腸管出血性大腸菌O172による保育施設での集団発生事例-前橋市
(IASR Vol. 43 p107-108: 2022年5月号)
はじめに
2021年6月15日~7月1日において, 群馬県前橋市内保育施設における腸管出血性大腸菌(EHEC)感染症集団発生事例を経験した。施設関係者215名の検査を実施し, 12名の陽性が判明した。全国的にも稀なEHEC O172:H-/Hg25(非運動性およびHg25型)VT2(以下O172)が検出されたため, 当該事例における概要について報告する。
経 過
6月14日:医療機関Aから, 溶血性尿毒症症候群(HUS)患者2名が同じ保育施設に通っている旨の情報提供。保育施設に問い合わせ, 有症状者が10名以上いることが判明。集団発生報告受理。
6月15日:保育施設調査実施。医療機関Bから1名EHEC O群不明VT2の届出。
6月17日:伊勢崎佐波医師会および前橋市医師会へ情報提供。
7月2日:医療機関Aの行政検査〔国立感染症研究所(感染研)での血清診断解析〕によりHUS患者2名の大腸菌O172凝集抗体陽性が判明。
7月31日:当該施設の集団感染終息。
8月20日:感染研の検査から12名全員がO172陽性と判明。
対象および結果
対象:保育施設関係者215名(内訳:職員48名, 園児167名), 6月上旬における保育施設での検食
倫理的配慮:本発表については, 組織内で検討後, 保健所長の決裁をもって許可とした。
また, 対象者には, 研究で使用する旨をホームページにおいて公開し, 研究参加への同意を撤回できる機会を保障した。データは, 匿名化したうえで分析し, 個人情報の保護に努めた。
結果:表
・園児12名陽性
11名 EHEC O172検出
1名 大腸菌O172凝集抗体陽性
その他(職員を含む)203名陰性
・園児12名の内訳:0歳児を除く全学年から陽性者発生
・HUS患者:陽性2名を含む4名
・検食:食中毒原因菌検出せず
・その他:Escherichia albertii 陰性
【追加情報】:感染研において, HUS患者を含む患者由来の2株と2012~2020年に全国で分離された10株のEHEC O172の全ゲノム配列解読を行い, 単一塩基多型(SNP)解析を行った。その結果, 前橋市の集団発生由来株間に差異は認められず同一株であることが示唆された。また, 解析した他の菌株との間には45カ所以上のSNPが存在し, 近縁株は存在しなかった。
考 察
本事例は, 保育園での集団感染事例と推測され, 感染経路は, 食品由来の経口感染または接触感染が考えられる。疫学調査の結果, 患者発症状況が, ほぼ一峰性であり, 給食を食べない0歳児を除くすべての学年から検出されているため, 食品由来の可能性が示唆される。しかし, 給食を食べている職員と検食の結果がすべて陰性のため, 感染源は特定できなかった。EHEC O172は, 全国的にも分離数が少なく, 2011年以降, 国内では14株が分離されているが, 2018~2019年には分離報告はない1-3)。
当所の検査においてもEHEC O172は一般的な大腸菌の性状とは異なり, クロモアガーSTECなどのEHEC選択分離培地が使用できず, 検出に非常に苦慮したため, 一般の医療機関や検査会社では検出できない可能性も考えられる。また, 本事例では, 発症から検体採取までの期間が長かったため検出できなかった可能性もあり, 全容解明に至らなかったと考えられる。
診察医の所見によると, 臨床症状は典型的なEHEC感染症より軽症例が多く, 本集団事例の有症状者は同居家族含めすべてが小児であった。しかし, 基礎疾患の無い小児が複数人重症化し, 4名のHUS患者のうち1名はICUへの入室および透析を実施し, 15年間の経過観察が必要となった。今後, 当該保育園において腎機能異常がみられる児が現れる可能性もあり4), 予後が心配されるが, 公衆衛生上の感染対策は終息したため保健所内での対応は終了した。
今後は, 事例報告を通じて, 所内および地域において情報共有を行い, 今まで原因不明となっていた市民の感染症対策を含め, 健康異常の早期発見, 早期対策の一助としたい。
参考文献
- IASR 40: 73, 2019
- IASR 41: 67-68, 2020
- IASR 42: 89-90, 2021
- 五十嵐 隆, 溶血性尿毒症症候群の診断・治療ガイドライン, 2014: 57-69