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新型コロナウイルスワクチンの国内導入にあたって―mRNAワクチンとウイルスベクターワクチンの基本

(IASR Vol. 42 p36-37: 2021年2月号)

 

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対するワクチン開発・導入が, 国内外で未曾有のスピードで進んでいる。本稿では, 本格的なワクチン導入にあたって, 新規プラットフォームワクチンであるmRNAワクチンとウイルスベクターの開発の歴史と製剤の特徴について, 医療や公衆衛生に従事する者が理解しておくべき点を簡単にまとめた。

mRNAワクチン

 現在, 開発が進んでいるmRNAワクチンは, 脂質ナノ粒子などのキャリア分子に抗原タンパク質をコードするmRNAを封入した注射剤である。注射されたmRNAが局所の宿主細胞内に取り込まれ, 翻訳されることにより, 抗原タンパク質が産生され, 抗原特異的免疫応答が起こる1)

 1990年にルシフェラーゼをコードしたmRNAをマウスの筋肉へ直接注射すると, 筋肉でルシフェラーゼ活性を認めることが発見された2)が, これが外来性のmRNAを生体内で翻訳・発現させるというmRNAワクチンのコアコンセプトの実証となった。mRNAワクチンの利点としては, 感染性がない点, 細胞成分等の混入がない点, 細胞性免疫の惹起, アジュバントが必要ないこと, 生産が安価で比較的簡便であること, などが挙げられる。しかし, RNAやキャリア分子の不安定性, 強い副反応, そして生体内での翻訳・発現効率などのハードルがある1)。これらの対処法として, RNA分子への修飾や精製方法の工夫, キャリア分子の最適化が検討されてきており, 特に, この2,3年の技術革新の進歩は目覚ましい3)。感染症予防ワクチンとしては, 2012年にインフルエンザに対してmRNAワクチンの概念実証がマウスモデルで示された後, 急速に研究が進み, 2017年にはヒトにおける初めての感染症予防mRNAワクチン(狂犬病ワクチン)の臨床試験第1相の結果が報告されている4)。ただし, COVID-19パンデミック以前には, 狂犬病の他にもHIV, HPV, ジカ熱, チクングニア熱などに対する感染症予防mRNAワクチンの臨床試験が開始されていた5)ものの, いずれも実用化までには至っていなかった。

 COVID-19に対するmRNAワクチンとしては, ModernaのmRNA-1273やBioNTech/PfizerのBNT162B2が海外の複数国で緊急使用許可や正式承認を受け, 接種が開始されている(2021年1月現在)。これらの臨床試験において確認された有効性や安全性についてのデータは, 日本感染症学会の提言6)に詳しく記載されているため, そちらを参照されたい。

ウイルスベクターワクチン

 ウイルスベクターワクチンは, ヒトに対して無毒性または弱毒性のウイルスベクターに目的の抗原タンパク質をコードする遺伝子を組み込んだ組換えウイルスを使用しており, ヒト体内で複製可能なものと不可能なものがある。

 ウイルスベクターは, もともと1990年代初頭に欠損遺伝子を導入する遺伝子治療のツールとして開発が始まり, 大きな期待を呼んだ7)。しかし, 1999年にアデノウイルスベクターを使用した遺伝子導入治療の治験に参加していたオルニチントランスカルバミラーゼ欠損症罹患男性が, 接種4日後に死亡するという事例や, 2002年にはX連鎖重症複合免疫不全症に対してレトロウイルスベクターによりアデノシンデアミナーゼ遺伝子をex vivo導入した造血幹細胞を移入する治験において, 原疾患は治癒したものの, 遺伝子導入された細胞由来の白血病を発症した事例が報告され, ウイルスベクターで起こる重大な副作用に対する懸念からウイルスベクター療法の実用化は進まなかった。しかし, これらの負の歴史を乗り越えて, 2019年に感染症に対するウイルスベクターワクチンとして初めて, エボラウイルス病に対するrVSV-ZEBOV(VSV: 水疱性口内炎ウイルスをベクターとして使用)が欧米で承認されている8)

 ウイルスベクターワクチンの利点としては, 抗原タンパク質発現の安定性, 細胞傷害性T細胞応答誘導, アジュバントが必要ないこと, などが挙げられる9)。しかし, 使用するウイルスベクターによっては, ヒトゲノムへのウイルスゲノム挿入変異による発がん, ウイルスベクターに対する既存免疫によるvaccine failure, ウイルスベクターそのものによる病原性, 低力価, などのハードルがある。

 COVID-19に対するウイルスベクターワクチンとしては, Oxford/AstraZenecaがChAdOx1 nCoV-19(AZD1222)がすでに英国で使用許可を受け, 接種が開始されている(2021年1月現在)。このワクチンで使用されているチンパンジーアデノウイルスベクターは, アデノウイルスベクターで問題となり得る既存免疫がヒトにおいては極めて稀と考えられ, 他の新興再興感染症に対するワクチンとして開発が進められてきた。本ワクチンの臨床試験における有効性や安全性のデータについても, 日本感染症学会の提言6)に詳しく記載されている。

終わりに

 mRNAワクチンとウイルスベクターワクチンはともに, この数年~10年で開発が進んできた, 歴史が浅い新しいワクチンプラットフォームである。これらの新しいプラットフォームを用いたCOVID-19ワクチンは, 観察期間は短期間であるものの, 高い発症予防効果を有することが治験により明らかになった。また, 安全性についても, 接種直後(1週間以内)および短期的(3カ月以内)に起こる副反応のうち, 比較的高頻度で発生するものについてはデータが得られており, これらのワクチンの接種において注意すべき点が明らかになってきた。これらのデータを合わせ考えると, これらのワクチンは, ある程度の副反応はあるものの十分に有効であり, 流行拡大が続く現状においては, 重症化リスクや感染リスクの高い者への接種による利益は, 副反応という不利益を大きく上回ると考えられる。一方で, 稀有な副反応や長期的(3カ月以降)なワクチンの安全性については未解明の部分が多く残されている。これらについては, 今後, データが蓄積されていく欧米や, 国内導入された後の市販後調査の中で徐々に明らかになっていくことが期待される。また, 安全性という側面だけでなく, 長期的にワクチンで誘導された免疫が減衰してきた時の有効性(免疫減衰時に感染した場合の病態悪化の有無も含めて)を明らかにするためにも, ワクチン被接種者を対象とした継続的な研究が必要不可欠である。いずれにしても, 導入時点では, これらの新規プラットフォームワクチンの性質のすべてが明らかになっているわけではなく, 既存ワクチンでは想定しなかったような事態も発生する可能性があるということを, ワクチン接種にかかわるすべての者が認識しておくべきである。このような状況の中で医療や公衆衛生に従事する者に求められるのは, 「新しいプラットフォームのワクチンは副反応が強いワクチン」という漠然とした理解ではなく, これらのワクチンがどのような性質を持ったワクチンで, どの程度有効で, どのような副反応がどのような頻度で起こるのか等, 既にある情報を正確に理解し, 被接種者に丁寧に伝えていく「リスクコミュニケーション」をそれぞれの立場で適切に実践していくことである。

 

参考文献
  1. Wadhwa A, et al., Pharmaceutics 12(2): 102, 2020
  2. Wolff JA, et al., Science 247(4949 Pt 1): 1465-1468, 1990
  3. Martin C and Lowery D, Nature Reviews Durg Discovery 19: 578, 2020
  4. Alberer M, et al., Lancet 390(10101): 1511-1520, 2017
  5. 位髙ら, 医薬品医療機器レギュラトリーサイエンス 50: 5, 2019
  6. 日本感染症学会,
    https://www.kansensho.or.jp/modules/guidelines/index.php?content_id=43
  7. Ledford H, Nature 550(7676): 314, 2017
  8. European Medicines Agency,
    https://www.ema.europa.eu/en/medicines/human/EPAR/ervebo
  9. Ura et al., Vaccines 2(3): 624-641, 2014

 
国立感染症研究所感染病理部
 新城雄士 鈴木忠樹

 

 

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