国立感染症研究所

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高齢者施設におけるCOVID-19積極的疫学調査とSARS-CoV-2ゲノム解析に基づく考察

(IASR Vol. 42 p32-34: 2021年2月号)

 高齢者施設(特別養護老人ホーム)における職員や入所者での新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の集団発生に伴い積極的疫学調査とともにウイルスゲノム解析を実施したので, 感染経路に関する考察も加えて報告する。

事例概要

 高齢者施設職員AがDay0に発症, Day11にCOVID-19と診断された。当該職員Aは, 勤務中はサージカルマスクを常時着用していたため, 濃厚接触者はマスクをせず休憩室等で会話した職員3名と判断した。入所者については, ケアを通じての濃厚接触はないと判断したが, 職員Aの感染が判明したDay11の時点で, 職員Aの勤務するフロアの居室X(4人床)の3名が発熱していたため, 無症状の残り1名を含め4名に新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のPCR検査(PCR検査)を実施した。入所者の属性としては, 要介護5の日常生活動作(activities of daily living: ADL)全介助から, ADL自立だが認知症があり入所となっている例まで様々であった。なお, 居室Xは, ほぼADLは自立している方の部屋であった。PCR検査の結果は, 職員3名は陰性であったが, 入所者4名は陽性(入所者1-4, 診断日Day12, 1は無症状, 2-4は発症日Day11)であった。このため, 職員Aとの接触に限らず, 同じフロアの入所者70名を対象とし, Day12にPCR検査を実施したところ, 8名(入所者5-12, 診断日Day13, 無症状)が陽性であった。また, Day0~11までに施設在籍していたが, 入院等でDay12時点に施設不在であった6名についてもPCR検査を実施したところ, 陽性1名(入所者13, 発症日Day14, 診断日Day16), 陰性5名であった。入所者から複数陽性者が判明したため, Day14に当該フロアの全職員52名にPCR検査を実施したが, すべて陰性であった。

 その後, Day23に職員Aと同じフロアの職員Bが発症し, Day28にCOVID-19と診断された。最終出勤はDay22であり, 発症後は勤務しておらず濃厚接触者はいないと判断したが, 入所者と職員の健康観察を継続した。Day32に入所者1名に37℃台前半の発熱があったが, 往診医の診察にて, 経過観察となった。症状が継続するため, PCR検査が実施され, Day40にCOVID-19と診断された(入所者14)。Day40より14日経過した時点で入所者14の同室者には症状はなく, また職員含めて新たな発症者がないため, 経過観察は終了となった(図1)。

なお, 本事例を対応した時点では, 発症日より感染性があると考え, 濃厚接触者の決定を行った1)

 結果① PCR実施件数

 職員55名:陽性0名, 陰性55名〔陰性のうち, 後日1名陽性(職員B)〕
 入所者74名:陽性12名, 陰性62名〔陰性のうち, 後日1名陽性(入所者14)〕
 退所者6名:陽性1名(入所者13), 陰性5名

 陽性者14名のうち, 居室Xでは複数感染者を認めたが, ほかの事例は居室に集積は認めず関連性は不明であった。なお, 高齢者80名の平均年齢は84.0歳, 男性16名, 女性64名であった。

 結果② ゲノム解析結果

 SARS-CoV-2ゲノム情報を確定し, その完全長配列が示す塩基変異を基に, ゲノム・クラスターの関係性を図2に示した。職員A, 入所者1, 12についてはゲノム解析不可であった(残検体が入手不可, ウイルス量少量のため等)。検体採取時に無症状であったのは1, 5-12である。

 入所者2-4, 6-10, 13, 14は同じ塩基配列(グループαとする)であったが, 5, 11はグループαとそれぞれ1塩基変異があった。また, 職員Bはグループαと3塩基変異があった。

考 察

 当該施設では, 面会の中止や入所者の食堂での食事提供の中止, 職員の勤務前の症状確認, 職員の勤務フロア固定, などの対策を徹底して実施しており, 職員Aの感染判明以降はショートステイの受け入れやデイサービスも中止するなど, 感染拡大防止策を実施していたが, 感染者判明から収束まで約2カ月を要した。

 ゲノム解析の結果より, 診断日は同じであるが, 入所者5, 11はグループαの配列からそれぞれ1塩基変異であり, ウイルス増殖能にも左右されるが, 1塩基変異に平均2週間かかると推察されているため2), およそ2週間以上前から施設内にはウイルスが持ち込まれていたことが推察された。職員Aのゲノム解析ができなかったため詳細不明であるが, 職員Aの発症以前には発熱のあった職員や入所者はいないとの報告であり, 発熱のない咽頭痛などの軽症者や無症状の感染者が存在し, 施設内で感染拡大していた可能性がある。

 職員BはDay23に発症していた。グループαと3塩基変異であることから単純計算で6週間の時間差が推定されるが, 2週間に1塩基変異は平均的な推定値であり, 職員Aおよび入所患者よりも後に感染したことが推定された。またDay40に診断された入所者14はDay12時点では陰性であったが, ゲノム配列がグループαと同一であることから, 他の入所患者と同様に当初から感染していたが, Day12では探知できるレベルではなく, その後のウイルス増殖によりDay32から発症が顕在化した可能性, もしくは, 当初は感染しておらず, 他の感染源から感染した可能性も推察された。

 今回の積極的疫学調査とゲノム解析の結果より, 施設には初発患者が探知されるよりも早い段階でSARS-CoV-2が存在し, 職員や入所者で持続的な感染が起きていたと考えられた。日本国内の感染者のゲノム解析については国立感染症研究所にて分析され, 定期的に公表されている。必要に応じ疫学調査とゲノム解析結果をあわせて分析することで, 今後の対策に役立てることができると考える3)

 COVID-19は, 80%は無症状や軽症といわれている。今回の事例より, 若年者だけでなく高齢者であっても必ずしも発病するわけではなく, 無症状の感染者がいることがわかった。しかし, 施設入所中の高齢者は, 合併症も抱え重症化するリスクが高い。施設内での感染拡大を防ぐ対策としては, まずは施設内へウイルスを持ち込まないことが挙げられる。現在, 施設職員の定期的なPCR検査や, 新規入所時の高齢者へのPCR検査を実施している事例もあるが, 無症状者に関する検査精度の課題や, 陰性の判断直後に感染する可能性もあり, このような対策だけで施設内感染をゼロにできるわけではない。また, 施設内での感染防護具についても様々な種類が流通しており, 介護度の高い高齢者へ必要な場面で必要な対策をとること, 職員だけでなく入所者同士も飛沫感染対策をとること, は今後も重要であろう。さらに, 施設内へ持ち込まない対策だけではなく, 従前から行っていることではあるが, 今後も職員・入所者ともに, 体温だけでなく咽頭痛などの症状も健康観察項目に加え, 症状が続く場合は, 施設医等へ相談し, 地域の感染状況に合わせてPCR検査等を考慮する必要があると考える4)。高齢者では誤嚥により発熱を繰り返す例も多く, COVID-19であっても本事例のように軽症の場合, ほかの呼吸器感染症との鑑別は難しい。2020年12月現在, 検査や検体も複数の方法が採用可能となっており, 今後も必要な検査を実施し, 高齢者施設での感染拡大防止策を継続していくことが重要である。

 謝辞:本事例に関して御対応いただきました関係者の皆様に感謝申し上げます。

 

参考文献
  1. 国立感染症研究所, 「新型コロナウイルス感染症に対する積極的疫学調査実施要領」
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2484-idsc/9357-2019-ncov-02.html (accessed on Oct 18)
  2. https://nextstrain.org/sars-cov-2/ (accessed on Oct 18)
  3. 国立感染症研究所, 新型コロナウイルスSARS-CoV-2のゲノム分子疫学調査2 (2020/7/16現在)
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/basic-science/467-genome/9787-genome-2020-2.html (accessed on Oct 18)
  4. 厚生労働省事務連絡 令和2年8月21日
    https://www.mhlw.go.jp/content/000661726.pdf (accessed on Dec 13)

 
大田区保健所         
 高橋千香 伊津野 孝    
東京都健康安全研究センター  
 岡田麻友 草深明子 中坪直樹 長島真美
 林 真輝 山崎貴子 千葉隆司 貞升健志     
国立感染症研究所病原体ゲム解析研究センター       
 関塚剛史 黒田 誠

 

 

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