IASR-logo

マラリアワクチン開発の最新情報

(IASR Vol. 43 p138-139: 2022年6月号)

 
はじめに

 マラリアワクチンの開発は主に, 1)スポロゾイトの肝細胞への感染を阻害する「感染阻止ワクチン」, 2)赤血球期原虫の増殖を阻害する「発病阻止ワクチン」, 3)媒介蚊中腸内で原虫の発育を阻害する「伝搬阻止ワクチン」の3種が進められてきた()。2021年10月6日についに感染阻止ワクチンRTS,S/AS01が, 世界保健機関(WHO)から中等度から高度流行地の小児への予防接種として推奨された1)。しかしその効果はわずか30%であり, さらに効果の高いワクチンの開発が引き続き注力されている。

マラリアワクチン開発の最新情報

 1)感染阻止ワクチン

 1960年代末, 放射線照射による弱毒化スポロゾイト(いわばマラリア生ワクチン)で動物を免疫すると強い防御免疫が誘導されることが報告され, マラリアワクチンの実現可能性が初めて示された。また, その防御免疫の標的抗原として, スポロゾイトの表面タンパク質circumsporozoite protein(CSP)が同定された。RTS,S/AS01はCSP由来の組換え抗原を用いたワクチンである。2015年アフリカでの第3相臨床試験では, 約6,500名の乳児と約9,000名の幼児にRTS,S/AS01を1カ月おきに3回接種し18カ月間追跡したところ, マラリア発症予防効果は乳児で27%, 幼児で46%であった。さらに追跡20カ月目に追加接種した場合, 38~48カ月目までの効果は乳児で26%, 幼児で36%であった。そこでWHOは2018年から大規模なRTS,S/AS01実施プログラムをガーナ, ケニア, マラウイの3カ国で実施し, 83万人の小児に4回接種した結果, 重症マラリアによる入院を30%減少させることを見出した。この結果を基に, 2021年10月6日, ついにWHOはRTS,S/AS01を中等度から高度流行地の小児への予防接種として推奨した1)。また第二世代ワクチンとして, 同じくCSP由来抗原のR21/Matrix-Mワクチンの第2相臨床試験がブルキナファソで実施された。1カ月おきに3回接種し, 12カ月間追跡したところ, マラリア発症予防効果は77%であった2)。75%以上の防御効果を1年間以上継続させるという, WHOが設定した目標に初めて到達したものとして注目されている。現在12カ月目に4回目の追加接種を行い, 経過を観察中である。

 2)発病阻止ワクチン

 発病阻止ワクチンの主な標的抗原はメロゾイト表面のタンパク質である。宿主免疫に曝されることから抗原多型が問題であり, 多型の少ない抗原の選択が求められる。現在, 大阪大学の堀井俊宏教授により原虫のSERA5を抗原としたNP-SE36マラリアワクチン開発が進められている3)。またメロゾイト赤血球侵入に重要なRH5を抗原とするRH5.1/AS01ワクチンの第2相臨床試験の結果が昨年報告された。赤血球期原虫を人為的にヒトへ感染させた結果, ワクチン接種群で有意な原虫の増殖阻害を見出したが, 完全な増殖阻害は達成できなかった4)。いずれも今後の開発の成果が注目されている。また感染赤血球が胎盤に集積することで生じる「妊娠マラリア」に対して, 感染赤血球表面に局在するVAR2CSAと呼ばれる原虫抗原がワクチン候補として着目され臨床開発が進んでいる5)

 3)伝搬阻止ワクチン

 媒介蚊中腸における原虫の発育を阻害する伝搬阻止ワクチンは, マラリアの再流行を防ぐことができるため, マラリアエリミネーションに必須と考えられている。主な利点としては, 蚊中腸内で標的抗原が初めて外部に露出するため, ヒトの獲得免疫が誘導されにくく抗原多型が少ないこと, また蚊中腸内の原虫数が10-100と少ないこと, などが挙げられる6)。生殖体を標的とするPfs230, また接合体以降を標的とするPfs25を抗原とする第1相臨床試験が実施され, どちらも伝搬阻止効果と抗体価が比例することが示された。Pfs230は最近, 米国で実施された第1相臨床試験でPfs25を上回る有効性が示され, 今後の開発の進展が期待されている7)。高い抗体価の維持が今後の課題である。

新規マラリアワクチン抗原探索が課題

 より有効なマラリアワクチンの開発には, 複雑なマラリア原虫の生活環を多段階で阻害する多価ワクチンが必要である。また現行のマラリアワクチン候補抗原はわずかである。そこで我々は愛媛大学で開発されたコムギ無細胞タンパク質合成法により, これまでマラリア原虫タンパク質を約3,000種類合成し(原虫ゲノムには約5,400種の遺伝子がコードされている), 新規マラリアワクチン候補抗原探索を進めている8)。2013年からは, 公益社団法人グローバルヘルス技術振興基金からも助成を受け, 我々が見出した新規発病阻止マラリアワクチン候補抗原を加え, 3種類のマラリアワクチンの前臨床開発を進めている(参考:https://www.ghitfund.org)。

 

参考文献
  1. WHO, World malaria report 2021
  2. Datoo MS, et al., Lancet 397: 1809-1818, 2021
  3. 堀井俊宏, IASR 39: 175-176, 2018
  4. Minassian AM, et al., Med 2: 701-719, 2021
  5. Gamain B, et al., Front Immunol 12: 634508, 2021
  6. Takashima E, et al., Front Cell Infect Microbiol 11: 805482, 2021
  7. Healy SA, et al., J Clin Invest 131(7): e146221, 2021
  8. Kanoi BN, et al., Parasitol Int 80: 102224, 2021

愛媛大学プロテオサイエンスセンター
 准教授 高島英造

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan