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致死的な重症呼吸器感染症を引き起こすアデノウイルスB7dによる尿道炎症例

(IASR Vol. 42 p76-78: 2021年4月号)

 

 アデノウイルス(human adenovirus: Ad)は全身様々な器官, 組織に感染するDNAウイルスである。致命的な重症呼吸器疾患に関連することが知られているAd7 genotype 7d(Ad-B7d)が近年環太平洋地域で流行している1-3)。Ad-B7dは2014年に米国のオレゴン州やイリノイ州で報告され, 2017年までに, 死亡4症例を含む12症例の重症呼吸器疾患患者から同定された4-6)。さらに, 2018年には, いくつかの施設内でAd-B7d流行が発生し, 乳幼児11人, 18歳の女性1人の死亡が報告された7,8)

 我々は性感染症関連のAdについて研究を実施しており, 仙台市のクリニックと連携し, 尿道炎症例における病原体探索を毎週実施している9)。アデノウイルス性尿道炎の特徴は前回のIASRアデノウイルス感染症特集(IASR 38:145-146, 2017)で述べた。2018年1月に尿道炎患者からAd-B7dが同定され, わが国におけるAd-B7d侵襲の可能性が示唆された10)。本稿では, 尿道炎症例について報告する。

症 例

 22歳男性, 無職, heterosexual, 独身, 特定のパートナーなし, 既往歴なし, 性感染症既往もなし, 海外渡航歴なし。生涯性交歴は2回のみ(初回は約2年前)であり, 原因が疑われた直近の性行動をDay0とし, 経過を図1に示し, 概要を以下に示す。初対面の女性とコンドーム使用の膣性交, コンドーム無使用のオーラルセックス等を行った10)。性行為翌日Day1に排尿時に違和感が生じ, Day15で排尿痛はピークであった。Day17から咽頭炎や結膜炎(眼脂の出現, 充血症状)を自覚, Day19に眼科を受診した。眼科では, Ad迅速診断キット(詳細不明)で陰性であり, “流行り目ではない”と診断された。抗炎症, 抗アレルギー点眼薬, レボフロキサシン点眼薬が処方され, Day23にかけて結膜炎症状は軽減された。Day20で, 尿道炎症状が改善しないため, 泌尿器科クリニックを受診した。受診時にも排尿痛はあったが, Day15よりも軽減していた。初診時の自覚症状は, 尿道掻痒感なし, 尿道分泌物自覚なし, 頻尿なし。外陰部視診・触診で外尿道口周囲に発赤軽微, 軽度の尿道下裂があり, 尿道分泌物はごく少量で漿液性であった。両側精巣, 精巣上体に異常はなく, 両側鼠径部に腫脹や圧痛はなかった。尿道分泌物鏡検でWBCは>20/HPF, 単核球は<10%, 双球菌の貪食像を認めなかった。初尿のWBCは123.7/μLであった。両眼球結膜, 眼瞼結膜に充血を認めた。初尿, うがい液, 左下眼瞼擦過物の病原体検査を実施した。Ad性尿道炎を強く疑うが, 単核球が少ないため, 細菌性も否定できず非淋菌性尿道炎と診断し, シタフロキサシンを1日200mgで7日間処方した。その後検査結果として, 尿道分泌物の培養でHaemophilus parainfluenzaeが陽性, 尿, うがい液ともに淋菌, クラミジアともに陰性, Mycoplasma genitalium, Mycoplasma homnis, Ureaplasma parvumも陰性であった。尿, うがい液, 眼瞼擦過物では, Ad核酸検査陽性で, すべての検体からAd-B7dが分離された。病原体検査の結果を加味し, 本症例は, Ad尿道炎に, H. parainfluenzaeが共感染した症例であると推測された。

 その後, 排尿痛も結膜炎症状も徐々に軽快し, Day23頃からこれらの症状は消失した。Day30の再診時は, 症状なし, 外陰部視診で発赤なし, 尿道分泌物認めず。両眼眼球結膜に充血を認めず。初尿のWBCは 15.0/μLであった。追加治療はなしとした。尿, うがい液, 左下眼瞼擦過を再検査した。検査結果として, 尿の細菌培養は陰性, 尿とうがい液でAd核酸検査陽性で, ウイルスも分離された。眼瞼擦過物はAd核酸検査も分離も陰性であった。Day41の再々診では, 症状なし。尿とうがい液を再検査した結果, 尿, うがい液ともにAdを含めて病原体が検出されなかった。およそ2カ月後, 本人に対する電話確認で, 尿道炎症状や結膜炎症状, 咽頭炎症状の再発はないとのことであった。

分離されたAdの解析

 初尿, うがい液, 眼瞼擦過物から分離されたAdは解析の結果, 遺伝学的に同一であった。 また, Blast解析の結果, 主要ウイルス構成タンパクであるhexon, penton base, fiberの各DNA配列が, human adenovirus 7, genotype: 7d(Accession No. MH697600-MH697607)と完全に一致した。全ゲノム配列を決定後, 系統樹解析した結果を図2に示した。

考 察

 一般的にAdのD種が目の粘膜や尿道炎に関連することが知られており9), 本症例のAd-B7dによる感染は稀な症例であると考えられた。尿道炎症状の出現は, H. parainfluenzaeとの共感染が関連している可能性も考えられた。長期間の尿へのAdの排出はこれまでの報告9)と同様であった。感染可能なAd-B7dが尿道炎, 結膜炎, 咽頭炎と関連し, 尿やうがい液に長期間にわたって感染可能な状態で存在することを初めて明らかにした。

 Ad-B7dは病院や寮, 合宿所等の閉鎖環境で集団感染を引き起こす7)。2018年の米国のニュージャージーでの保健施設における11人の小児死亡例を含む35名のAd集団感染8,11)は, 閉鎖的な施設環境での咳等の飛沫によるAd環境汚染が原因であると推測されているが, いまだにはっきりとした原因は不明である11)。我々の本報告はこの集団感染の要因の一つに, これまでに知られていない尿を媒介とした感染拡大の可能性を示唆した。

 Ad-B7dが, 尿中に排泄され尿道炎とも関連することが示された。これまでも知られていた飛沫や眼脂, 涙液での感染拡大に加えて, 尿を介する感染拡大にも注意が必要と考えられた。

 

参考文献
  1. Zhao S, et al., Sci Rep 4: 7365, 2014
  2. Yu Z, et al., Sci Rep 6: 37216, 2016
  3. Ng O-T, et al., Emerg Infect Dis 21: 1192-1196, 2015
  4. Kajon AE, et al., Emerg Infect Dis 22: 730-733, 2016
  5. Scott MK, et al., Emerg Infect Dis 22: 1044-1051, 2016
  6. Rozwadowski F, et al., MMWR 67: 371-372, 2018
  7. Biggs HM, et al., Emerg Infect Dis 24: 2117-2119, 2018
  8. Meehan S
    https://www.baltimoresun.com/education/bs-md-adenovirus-20181207-story.html[cited 2021 March]
  9. Hanaoka N, et al., PLoS ONE 14(3): e0212434, 2019
  10. Hanaoka N, et al., Emerg Infect Dis 26(10): 2444-2447, 2020
  11. Michael Nedelman, CNN Updated November 19, 2018
    https://edition.cnn.com/2018/11/16/health/wanaque-adenovirus-deaths-new-jersey-bn/index.html [cited 2021 March]

 
国立感染症研究所感染症危機管理研究センター/アデノウイルスレファレンスセンター     
 花岡 希 野尻直未 小長谷昌未 藤本嗣人 
あいクリニック               
 伊藤 晋                 
岐阜大学医学部医学科/岐阜大学医学部附属病院生体支援センター   
 安田 満                 
社会医療法人厚生会木沢記念病院       
 出口 隆

 

 

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