国立感染症研究所

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新宿区保健所における2018年A型肝炎アウトブレイクの分析と対策の検討

(IASR Vol. 40 p152-153:2019年9月号)

はじめに

2018年の新宿区におけるA型肝炎の発生届出数は, 2018年第7週時点で10例となり, 例年の報告数(年間10例未満)を上回り, アウトブレイクの発生を探知した。その後も増加傾向が継続したため, 新宿区保健所は以下の2つの調査を行い, A型肝炎のアウトブレイクの全体像の解析, 重症(入院)例における感染経路の記述解析を実施し, 今後のA型肝炎対策を検討した。

方 法

1)感染症発生動向調査(NESID)の記述解析

2014~2018年の5年間に新宿区保健所が受理したA型肝炎の発生届をもとにNESIDに登録されたデータから, 患者の性別, 年齢, 感染経路の記述解析, および東京都健康安全研究センターで実施したA型肝炎ウイルス遺伝子解析結果における年別の記述解析を行った。

2) 重症 (入院) 例からの聞き取り調査

2018年1月1日~12月31日までに新宿区保健所が受理したA型肝炎の発生届131例のうち, 重症 (入院) 例は40例(31%)であった。そのうち患者および主治医から了解の得られた重症例22例(うち男性21例)を対象に, 新宿区で作成した「A型肝炎 積極的疫学調査票」を用い, 感染経路や予防に関する聞き取り調査を行った。また, 感染拡大予防のための保健指導も併せて行った。

結 果

1) NESIDの記述解析

新宿区保健所が受理したA型肝炎の発生届出数は2014~2017年に4~9例で推移していた。2018年の発生届出数は年間131例であった。性別は男性が129例(98%)であった。男性の感染経路は同性間性的接触が129例中105例(81%)であった。遺伝子型は解析を行った58例中57例(98%)がS13株であった。

2)重症(入院)例からの聞き取り調査

聞き取り調査を行った男性21例の感染経路は同性間性的接触が17例(81%)であった。HIV感染の合併は12例(57%)であった。発症より過去2カ月以内に不特定多数と性的接触のある者が13例(62%)であった。性的対象者と出会う手段はSNSの利用が10例(48%)で, いわゆるハッテン場の利用が8例(38%)であった。感染予防行動については, コンドームの使用が8例(38%), A型肝炎のワクチン接種済みの者が2例(10%)であった。ワクチンを接種した2例ともは接種後10日以内での発症であった。

上記の調査結果を踏まえ, 新宿区保健所では, 年2回実施しているMSM(men who have sex with men)を対象としたHIV検査にて, MSM48例へA型肝炎の流行状況や予防策について周知した。また, 随時, 関係機関との情報共有を図った。

考 察

2018年に新宿区保健所へ届出されたA型肝炎患者の主な感染経路は男性同性間性的接触であり, MSM間のアウトブレイクが推測された。また, 重症化した患者の過半数はHIV感染の合併があり, 発症より過去2カ月以内に不特定多数との性的接触などA型肝炎の罹患に関してハイリスクな性行動を取っていた。

本事例はS13株により発生した。この株は, 2015~2016年に台湾のMSM間で流行し, 2016~2017年にヨーロッパのMSM間でも流行したRIVM-HAV16-090株とほぼ同一の塩基配列を持っていた。国内ではこの株は2016年に検出された1)

MSM間におけるA型肝炎のアウトブレイクは, 過去にも世界や日本で報告されている2,3)。A型肝炎の感染経路は糞口感染のため, コンドームを使用していても感染する可能性を指摘する報告がある4)。MSM間におけるA型肝炎のアウトブレイクを経験した諸外国でもワクチン接種の重要性が述べられており5-7), A型肝炎の予防はワクチン接種が最も有効な手段であると考えられた。

今回の聞き取り調査で, ワクチンを接種したにも関わらずA型肝炎に罹患した患者2例は, 2回目のワクチン接種から発病までの期間がそれぞれ数日~10日程度であった。つまり, 2回目のワクチンを接種した時には既に感染していたことが推測された。以上より, A型肝炎の予防には, 適切な時期と回数によるワクチン接種が重要であると考えられた。

また, ワクチン接種をした2例の共通点は, 通院先(HIV治療)での接種であった。医療従事者は, ワクチン接種促進のために重要な役割を担っていると報告されている8,9)。HIV感染のため通院中であり, かつA型肝炎罹患に関するハイリスクな性行動がある患者が, アクセスのよい通院先医療機関において, A型肝炎ワクチン接種に関して適切な時期に情報提供を受けることは感染拡大予防の一助となり得ると考えた。

最後に, 保健所の役割として重要なことは, 感染症法に基づく発生届の受理および積極的疫学調査からのアウトブレイクの原因やハイリスク層の推測と, それらを踏まえた予防策の考察およびハイリスク層や医療機関等に対する適切な情報共有であると考える。

 

引用文献
  1. 国立感染症研究所, 2018年A型肝炎流行状況,
    https://www.niid.go.jp/niid/images/vir2/HAV/HAV2HP181105.pdf
  2. Centers for Disease Control and Prevention(CDC), JAMA 267: 1587-1588, 1992
  3. 武市朗子ら, 感染症誌 74(9)716-719
  4. Ndumbi P, et al., Euro Surveill 23(33): pii= 1700641, 2018
  5. Centers for Disease Control and Prevention(CDC), MMWR 47: 708-711, 1998
  6. Werber D, et al., Euro Surveill 22(5): pii=30457, 2017
  7. Chen GJ, et al., Liver Int 38(4): 594-601, 2018
  8. Ding H, et al., MMWR 63(37): 816-821, 2014
  9. Tuckerman JL, Hum Vaccin Immunother 11(3): 704-712, 2015
 
 
新宿区保健所
 髙橋郁美 カエベタ亜矢 遠藤雅幸 井瀧まりや
板橋区健康生きがい部(保健所)
 高橋愛貴
国立感染症研究所感染症疫学センター
 八幡裕一郎

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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