国立感染症研究所

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ダイヤモンド・プリンセス号新型コロナウイルス感染症事例における事例発生初期の疫学

(IASR Vol. 41 p106-108: 2020年7月号)

背 景

2020年1月20日に横浜港を出港したクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス(DP)号の乗客で, 1月25日に香港で下船した80代男性が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に罹患していたことが2月1日確認された(1月19日咳発症)1)。2月2日に香港から同報告を受けた厚生労働省は, 2月1日那覇港寄港時に検疫を受けたDP号船員乗客に対し, 2月3日に再度横浜港で検疫を実施した。同日夜から検疫官が船内に入り, 全船員乗客のその時点での健康状態を確認しつつ, 出港時から2月3日まで発熱または, 呼吸器症状を呈していた人およびその同室者に対し, 口腔咽頭スワブ検体を採取した。一部の検査結果が2月4日に判明し, 31人中10人でSARS-CoV-2 RNAが検出された2)。なお, DP号は船員乗客各8の計16デッキに2名部屋を基本とする部屋があり, 世界57カ国から船員1,068人, 乗客2,645人の計3,713人が搭乗していた(集計時点により乗客数に変動あり, 乗客用客室を利用していた船員は船員として算出)。その後4月15日までに確定症例712例が確認され, 少なくとも14例の死亡が確認された(致命率2.0%)3)。また, その他に検疫官や船会社の医師ら外部から対策に入った9人の感染が確認された3,4)

DP号COVID-19流行初期の疫学

事態対応初期から中期にかけて船内では確定症例の搬送を優先していたこともあり, 発症日や同室者の健康状態等の情報が十分得られないまま下船した症例が多数存在していた。情報の精度がある程度担保された1月20日~2月9日までの情報を用い, 確定症例を同期間にRT-PCRでSARS-CoV-2 RNAが検出された船員乗客と定義したところ, 172例が該当した5)。最も早く発症した症例は1月22日発症の乗客であり, 船員では2月1日発症が最も早かった()。また, 疑い症例を37.5℃以上の発熱または呼吸器症状を呈した船員乗客と定義し, 船内医務室, 臨時設置発熱コールセンター, 検査時の問診票の情報から確認したところ, 2月9日時点で362症例が該当した。

確定症例172症例の年齢は中央値69歳(四分位範囲60-74歳)で, 性別は女性が87例(51%), 国籍は日本人が80例(47%)であった()。乗客が152例(88%), 船員が20例(12%)であった。乗客症例は特別室のあるデッキ以外の全デッキで確認された。船員症例は, 8デッキ中4デッキで症例が確認され, 特にデッキ3では16例が確認された。船員症例では14例(70%)が食事担当スタッフであった。検体採取時に144例で症状を認め(84%), 発熱121例(有症状の84%), 咳69例(同48%), 咽頭痛20例(同14%), 下痢3例(同2%)であった。検体採取時に無症状であった人は24例(14%)であった。この期間中の累積罹患率は, 乗客が5.7%, 船員が1.9%であった。船員乗客ともにデッキごとの累積罹患率に有意な差を認めなかったが(3.5-7.0%), 船員の中では食事担当スタッフ(5.7%)は他スタッフ(0.7%)に比べ累積罹患率が有意に高かった。年齢階級ごとの累積罹患率は, 40代以降は年齢が上がるほど高かった。なお, 船内では5階から7階までの吹き抜け構造の広間で大勢が集まるパーティが検疫前に複数回開催されていたこと, 船員は同じ職場の同僚が同じデッキに住んでおり, 活動の多くを共にしていたこと6), が聞き取りで判明した。

考察とまとめ

感染の広がりに関しては, 2月3日の検疫前に一定数の感染者が複数デッキで発症しており, 感染伝播が検疫前に, ほぼすべてのデッキの乗客間で起こっていたと推測された。乗客の曝露機会には, 隔離前の船内パーティにおける接触飛沫感染が一つの可能性として挙げられる。検疫時にほぼ全員が曝露していた可能性があったため, 乗客全員を濃厚接触者と考えて隔離をしたことは妥当であったと考えられた。また, 食事担当スタッフの感染も既に隔離前のパーティで給仕した際に感染していた可能性があると考えられた。

DP号でのCOVID-19事例は, 規模や感染症の性質から過去にない未曽有の事例であった。初期対応の課題には, 災害対応体制の早期構築と指揮系統の明確化, 情報集約とデータベースの一元化, 事例の迅速な記述疫学, 不慣れな人が多い中での感染管理の徹底, 全体対策本部と現地対策本部との円滑なコミュニケーション, タイムリーな対外情報発信, 海外担当部局との調整, などが挙げられる。今後, 万が一同様の事例が発生した際には, 本経験を活かしてこれらの課題に迅速に対処することが重要である。

謝辞:対応に当たられた検疫官をはじめとする厚生労働省職員, 船内対応にご協力いただいたDP号船員, 感染管理に従事された方々, 患者搬送に従事された災害派遣医療チーム(DMAT)の方々, 船内医薬品配布に従事された方々, 搬送患者を診療された医療機関の方々, その他すべての対応に関わられた方々に感謝申し上げます。

 

参考文献
  1. The Government of the Hong Kong Special Administrative Region, Centre for Health Protection, Press release,
    https://www.info.gov.hk/gia/general/202002/01/P2020020100795.htm(閲覧2020年6月18日)
  2. 厚生労働省, 横浜港に寄港したクルーズ船内で確認された新型コロナウイルス感染症について
    https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_09276.html(閲覧2020年6月18日)
  3. 厚生労働省, クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」への対応等について,
    https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000164708_00001_old.html#cruise(閲覧2020年6月18日)
  4. 厚生労働省, 新型コロナウイルス感染者について(情報提供),
    https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_09858.html(閲覧2020年6月18日)
  5. Yamagishi T, et al., Eurosurveillance 25(23): pii=2000272,
    https://doi.org/10.2807/1560-7 917, 2020
  6. Kakimoto K, et al., MMWR 69(11): 312-313, 2020
 
 
国立感染症研究所薬剤耐性研究センター 山岸拓也                
同感染症疫学センター 神谷 元 鈴木 基 
大阪健康安全基盤研究所公衆衛生部     
健康危機管理課疫学調査支援チーム 柿本健作

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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