 常に効果と副作用のバランスを考慮することが重要である。

予 後

海外の報告によれば, CRE感染症, 特にCPEによる菌血症症例において, 死亡率(14日および30日)は20~40%と報告されている3,10,11)。一方わが国での前記の2016年のデータでは, 届出時の死亡例の割合は3.4%と低かったが, 自施設の29例の解析では, 死亡率は26%であった。我々の経験からは, 海外の報告例に比べCRE株の薬剤感受性が比較的良く, またCPE症例では併用療法を心掛けたにもかかわらず, 患者の基礎疾患が重篤なものが多く, 高い死亡率に繋がっていると考えられた。

今後はわが国でもCREによる感染症の増加が予想される中で, 新たな抗菌薬の開発が期待される2,4)

 

参考文献
  1. IDWR速報, https://www.niid.go.jp/niid/ja/cre-m/cre-idwrs/7393-cre-20170613.html
  2. 下野信行ら, 日本化学療法学会雑誌 64: 742-749, 2016
  3. Tamma PD, et al., Clin Infect Dis 64: 257-264, 2017
  4. Morrill HJ, et al., Open Forum Infect Dis, doi: 10.1093/ofid/ofv050, 2015
  5. Patel TS, et al., J Clin Microbiol 53: 201-205, 2015
  6. Daikos GL, et al., Antimicrob Agents Chemother 58: 2322-2328, 2014
  7. Liu Y-Y, et al., Lancet Infect Dis 16: 161-168, 2016
  8. 公益社団法人 日本化学療法学会 コリスチンの適正使用に関する指針 改訂委員会, コリスチンの適正使用に関する指針−改訂版−2015年5月
  9. 公益社団法人 日本化学療法学会 チゲサイクリン適正使用のための手引き 改訂委員会, チゲサイクリン適正使用のための手引き2014年
  10. Tzouvelekis LS, et al., Clin Microbiol Infect 20: 862-872, 2014
  11. Gutierrez-Gutierrez B, et al., Lancet Infect Dis 17: 726-734, 2017

 

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