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生食そうざいが原因と推定された赤痢菌による食中毒事例

(IASR Vol. 43 p30-31: 2022年2月号)

 
はじめに

 細菌性赤痢は, 赤痢菌に汚染された手指, 食品, 水などを介した経口感染で起こる急性感染性大腸炎であり, そのうち, 飲食に起因する健康被害は食中毒として取り扱われる。2018年10月, 全国で7年ぶり, 本県では初となる赤痢菌(Shigella sonnei)による食中毒事例1)が発生したので, 概要を報告する。

事例概要

 2018年10月10日, 他県自治体から本県食品衛生主管課へ「10月2日に宿泊施設Aに宿泊した1グループのうち複数名の利用者が下痢, 嘔吐, 発熱の症状を呈している。医療機関の検便でエロモナス属菌を検出した」との情報提供があった。さらに別の他県自治体からも宿泊施設Aの利用者が消化器症状を呈しているとの情報提供があり, 宿泊施設Aを管轄する保健所が調査を行った。

 患者グループのうち1グループは35名中23名(65.7%), もう一方のグループは37名中18名(48.6%)が消化器症状を呈しており, 発症状況はそれぞれ一峰性を示し, 単一曝露があったことが推定された。両グループはいずれも宿泊施設Aを利用し, 施設の提供した食事を喫食していた。宿泊施設Aでは当該施設の調理品以外に他店舗(そうざい店B)から購入した調理済みそうざいを盛り付けて提供していたことから, そうざい店Bについても調査を行った。

 そうざい店Bでは調理従事者3名のうち2名が, 10月6日と10月8日に発熱, 消化器症状を呈していたことが判明した。そうざい店Bは宿泊施設A以外にも近隣の14宿泊施設にそうざいを提供していたことから, 各宿泊施設の利用者について追加調査を行ったところ, 10月1~8日の利用者に消化器症状の有症者が確認された。そうざい店Bが提供したそうざいは各宿泊施設での夕食の一部として提供されたものであり, 夕食を喫食していない利用者に有症者はいなかった。また, 生食そうざいが提供された宿泊施設でのみ有症者が確認され, 生食そうざいの喫食者469名中99名(21.1%)に消化器症状があった(図1,2)。

検査対応

 各宿泊施設の調理従事者および利用者の糞便, 調理場ふきとり, 使用水, そうざい原材料について細菌検査を行った。糞便はSS寒天培地およびマッコンキー寒天培地に塗抹し, 35℃で分離培養後, 生じたコロニーについて赤痢菌が保有する遺伝子ipaHをsweep-PCRでスクリーニングした。ふきとりは綿棒洗浄液について, 使用水はろ過した0.45μmメンブランフィルターについて, そうざい原材料は細切して緩衝ペプトン水で増菌培養し, 糞便と同様に分離培養, スクリーニングを行った。スクリーニング陽性の場合には, ipaH保有コロニーを特定後, TSIおよびLIM培地で生化学的性状を確認し, 市販抗血清で同定した。

 検査の結果, そうざい店Bの有症状調理従事者2名からS.sonneiが検出された。そうざい店Bの調理場ふきとり, 使用水(井戸水), 提供された物とは別ロットのそうざい原材料(エビ, イカ)からS.sonneiは検出されなかった。そうざい店Bがそうざいを納入した宿泊施設Aを含む15宿泊施設についても調理従事者糞便, 調理場ふきとり, 使用水の細菌検査を実施したが, S.sonneiは検出されなかった。また, 検査協力が得られた各宿泊施設の利用者197名(うち, 有症者68名)のうち34名(うち, 有症者32名)の糞便からS.sonneiが検出された。

 そうざい店Bの調理従事者から検出されたS.sonnei2株について, 国立感染症研究所で反復配列多型解析(MLVA)検査を実施した結果, いずれも同一MLVA型(SsV18-065)であった。また, 多くの利用者から検出された複数のS.sonnei株についても, 調理従事者由来株と同一もしくは類似のMLVA型(SsV18-066)であった。

調査結果

 これらの結果等の状況から, 本事例はそうざい店Bが提供した生食そうざいを原因とする赤痢菌による食中毒と推定された。生食そうざいの汚染経路としては調理従事者, 原材料, 使用水のいずれかの可能性が考えられた。S.sonneiが検出された調理従事者2名は, 発症時期が利用者の発症ピークよりも遅く, 赤痢の潜伏期間を考慮すると, 汚染経路とは断定できなかった。そうざい原材料として使用した輸入魚介類から調理器具等を介した交差汚染の可能性も考えられたが, 使用した食材は広く流通しているものの, 他に赤痢患者の発生報告が無いこと, 別ロットではあるものの, そうざい原材料から赤痢菌は検出されなかったことから, その可能性は低いと考えられた。そうざい店Bでは水道水の他にも塩素消毒していない井戸水(浅井戸)を施設の清掃や洗浄, 食材の洗浄, 解凍等に使用していた。周辺地域では, 9月30日に到来した台風により大雨に見舞われており, 何らかの原因により井戸水が赤痢菌に汚染され, 消毒されずに使用したことで食材が汚染された可能性が考えられた。しかし, 井戸水を使用する他の近隣宿泊施設の使用水や, その従事者検便から赤痢菌は検出されなかったこと, 周辺住民から赤痢患者の発生情報や, 近隣の下水道や浄化槽の不具合情報はなく, その後の井戸水検査でも赤痢菌は検出されていないことから, 井戸水が原因とは断定できなかった。

考 察

 そうざい店Bは, 厨房内で消毒していない井戸水を日常的に使用するなど, 衛生意識の低さがうかがえた。使用水の衛生管理の重要性については, 施設監視や講習会等で指導しているものの, さらに周知していくことが必要である。また, 宿泊施設利用者情報の収集に当たっては, 最初に探知した2グループ以外は各宿泊施設からの情報の取得に難航した。これにより検便検査の実施が遅れると, 迅速な原因菌の特定が困難になる場合も考えられるため, 関係者に食中毒調査の重要性を理解してもらい, 調査協力が得られるよう取り組んでいく必要があると思われた。

 本事例の第一報は, エロモナス属菌が複数検出されているとの内容であったため, エロモナス属菌の潜伏期間(12~14時間)から, 当初は宿泊施設Aが原因施設とは考えにくい状況であった。複数グループから同一菌が検出されると, その情報を念頭に調査を進めてしまう可能性があり, 先入観を持たずに調査範囲の絞り込みを慎重に行う必要があると改めて実感した。

 

参考文献
  1. 山上隆也, 大澤かおり, 公衆衛生情報 50:13-15, 2021

山梨県衛生環境研究所微生物部    
 山上隆也 植松香星 栁本恵太 久田美子             
山梨県峡南保健福祉事務所(峡南保健所)
 千須和真司

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan