国立感染症研究所

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genome 2020 1国立感染症研究所病原体ゲノム解析研究センター

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新型コロナウイルスSARS-CoV-2のゲノム上にランダムに発生する変異箇所の足跡をトレースすることにより、感染リンクの過去を遡り積極的疫学調査を支援している。この調査により、これまでの経過は以下の様に説明できると考えている。中国発から地域固有の感染クラスターが発生し、“中国、湖北省、武漢” をキーワードに蓋然性の高い感染者・濃厚接触者をいち早く探知して抑え込むことができた。しかしながら、3月中旬から全国各地で欧州系統の同時多発流入により“感染リンク不明” の孤発例が検出されはじめた。数週間のうちに全国各地へ拡散して地域固有のクラスターが国内を侵食し、3−4月の感染拡大へ繋がったと考えられる。現場対策の尽力により一旦は収束の兆しを見せたが、6月の経済再開を契機に “若者を中心にした軽症(もしくは無症候)患者” が密かにつないだ感染リンクがここにきて一気に顕在化したものと推察される。隠れた感染リンクをいち早く探知するためにも、聞き取りによる実地疫学調査に加え、ゲノム分子疫学調査による拡散範囲を特定し、そのクラスター要因の特徴を示すことは今後の新型コロナ対策にとって必須だと考えている。
一方、本調査におけるゲノム情報は “鑑識” としての役割を担っているに過ぎず、聞き取り調査等の疫学情報無しでは成立しない。あくまで疫学調査を支援するひとつの支援材料であることを予めご留意いただきたい。塩基変異を足取りに “ゲノム情報を基礎にしたクラスター認定” を実施しているが、これは地域名や業種を特定して名指しするものではなく、あくまで患者としての成り立ちを “ウイルス分子疫学” として束ねてその共通因子を探る調査法である。現状、収束の見込みはあっても終息までにはさらなる時間を要すると思われる。今後、将来発生するクラスターを最小限に抑え込むためにも、ゲノム情報にてクラスター発生に至る要因を特定し、地方自治体への迅速な情報還元と効果的な感染症対策の構築を図っていく。

新型コロナウイルス・ゲノム分子疫学解析によるクラスター対策

2019年末の中国・武漢を発端とする新型コロナウイルス (SARS-CoV-2) は2020年1月から2月にかけて国内に侵入し、地域的な感染クラスター(集団)を発生させた。発生自治体で積極的疫学調査が実施され、発生源と濃厚接触者の特定をもって感染拡大を封じ込める対策が展開されてきた。自治体固有の感染クラスターの終息宣言等ある一定の成果を得たが、3月中旬から4月下旬において各地で感染拡大が進行し全国規模の緊急事態宣言に至った。その後、感染は一旦収束傾向を見せて、緊急事態宣言の解除及び段階的に様々な活動を再開する中で、6月から7月にかけて東京都を中心に再び新規感染者数が増加し、単純な検査陽性者数では緊急事態宣言下における時期を上回る報告が認められる。
この感染症は、感染をしても症状の無いケースもあることから、積極的疫学調査における聞き取りだけでは感染リンクを必ずしも追えない場合がある。疫学調査によるクラスター集団の特定のみならず、さらにゲノム情報を元にしたクラスター集団を特定し、積極的疫学調査を補完して感染源を特定するとともに、感染経緯の全体像を把握するために非常に重要な調査となる(後述の「積極的疫学調査を支援する新型コロナウイルス・ゲノム分子疫学解析についての補足」も参照)。現在、各自治体のご協力の下、国立感染症研究所において新型コロナウイルスSARS-CoV-2(一本鎖プラス鎖RNAウイルス、全長29.9 kb)のゲノム配列を確定し、感染クラスターに特有な遺伝子情報そしてクラスター間の共通性を解析中である。
前回の2020年4月27日付報告では “4月上旬の感染者増は欧州系統由来の新型コロナウイルスが同時多発的に流入したと推定される” と情報公開した。以下の国立感染症研究所の以下のホームページおよび査読前論文(preprint) にて詳細をご覧いただければ幸いである。
国立感染症研究所ホームページ (https://www.niid.go.jp/niid/ja/basic-science/467-genome/9586-genome-2020-1.html )
査読前論文(preprint, medRxiv; https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2020.07.01.20143958v1 )。

新型コロナウイルスSARS-CoV-2ゲノム情報によるネットワーク解析

世界各地の研究所においてSARS-CoV-2 のゲノム配列が解読されており、2020年7月25日現在で46,000名の患者のSARS-CoV-2ゲノム配列(ゲノム分子疫学に適正な完全長配列)が登録されている1.。国内においても各地の自治体協力施設から陽性検体を収集し、3618名の国内患者、ダイアモンド・プリセンス号の乗員乗客患者70名、空港検疫所の陽性患者67名(外国人含む)のSARS-CoV-2ゲノム配列を確定した。日本のゲノム情報から塩基変異を抽出し、ウイルス株の親子関係を示すハプロタイプ・ネットワーク(図1)を作成した。SARS-CoV-2 の変異速度は現在のところ24.1 塩基変異/ゲノム/年(つまり、1年間で 24.1箇所の変異が見込まれる)と推定されており2.、国内でもほぼ同様の傾向が認められた。2019年末の発生から7ヶ月ほどの期間を経てゲノム全域に平均15塩基ほどの変異がランダムに発生していると示唆されている。
1月から4月下旬までの感染者増にかかる考察については大きな変更なく、前回の報告(4/27 https://www.niid.go.jp/niid/ja/basic-science/467-genome/9586-genome-2020-1.html )をご参照いただきたい。

4/27 情報公開時の概要

1月初旬に中国・武漢から発したウイルス株を基点にして、日本各地で初期のクラスターが複数発生し消失へと転じていることが確認された。
2月5日から本格的な検疫を開始したクルーズ船・ダイヤモンド・プリンセス(DP)号の乗客・乗員を基点とするウイルス株3.は現在では検出されておらず、日本においては終息したものと思われる。
3月下旬に欧州系統の同時多発と思われるクラスター●を発見(右側・中心にある一番の大きな●マゼンタ背景4.
4月上旬に地方の大規模クラスターが首都圏出張を基点にしていることを発見。
他、複数の地域で同時多発が進行中と判断(オレンジ背景)。

現在発生中の主要クラスターの概要(7/16 までの解析結果から)

欧州系統●のまわりに地域に根ざしたクラスターが独自に発生し、それぞれの地域固有の特徴としてウイルスゲノムの系譜が確認された。
欧州系統の同時多発は全国レベルであったが、その後発生した地域固有クラスター(欧州系統から1,2塩基変異を伴う)は現場努力によって少しずつ収束へ向かった(5月下旬)
しかしながら、6月上旬からすこしずつ感染者数が増加傾向へ転じ、その後、東京都を中心にクラスターの多発が確認された。
それに並行して7月上旬から地方でも陽性者が増加し、主要都市圏から注意喚起が発せられた。
6月下旬以降をネットワーク図で分類すると、さらに変異が進んだ特定のゲノムクラスターを確認し、ネットワーク図(図1)・右下の離れたクラスター●(赤背景)を基点に全国各地へ拡散していることが分かった。
これらゲノム情報は、欧州系統(3月中旬)から さらに6塩基変異を有しており、1ヶ月間で2塩基変異する変異速度を適用すれば、ちょうど3ヶ月間の期間差となり時系列として符合する。
この3ヶ月間で明確なつなぎ役となる患者やクラスターはいまだ発見されておらず、空白リンクになっている。この長期間、特定の患者として顕在化せず保健所が探知しづらい対象(軽症者もしくは無症状陽性者)が感染リンクを静かにつないでいた可能性が残る。
6月下旬から、充分な感染症対策を前提に部分的な経済再開が始まったが、収束に至らなかった感染者群を起点にクラスターが発生し、地方出張等が一つの要因になって東京一極では収まらず全国拡散へ発展してしまった可能性が推察された。

7/16 のゲノム解読現況のまとめ

国内患者3618人、DP号70人、空港検疫67人(外国人含む)のSARS-CoV-2ゲノム情報を収集済み。
GISAID等のPublic database へは、国内患者435人、DP号70人のゲノム配列を公開済み。
患者発生からゲノム確定用の検体RNA受領から結果の解析まで少なくとも1週間を要するため、この“主要クラスター”がどのレベルまで全国拡散しているのか未だ定かではない。
全ての自治体から検体RNAが提供されておらず、本件調査はバイアスを伴った比較評価であることが拭えない。全国調査が完徹していないため、更なる調査により評価結果を修正する可能性があることも予めご了承いただきたい。

参考: Global Initiative on Sharing All Influenza Data (GISAID) 1
GISAIDは、鳥インフルエンザが猛威をふるった2006年8月に医療分野の研究者たちによって設立されたインフルエンザウイルスの情報データベースである。新型コロナウイルス SARS-CoV-2ゲノム情報もGISAIDが主体的に運用し登録・収集されている。

積極的疫学調査を支援する新型コロナウイルス・ゲノム分子疫学調査についての補足

積極的疫学調査を支援する新型コロナウイルス・ゲノム分子疫学調査は、新型コロナウイルスSARS-CoV-2のゲノム上にランダムに発生する変異箇所の足跡をトレースすることにより、感染リンクの過去を遡り積極的疫学調査を支援している。この調査により、これまでの経過は以下の様に説明できると考えている。中国発から地域固有の感染クラスターが発生し、“中国、湖北省、武漢” をキーワードに蓋然性の高い感染者・濃厚接触者をいち早く探知して抑え込むことができた。しかしながら、3月中旬から全国各地で欧州系統の同時多発流入により“感染リンク不明” の孤発例が検出されはじめた。数週間のうちに全国各地へ拡散して地域固有のクラスターが国内を侵食し、3−4月の感染拡大へ繋がったと考えられる。現場対策の尽力により一旦は収束の兆しを見せたが、6月の経済再開を契機に “若者を中心にした軽症(もしくは無症候)患者” が密かにつないだ感染リンクがここにきて一気に顕在化したものと推察される。隠れた感染リンクをいち早く探知するためにも、聞き取りによる実地疫学調査に加え、ゲノム分子疫学調査による拡散範囲を特定し、そのクラスター要因の特徴を示すことは今後の新型コロナ対策にとって必須だと考えている。
一方、本調査におけるゲノム情報は “鑑識” としての役割を担っているに過ぎず、聞き取り調査等の疫学情報無しでは成立しない。あくまで疫学調査を支援するひとつの支援材料であることを予めご留意いただきたい。塩基変異を足取りに “ゲノム情報を基礎にしたクラスター認定” を実施しているが、これは地域名や業種を特定して名指しするものではなく、あくまで患者としての成り立ちを “ウイルス分子疫学” として束ねてその共通因子を探る調査法である。東京型・埼玉型といった地域に起因する型(type)を認定するような根拠は得られていないし、ステレオタイプに定義のない型を使用して混乱を増長する危険性を感じている。また、新型コロナウイルスの塩基変異に伴う病原性の変化についての議論がしばしば見られる。一般論としては、ウイルスは病原性をさげて広く深くウイルス種を残していく適応・潜伏の方向に向かうと推定され5.、新型コロナウイルスの病原性の変化については単にゲノム情報を確定しただけでは判定できるものではなく、患者の臨床所見、個別ウイルス株の細胞生物学・感染実験等を総合的に考慮する必要があると考えている。

本取り組みのように、ゲノム情報は配列指紋として利活用され、積極的疫学調査を科学的に支援することで総合的な公衆衛生対策の底上げを担っている。先進各国でも患者検体から新型コロナウイルスの全ゲノム解読を推進し、感染伝播の追跡と収束に役立てようとしている6.,7.。現状、収束の見込みはあっても終息までにはさらなる時間を要すると思われる。今後、将来発生するクラスターを最小限に抑え込むためにも、ゲノム情報にてクラスター発生に至る要因を特定し、地方自治体への迅速な情報還元と効果的な感染症対策の構築を図っていく。

 

謝辞

検体採取等調査にご協力いただきました医療機関、保健所および行政機関の関係者に深謝致します。
本研究は日本医療研究開発機構 AMED の研究支援を受け実施した 
(研究課題番号: JP19fk0108104, JP20fk0108103)。

問い合わせ先:
国立感染症研究所 病原体ゲノム解析研究センター
センター長 黒田誠
〒162-8640 東京都新宿区戸山1-23-1
TEL: 03-5285-1111
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genome 2020 2

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他、16研究所・保健所のご協力を受けた(計64自治体)。

 

引用文献

  1. https://www.gisaid.org/epiflu-applications/next-hcov-19-app/.
  2. https://nextstrain.org/ncov?l=unrooted.
  3. Sekizuka, T. et al. Haplotype networks of SARS-CoV-2 infections in the Diamond Princess cruise ship outbreak. Proc Natl Acad Sci U S A, doi:10.1073/pnas.2006824117 (2020).
  4. Sekizuka, T. et al. A genome epidemiological study of SARS-CoV-2 introduction into Japan. medRxiv, doi:10.1101/2020.07.01.20143958 (2020).
  5. Simmonds, P. Rampant C-->U Hypermutation in the Genomes of SARS-CoV-2 and Other Coronaviruses: Causes and Consequences for Their Short- and Long-Term Evolutionary Trajectories. mSphere 5, doi:10.1128/mSphere.00408-20 (2020).
  6. https://www.cogconsortium.uk/.
  7. https://covidgenomics.org/.

 

 

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