国立感染症研究所

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薬剤耐性アシネトバクター感染症の治療

(IASR Vol. 42 p59-60: 2021年3月号)

 
アシネトバクター感染症の一般的特徴

 アシネトバクター感染症は, カテーテル関連血流感染症や人工呼吸器関連肺炎などの院内感染症として発症することが一般的である1)。一方, 市中発症の重症肺炎が東南アジアの一部やオーストラリア北部において致命率の高い感染症として注目されているが, 日本を含めた他の地域ではこれらの発症は稀である2)。なお, 感染症の原因となるアシネトバクター属菌の中で最も臨床的情報が蓄積しているのはAcinetobacter baumanniiであり, 本稿で紹介する情報も主にはこれを対象とした研究で得られたものである。

アシネトバクター感染症の治療薬

 アシネトバクター属菌は他のブドウ糖非発酵菌と同様に抗菌薬への耐性傾向が強い。カルバペネム系薬は古典的にはアシネトバクター属菌に良好な活性を有し, 特に重症感染症においては標準治療薬と考えられている1)。しかしながら, カルバペネム系薬の適正使用の観点からは, 他の選択肢の存在が望まれる。

 スルバクタムは日本では他抗菌薬との合剤としてのみ利用可能なβ-ラクタマーゼ阻害剤であるが, アシネトバクター属菌に対してはそれ自体が抗菌活性を有する。耐性機序が異なることから, カルバペネム耐性株においてもスルバクタムが感性を示す場合もある3)。2019年の厚生労働省院内感染対策サーベイランス事業(JANIS)検査部門の報告によると, 全国のアシネトバクター属菌の93.6%がアンピシリン・スルバクタムに感性を示しており, 特に非重症例においては治療薬の選択肢となると思われる。ただし, 最適な投与量・投与法は不確かな部分がある4)

 また, アシネトバクター属菌は第3世代セフェム, 第4世代セフェムにもしばしば感性を示し, 後方視的研究ながらアシネトバクターによる菌血症において, 第4世代セフェムとカルバペネムが同等の治療効果を有していたことを示した臨床研究もあることから, 症例を選択したうえで治療薬の選択肢としてもよいだろう5)

 カルバペネム耐性株を含めたアシネトバクター属菌は, ミノサイクリンに感性を示すことが多い6)。しかしながら, 実際の臨床効果に関する報告は肺炎治療を中心としたケースシリーズが主であり, 今後の知見の蓄積が待たれる7)

 これらの他に, アミノグリコシド系薬は菌が感性を示す場合に併用薬として使用される場合がある1)

カルバペネム耐性アシネトバクター感染症の治療

 治療薬の選択に悩むのは, 第一選択薬であるカルバペネムに耐性の場合が主であるため, その治療について以下に述べる。コリスチンとチゲサイクリンはカルバペネム耐性アシネトバクターにも活性を有することが多く, 治療の中心となる薬剤である。

 コリスチンは副作用の懸念から使用されなくなっていたポリペプチド系抗菌薬であるが, 2000年代以降に拡散した多剤耐性グラム陰性桿菌の多くに活性を有していたことから再度使用されるようになり, 日本でも2015年に承認された。しかしながら, プロドラッグであることから, 活性型の薬剤の血中濃度が目標に達するまで数日を有することや, そもそも承認を受けている投与方法では(特に腎機能正常者においては)目標血中濃度の達成が困難である, などの懸念がある。また, 特にローディングドーズを含む高用量投与を行った患者においては腎障害の発現頻度が高い8)

 合成テトラサイクリン(グリシルサイクリン系)であるチゲサイクリンは, 多剤耐性グラム陰性桿菌感染症治療薬として2012年に日本でも承認された。しかしながら, 本薬剤は血清や肺胞上皮被覆液中の濃度がグラム陰性桿菌の最小発育阻止濃度と比して十分に上昇しないという薬物動態学的特徴を有すること, 多剤耐性アシネトバクター治療レジメンを検証したネットワークメタ解析においても他の薬剤を用いた治療レジメンと比較して微生物学的治癒率が低いことが示されたこと, などの懸念がある9)。前述の薬物動態学的問題点を克服するために高用量投与(200mg/日)も提案されているが, その有効性と安全性については今後の臨床研究による検証を要する8)

 コリスチン, チゲサイクリンによる単剤治療の効果に懸念がある状況から, 併用治療がしばしば選択される。しかしながら, 単剤治療と比較しての併用治療の優位性を明確に示した臨床研究は存在せず, また, 使用される併用薬(カルバペネム, スルバクタム, リファンピシン, ホスホマイシンなど)の中で何を選択するのが最善であるのかも不確かである8)。カルバペネム耐性グラム陰性桿菌の重症感染症(406例中312例がA. baumannii)に対するコリスチン単剤治療とコリスチンとメロペネム(2g 8時間ごとを長時間投与)の併用治療の治療効果を比較したランダム化比較試験では, 治療失敗率には両群で差が認められなかった(A. baumanniiのみを抽出した解析でも同様の結果)10)

 海外では, 近年, 新規のβ-ラクタマーゼ阻害剤を配合したβ-ラクタム薬(Ceftazidime-avibactam, Meropenem-vaborbactamなど)の承認があり, カルバペネム耐性腸内細菌目感染症については, 臨床研究結果の蓄積によりコリスチンやチゲサイクリンに変わる第一選択薬の位置を得つつある11)。しかしながら, カルバペネム耐性アシネトバクターに対してはこれらの薬剤は活性を有しない。カテコール期を側鎖に持つシデロフォア・セファロスポリンであるCefiderocolや新規合成テトラサイクリンであるEravacyclineはカルバペネム耐性アシネトバクターにも活性を有するため, 新たな治療薬の選択肢として期待される12)

 

引用文献
  1. Munoz-Price LS, et al., N Engl J Med 358: 1271-1281, 2008
  2. Davis JS, et al., Chest 146: 1038-1045, 2014
  3. Penwell WF, et al., Antimicrob Agents Chemother 59: 1680-1689, 2015
  4. Jaruratanasirikul S, et al., Antimicrob Agents Chemother 57: 3441-3444, 2013
  5. Chang YY, et al., Antimicrob Agents Chemother 64: e02392-19, 2020
  6. Castanheira M, et al., Clin Infect Dis 59: S367-373, 2014
  7. Ritchie DJ, et al., Clin Infect Dis 59: S374-380, 2014
  8. Garnacho-Montero J, et al., Curr Opin Infect Dis 32: 69-76, 2019
  9. Kengkla K, et al., J Antimicrob Chemother 73: 22-32, 2018
  10. Paul M, et al., Lancet Infect Dis 18: 391-400, 2018
  11. Infectious Diseases Society of America Guidance on the Treatment of Antimicrobial Resistant Gram-Negative Infections
    https://www.idsociety.org/practice-guideline/amr-guidance/(2021年2月5日確認)
  12. Doi Y, Clin Infect Dis 69: S565-S575, 2019

東京大学医学部附属病院感染制御部      
 原田壮平  

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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