東京都健康安全研究センターにおける風疹検査への取り組み
(IASR Vol. 43 p4-5: 2022年1月号)
わが国において風疹は, 「風しんに関する特定感染症予防指針(平成26年3月28日)」1)のもと, 2020年度までに麻疹に次いで排除(elimination)を目指してきた感染症である。本稿では, 同期間以降も含めた東京都における風疹ウイルス遺伝子の検出状況と風疹ウイルス遺伝子検査における取り組みについて概説する。
東京都における2018年4月~2021年10月の風疹ウイルス遺伝子の検出状況を図1に示した。風疹ウイルス遺伝子の検出は2018年夏以降に増加がみられ, 2019年末までに2,206件の試料について実施され, 1,040件(47.1%)から検出された。風疹ウイルス遺伝子が検出された検体において, 遺伝子型別に用いるE1領域739bpの塩基配列が得られたのは873件であり, このうち860件(98.5%)は1E型であった。検出状況として男性が852件(81.9%)と大きな割合を占め, 年齢別では, 男性は30~40代, 女性は20~30代が主であり, 本流行は風疹ウイルスに対する抗体を獲得していない年齢層を中心に流行が拡大したと推察されている。この期間内に都内で先天性風疹症候群(congenital rubella syndrome: CRS)が疑われたのは5例であり, うち3例から風疹ウイルス遺伝子が検出された。
その後, 2020年は流行の終息と新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の発生にともなう渡航者および入国者数の減少により, 風疹ウイルス遺伝子検査は検査数, 陽性数ともに大きく減少した。2020年1月~2021年10月までに実施した検査数は流行期の2,206件に対し237件であり, 陽性数も1,040件(47.1%)に対し11件(4.6%)であった。また, 1E型に型別される風疹ウイルスは2020年3月の例を最後に検出されておらず, 2020年5月および11月の検出例はいずれもワクチン株の1a型であった。
東京都健康安全研究センターでは, 検査精度の維持向上, 流行時における検出ウイルスの疫学的な解析および流行状況の把握に取り組んでいる。東京都内で臨床診断から風疹が疑われた場合には, 積極的疫学調査により風疹ウイルスの遺伝子検査を実施し, さらに, 感染症発生動向調査で医療機関において不明発疹症と診断された場合, および妊娠時の抗体検査等により出生児にCRSが疑われた場合にも同様に遺伝子検査を実施している。風疹ウイルスの遺伝子検査にはreal-time PCRによるスクリーニング試験2)を実施し, 陽性と判定された試料については病原体検出マニュアル3)に記載された型別用のconventional PCRにより塩基配列を得て遺伝子型別を行っている。積極的疫学調査の際には風疹ウイルスと同時に麻疹ウイルスについても検査を実施し, 麻疹および風疹がどちらも陰性であった場合には, 当センターのレファレンス事業として, ヒトパルボウイルスB19(PVB19)について検査し, 検体が2歳以下の小児から採取された場合は, ヒトヘルペスウイルス6型, 7型(HHV-6,7)についても検査を行っている。各年のPVB19およびHHVの検出状況はそれぞれ, 2018年がPVB19:61件, HHV-6:14件, PVB19とHHV-6の同時検出1件, 2019年がPVB19:51件, HHV-6:27件, HHV-7:4件, HHV-6とHHV-7の同時検出1件, 2020年がPVB19:2件, HHV-6:1件, 2021年は10月まででPVB19:1件であった。
検査の精度管理として, 例年麻疹, 風疹をはじめとするウイルス検査について国立感染症研究所が実施している外部精度管理事業に参加しており, また当センターにおいてはウイルス研究科内で検査にかかわる職員を対象に内部精度管理を実施している。内容としては, 外部精度管理同様の試料を作製し, 試料からの検出の正誤のみならず, 各操作者のCt値の変動および使用する機器による変動についても確認し, 検査精度の維持を図っている。
2018~2019年にかけて多く検出された風疹ウイルス(E1領域)遺伝子についてさらに解析を試みたところ, 1E型の860件のうち537件(62.4%)は同一の塩基配列であった。他の試料も1例を除き1-4塩基の差異であり, 本流行は近縁な1E型ウイルスによるものであった。そこで, 臨床材料から次世代シーケンス解析(NGS)によりウイルス粒子を形成する構造タンパク質領域全長を含むデータが2例(7,375ntおよび7,404nt)得られたことから, 遺伝子変異の有無についても解析を試みた。図2に示すように, 2018~2019年にかけて流行した風疹ウイルスの構造タンパク質全長におけるアミノ酸変化の傾向について, 既報の株(RVi/Springfield.MA.USA/49.98: JN635287, RVi/BarHarbor.ME.USA/43.08: JN635286, RVi/MYS/01: AY968221, Shandong.CHN/0.02: KT962870)と比較したところ, 大きな抗原変異はないと思われた。また, 構造タンパク質領域と他の領域でのリコンビネーションは認められず, ウイルス側の変化に起因した流行ではないことが示唆された。
今後も, 多くの検体が搬入され, 多様な検出ウイルス情報を得る機会のある地方衛生研究所としての特性を活かし, 検出状況等のタイムリーな情報提供を図り, 国や自治体間との連携のうえ, 風疹の排除に向けた対策を推進していきたい。
参考文献
- IASR 36: 133-134, 2015
- 森 功次ら, 感染制御と予防衛生(5): 46-49, 2021
- 病原体検出マニュアル「風疹」, 国立感染症研究所
https://www.niid.go.jp/niid/images/lab-manual/Rubella20190703.pdf