IASR-logo

新型コロナウイルス感染症流行下における世界の麻疹発生状況

(IASR Vol. 43 p209-210: 2022年9月号)

 

 2019年12月初旬に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が中国の武漢市で初めて確認されて以降, COVID-19の世界的な流行(パンデミック)による海外渡航制限等の国際的な人の動きの減少や外出行動の制限等により, 2020年の世界的な麻疹症例報告数は減少1)し, 2021年も減少傾向が継続した。しかし, 2022年に入り, アフリカ地域(AFR)や東地中海地域(EMR)を中心に大規模な麻疹アウトブレイクの発生が確認され, 世界的に症例報告数が増加2)している。本稿では, 世界保健機関(WHO)が定める6地域のうち大規模な麻疹アウトブレイクが発生しているAFRおよびEMRの2地域における2021年1月~2022年3月までの麻疹発生状況, およびCOVID-19の流行が麻疹に与えた影響を中心に報告する。

 WHOに報告された2021年の麻疹症例報告数3)は59,165例と, 前年(93,789例)と比較し約37%減少した。そのなかで, AFRからの報告は26,492例と最も多く, 次いでEMRの23,844例が多かった。2021年の月別の世界の麻疹症例報告数3)は3,000-7,000例/月で推移していたが, 2022年に入り, AFRおよびEMRの2地域の複数の国を中心とした大規模な麻疹アウトブレイクが発生し, 2022年1月の世界の麻疹症例報告数は, 12,908例へと急増した。

 2022年1~3月までの世界の麻疹症例報告数3)は37,707例で, すでに2021年の年間報告数の約64%に相当する数となっている。地域別の症例報告数では, AFRが25,828例(359%増※1)と最も多く, 次いでEMRが7,767例(107%増※1)となっている。同期間の国別の人口100万人当たりの報告数3)が多い上位10カ国は, ソマリア(531例※2), リベリア(347例※2), ナイジェリア(106例※2), イエメン(88例※2), アフガニスタン(81例※2), コートジボワール(80例※2), ギニア(58例※2), マリ共和国(57例※2), カメルーン(57例※2), コンゴ民主共和国(56例※2)となっており, 上位10カ国のうち7カ国がAFR, 3カ国がEMRとなっている。

 2021年4月~2022年3月, AFRで麻疹患者の報告数が最も多かったソマリアでは, 2022年第1~9週までに3,509例の疑い例が報告されており, その多くが5歳未満の子どもであった4)。麻しんワクチン接種率(第1期)は46%5)と低く, 加えて5歳未満の子どもでは栄養失調やビタミンA欠乏症の割合が高く, 麻疹の流行は深刻な問題となっている。AFRでは麻疹のアウトブレイクの発生数も多くなっているが, ジンバブエ6)では, 宗教上の理由でワクチンを受けない集団において麻疹アウトブレイクが発生し, 致命率は9.0%に達した。今後ワクチン接種が完了していない5歳未満の子供の間で感染が拡大し, 重症化や死亡例が増加することが懸念される。

 2021年の麻しんワクチン接種率(第1期)は世界全体では81% (2019年: 86%)と, 2008年以来の最低水準となっている5)。症例報告数が最も多いAFRにおける2021年の麻しんワクチン接種率(第1期)は68% (2019年: 70%)と6地域のなかで最も低く, 次いでEMRが82% (2019年: 83%)であった5)。さらに, 国別の人口100万人当たりの報告数が多い上位10カ国の麻しんワクチン接種率(第1期)は, いずれも世界全体の接種率を下回っている。これは, COVID-19の世界的流行等の影響による医療システム崩壊とそれにともなうワクチン接種機会の減少や, 毎年実施されるワクチン接種キャンペーンの中止の影響が考えられる7)。例えば, 2022年4月時点までに世界各地で実施予定であった少なくとも19の麻疹に対するワクチン接種キャンペーンが延期され, 約7,300万人の子どもがワクチン接種の機会を失っており, 今後の麻疹症例数の増加が懸念されている。

 COVID-19のパンデミックが開始して2年以上経過し, 徐々に国際的な人の往来が再開されつつある。しかし, COVID-19パンデミックは続いており, またウクライナにおける戦争等により, 世界各国でワクチン接種等の公衆衛生サービスの実施が困難な状況が続いている。麻疹はワクチン接種により予防可能な疾患であるが, 感受性者には容易に感染する。世界の麻疹症例数の増加にともない, 海外から麻疹ウイルスが日本国内に持ち込まれる可能性が高まっている。国内における麻疹症例数は, COVID-19が流行した2020年以降は年間10例以下にとどまっているが, 今後, 国内における麻疹症例の発生や, 感受性者や免疫が不十分な者における集団発生が懸念される。引き続き, ワクチン接種率の維持・向上や, 正確な検査診断に基づいたサーベイランスによる麻疹症例の早期発見・早期対応のできる体制の確立・維持, といった麻疹排除状態維持への取り組みが重要となる。

 (※1)内は, 前年同時期(2021年1~3月)の麻疹症例報告数との比

 (※2)内の症例数は, 2021年4月~2022年3月における人口100万人当たりの麻疹症例報告数

 

参考文献
  1. 染谷健二ら, IASR 42: 183-184, 2021
  2. WHO, UNICEF and WHO warn of perfect storm of conditions for measles outbreaks, affecting children
    https://www.who.int/news/item/27-04-2022-unicef-and-who-warn-of--perfect-storm--of-conditions-for-measles-outbreaks--affecting-children (Accessed on June 30,2022)
  3. WHO, Global Measles and Rubella Monthly Update May 2022
    https://www.who.int/teams/immunization-vaccines-and-biologicals/immunization-analysis-and-insights/surveillance/monitoring/provisional-monthly-measles-and-rubella-data (Accessed on June 30, 2022)
  4. WHO, Measles - Somalia
    https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2022-DON371(Accessed on September 1, 2022)
  5. WHO, Immunization dashboard
    https://immunizationdata.who.int/(Accessed on September 1,2022)
  6. WHO, Weekly Bulletin on Outbreaks and Other Emergencies Week 30: 18 to 24 July 2022
    https://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/360976/OEW30-1824072022.pdf
  7. WHO, UNICEF, Progress and Challenges with Sustaining and Advancing Immunization Coverage During the COVID-19 Pandemic
    https://cdn.who.int/media/docs/default-source/immunization/progress_and_challenges_final_20210715.pdf?sfvrsn=787f03ad_5(Accessed on June 30, 2022)

国立感染症研究所         
 実地疫学研究センター      
 実施疫学専門家養成コース(FETP)
 感染症疫学センター

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan