国立感染症研究所

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日本紅斑熱リケッチアと極東紅斑熱リケッチアのゲノム特性

(IASR Vol. 41 p142-143: 2020年8月号)
他のリケッチア属細菌との系統遺伝学的関係

図1に, 主要なリケッチア属25種に共通して保存される632遺伝子の配列を用いて作成した系統樹を示す。リケッチア属は, 遺伝系統や引き起こす疾患などから, spotted fever group(SFG), typhus group(TG), ancestral group(AG)などに分けられ, 日本紅斑熱リケッチアはSFGに属する。リケッチアでは多数の菌種が次々と提唱されており, その分類に関しては問題も多く, 様々な議論がある。特にSFGでは多くの菌種が提唱されているが, 日本紅斑熱リケッチアと最も近縁なものは, 日本でも患者が報告された極東紅斑熱リケッチア(Rickettsia heilongjiangensis)である。

ゲノム解析の進捗と基本的なゲノム特性

日本紅斑熱リケッチアの代表株であるYH株の完全長ゲノム配列が2013年に初めて決定され1), 2017年には, YH株の再解析株(YH_M株)を含む31株の国内分離株の高精度ゲノム配列が決定された2)。また2018年以降, 中国で分離された株の配列情報も公開されてきている(2020年7月時点で2株)。日本紅斑熱リケッチアのゲノムサイズは約1.28 Mbであり, 約1,200の遺伝子がコードされている。極東紅斑熱リケッチアについても, 中国で分離された2株とわが国で分離された3株の完全長ゲノム配列が決定されている3,4)。極東紅斑熱リケッチアのゲノムは日本紅斑熱リケッチアと非常に類似しており, ゲノムサイズも遺伝子数もほぼ同様である。ゲノム全体での塩基配列の相同性も99.2%と極めて高く, 両菌種の識別は容易ではない。しかし, それぞれの種に特異的なゲノム領域が数カ所同定されており, これらの領域は両菌種を識別するためのPCRに利用できる4)

菌種内でのゲノム多様性

図2に, 33株の日本紅斑熱リケッチア(国内:31株, 中国:2株)の全ゲノム配列に基づいて推定される系統関係を示す。国内株は, 1985~2014年の間に国内各地で臨床検体およびマダニから分離された株である2)。中国株は, 2015年に中国南東部の浙江省で患者から分離された株である。33株間で検出される1塩基多型(SNP)は, 全ゲノムのレベルでも128カ所のみであり, 菌種内での遺伝的多様性が非常に低い。国内株は, 主要系統であるLineage Ⅰ(国内株27株を含む)と2つのマイナー系統(Lineage Ⅱ, Lineage Ⅲ)に分けられるが, Lineage Ⅰの中では, わずか34カ所のSNPしか検出されず, 遺伝的に極めて均一な集団である。同一あるいは異なる地域で10年以上分離年が離れていてもまったく同一のゲノム配列を有する株が存在する一方で, Lineage Ⅰ内の株間の系統関係には地理的な相関が見出されない2)。中国で分離された2株は岡山県でマダニから分離された株とともにLineage Ⅲに属するが, 岡山株との違いは8および13 SNPのみである。

日本紅斑熱リケッチアと同様に, 極東紅斑熱リケッチアの遺伝的多様性も非常に低い。国内株(仙台で分離)と中国株(内モンゴル, 黒竜江省)の全ゲノム比較でも, 全体で81個のSNPが検出されるのみである4)。また, 国内株(3株)は, 国内で初めて確認された患者の推定感染地域で2008~2012年にかけてイスカチマダニから分離された株であるが, 完全に同一のゲノム配列をもつ。したがって, このクローンを保有するマダニがこの地域に定着していると考えられる。

菌種内での非常に低い遺伝的多様性は, SFGリケッチアに共通の特徴である可能性があるが, 類似の菌株間ゲノム比較は他の菌種では行われていない。また, このような特性が生じる理由は不明であり, 宿主マダニと共生関係にあるリケッチアの特殊な生活環に起因する可能性などが考えられる。疫学的な観点からは, 日本紅斑熱リケッチアとその近縁種の分子疫学調査を行うためには, 極めて高精度なゲノム解析によって菌株識別を行う必要があるといえる。

 

参考文献
  1. Matsutani M, et al., PLOS ONE 8(9): e71861, 2013
  2. Akter A, et al., Genome Biol Evol 9: 124-133, 2017
  3. Duan C, et al., Genom Announc 193(19): 5564-5565, 2011
  4. Kasama K, et al., Front Microbiol 10: 2787, 2019
 
 
九州大学大学院医学研究院細菌学分野
 笠間健太郎 林 哲也

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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