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生前未診断のCOVID-19関連死の3剖検例

(IASR Vol. 42 p34-35: 2021年2月号)

背 景

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は, 2019年12月, 中国湖北省で初めて集団感染が報告された後, 世界中に広がり, 2020年3月11日に, 世界保健機関(WHO)は, 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のパンデミックを宣言した。日本では, 2020年1月に患者発生の報告があって以降, 徐々に増加し, 今現在も終息に至っていない。東京都監察医務院は, 東京都23区内のすべての異状死体について検案・行政解剖を行い, その死因究明を担う施設である。2018年度の検案総数は14,023件, 解剖数は2,073件で, このうち呼吸器系感染症の検案数は301件, 解剖数は127件であった。

 当院では2020年2月末より, 検案時にCOVID-19が疑われた事例と, 行政解剖中に肉眼所見で肺炎や急性呼吸窮迫症候群(ARDS)が疑われた事例に対しSARS-CoV-2のリアルタイムRT-PCR検査を行っている。2020年2~3月は海外から帰国した事例, 4~6月は症状を有し, 周囲に感染者がいた事例, 7月以降は症状を有していた, あるいは周囲に感染者がいた事例を検案時の疑い例とした。2020年12月までに, 計161例の検査を行い, 陽性事例は19例であった。このうち行政解剖中にCOVID-19が疑われた3事例については, 主気管支あるいは肺割面ぬぐい液のリアルタイムRT-PCR検査で2例で陽性, 1例で陰性であった。陰性の1例については, 不明感染症死亡例として国立感染症研究所で病原体検索を行ったところ, ホルマリン固定肺組織でSARS-CoV-2 RNAが陽性であることがわかった。本稿ではこの3例について簡単に述べる。

症 例

 【症例1】

 40代, 男性。高血圧症, 高尿酸血症の治療歴あり。2月下旬に喘鳴の初発症状があり, 気管支喘息の治療として抗ヒスタミン薬, 鎮咳薬, 去痰薬の内服, ステロイドおよびβ2刺激剤の吸入を開始した。3月下旬(病日1)から喘息様症状が増悪し, 咳を頻繁に認め, 体調不良が続いた。病日4より自宅療養するも, 食欲不振が続いた。病日6に自宅居間にて心肺停止状態で発見された。

 剖検所見:身長180cm, 体重116kg。両肺(重量左1,076/右1,400g)は硬化し, 気管支内に泡沫を混じる淡黄色喀痰が貯留していた。肺動脈内に血栓は認めなかった。心臓(重量750g)は, 求心性左室肥大を呈する以外, 器質的な疾患を認めなかった。

 【症例2】

 44歳, 女性。躁うつ病, 高血圧症, 糖尿病, 気管支喘息の加療歴あり。外出の頻度は低い。4月上旬に発熱を伴わない呼吸苦で近医を受診し, 肺CT異常なく, 喘息と診断された(病日1)。病日6より発熱あり, 喘鳴, 呼吸苦が徐々に増悪した。病日9より喘息の治療のためステロイド内服開始され, 病日10に, 友人と電話で会話した際には解熱していたが, 咳と呼吸苦が持続していた。病日11に自室内で就寝中に死亡した。

 剖検所見:身長158cm, 体重109kg。両肺は硬化し, 気管支内に淡黄色喀痰を認めた。肺動脈内に血栓は認めなかった。心臓(重量578g)は求心性左室肥大, 冠状動脈粥状硬化性狭窄, 卵円孔開存を認めた。

 【症例3】

 70歳代, 男性。自営業。高血圧症, 大動脈閉鎖不全症, 糖尿病, 慢性気管支炎, 高尿酸血症, 慢性胃炎の加療歴あり。6月に38℃台の発熱を認め(病日1), 病日2に自然に解熱し, 仕事を続けていた。いつも通りの生活を続けていたが, 病日8の就寝中に死亡した。

 剖検所見:身長160cm, 体重64kg。両肺(重量左788g/右1,023g)は硬化し, 気管支内腔に喀痰は認めなかった。肺動脈内に血栓は認めなかった。心臓(450g)は求心性左室肥大を呈し, 左前下行枝領域末梢の陳旧性心筋梗塞, 右冠状動脈の粥状硬化性狭窄を認めた。

 肺病理組織所見:3症例とも類似しており, 肺水腫と硝子膜形成, Ⅱ型肺胞上皮細胞の過形成を認めた。間質の炎症性細胞の浸潤は軽度で, 肺胞腔にマクロファージ, 剥離した肺胞上皮細胞やフィブリンが認められた。これらはARDSの早期の病理像である, びまん性肺胞傷害の滲出期像の特徴に一致する。3例ともホルマリン固定パラフィン包埋肺組織からリアルタイムRT-PCRでSARS-CoV-2 RNAが検出され, 2例で肺組織にウイルス抗原陽性細胞が検出された。

考 察

 肺以外の臓器に死因と考えられる肉眼的所見および炎症等の組織所見が認められず, 3事例ともCOVID-19による呼吸不全による死亡と診断した。なお, 全例で心肥大を認め, 間接的に死亡に関与した可能性はある。全事例で生前, 熱や呼吸器症状を認めているが, 発症後の日常生活動作には個人差が大きく, 食欲不振により衰弱していた事例(症例1, 症例2)がある一方で, 死亡の2日前まで余暇活動を楽しんでいた事例(症例3)もあった。

結 語

 生前未診断のCOVID-19関連死事例を報告した。異状死体として取り扱われるご遺体のうち, 一定数のCOVID-19関連死が含まれていたことがわかった。今後, 感染者数の増加に伴い, 異状死事例が増加することが予想される。十分な感染予防策をとったうえで, ご遺体のPCR検査を行うこと, また陽性例では, ネクロプシーあるいは剖検を行い, COVID-19関連異状死事例数や直接の死亡原因を明らかにすることは, 疫学ならびに公衆衛生学上きわめて重要であると考えられる。


 
東京都監察医務院       
 木村聡子 濱松晶彦 林 紀乃
国立感染症研究所感染病理部  
 中島典子 鈴木忠樹

 

 

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