国立感染症研究所

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新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行下の外国人HIV陽性者の現状と課題―港町診療所の活動から

(IASR Vol. 43 p227-228: 2022年10月号)

 

 外国人のHIV/AIDS報告数は, 1990年代~2013年まで減少傾向であったものが, 近年増加傾向に転じている1,2)。2019年に「HIV検査と医療へのアクセス向上に資する多言語対応モデルの構築に関する研究班(北島班)」が行った調査3)では, 2013~2019年にかけて全国の拠点病院を受診した外国人のうち, 2000年代まで多数を占めていたタイ・南米・アフリカ出身者の割合が減少し, 中国・フィリピンなどの西太平洋地域の出身者が増加している傾向が報告されている。こうした受診者の初診時CD4値の調査は, まだ実施できていないが, 当院で経験するかぎり西太平洋地域出身者の初診時CD4値は比較的高い傾向がみられる。この間, 世界的な抗HIV療法(antiretroviral therapy: ART)の普及が進んだこと, また異性間性交渉等での感染で遅れて診断されることが多かったかつての状況とは異なり, 西太平洋地域の流行がMSM(men who have sex with men)中心となったため, 啓発で早期の受検が促進されていることが, こうした日本の動向にも影響しているものと考えている。これにより近隣諸国で早期に診断され, ARTで良好な健康状態を保って就学・就労する人が増加していることが予測される。こうした人々が国を越えて治療継続をすることを前提に, 診療体制を見直す必要性が高まっている。そんな中で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行があり, さらにいくつかの課題がみえてきた。

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の登場でみえてきたこと

 多くの国でCOVID-19対策のためロックダウンが行われた2020年1~6月にかけて, 私達の診療所には抗HIV薬(antiretroviral drugs: ARV)の不足を訴える外国人HIV陽性者の相談が相次いだ。当初は, 帰国便が延期になった旅行者から手持ちのARVが不足して入手先を探したい, といったものであった。出身国で無料で提供されているARVが, 日本では自立支援医療がない場合, 極めて高額になることを理解していただくことに苦労することがしばしばであった。それ以上に想定外であったのは, その後, 日本に定住ビザや永住ビザを持っている人からの相談も相次いだことである。当院に寄せられたこうした相談10件のうち半数の5件が日本の健康保険に加入しており, 本来は日本での治療薬の確保ができるはずの人々であった。同様の報告はNPO法人ぷれいす東京およびCHARMからも行われている4,5)

 こうした相談者は, 守秘への不安から出身国側で検査と処方を受けていた。定期的に帰国し受検している人もいたが, 受検の間隔が空いてしまっている人もいた。当院もしくは最寄りの拠点病院で自立支援医療の手続きを行えるように準備をしたが, 病院や自治体での通訳の手配はしばしば容易でなかった。手配できても通訳者が自分の知り合いになってしまう等の理由で躊躇する相談者もあり, 手続きの完了には多大な労力を要した。今回, COVID-19の流行を契機に外国人HIV陽性者の実態が明らかになったが, 日本での受診をあきらめて出身国からARVを送ってもらっているHIV陽性者は少なくないことが予想される。すなわち発生報告から少なからぬ数の外国人がもれている可能性がある。さらに現状では治療薬にefavirenzが含まれている場合が多く, 薬剤不足で中断に至った際に耐性が生じるリスクも大きい。とはいえ, 出身国側の医療機関とつながることで, 他の新規転入者の治療開始時のデータ把握に役立つこともあった。

外国人のおかれた状況

 コロナ禍が長期化すると, 外国人労働者のおかれている不安定な生活の実態が現れてきた。技能実習生の間では, 企業の業績悪化で給料の減額・遅配が生じて職場からの離脱を余儀なくされたり, 実習終了となったまま帰国便に乗れずに生活困窮するものが多数出た。日本語学校生達はアルバイトがなくなり学費の支払いが困難となり, 留学ビザが短期ビザに切り替わるものもいた。これらの外国人は健康保険の加入資格を失うこととなり, 発熱や外傷で受診をする際に困難が生じることとなる。出身国での迫害などで来日し難民申請をする人々は, 多くの場合, 最初の8カ月間は2~3カ月単位でしかビザが出ないために健康保険に加入できない。こうした人々の間では出身国でARVを服薬し検出限界以下になっていたにもかかわらず, 来日後, 服薬中断に追い込まれている事例が相次ぎ, 中には重篤な状態で受診を要する人もいた。事態を複雑にしているのは, 近年, 外国人旅行者への診療体制整備の一環で, 健康保険のない外国人の医療費について, 旅行者か在住者かにかかわらず一律に1点10円から20-30円への値上げを選択した拠点病院が少なくないことである。在留資格があっても前述のような背景で健康保険加入資格がない場合があり, このような外国人HIV陽性者が医療を受けることがさらに困難となっている。しかし, こうした外国人の多くは, HIV対策上重要な働き盛りの年齢層である。旅行者に対しての値上げを行いながらも, 在住者に対しては1点10円に据え置く選択をした拠点病院もある。

今後の課題

 港町診療所では神奈川県の委託で多言語対応の検査事業を行っており, 2021年度は242人の受検者のうち38人が外国語を母語とする受検者であった。これまで確認検査陽性の大半を外国人が占めており, 昨年度も38人中2人が陽性であった。多言語での検査体制の必要性は高まっており, 前述の北島班では既に本年3回の多言語検査会を実施。今後も, 自治体や大学等と連携し多言語対応検査の充実に取り組んでいく予定である。この間の入国規制緩和の流れの中で, 治療中の若者から日本に仕事や留学などで来る際の治療継続についての相談が少しずつ増えている。CD4値やウイルス量にかかわらず, ARTを早期に開始することが世界保健機関(WHO)等のガイドラインでは推奨されている。しかし, 自立支援医療を受けるためには, 多くの場合CD4値かウイルス量の基準を満たす必要がある。そこで, 自国でARTを開始し, コントロール良好なHIV陽性者が基準を満たすことは難しい。結果として日本での診療を受けられずに, 出身国で開始したARTをモニタリングがないまま服薬継続したり, 中断や不完全な服薬を余儀なくされたりすることが生じやすくなる。これによって薬剤耐性の獲得や, 治療の失敗, 重症化してからの救急受診といった問題につながることが懸念される。早急な対応を要する課題と考える。

 

参考文献
  1. 厚生労働省エイズ動向委員会, 令和2(2020)年エイズ発生動向年報
  2. 沢田貴志, 滞日外国人のHIV治療アクセスの変化と課題, 言語の多様性・セクシャリティの多様性をめぐって, JaNP+メールマガジン
    https://www.janpplus.jp/topic/541(2019年1月3日)
  3. HIV検査と医療へのアクセス向上に資する多言語対応モデルの構築に関する研究班,厚生労働科学研究費補助金(エイズ対策研究事業)令和元-3(2019-2021)年度分担研究報告書: 22-31, 2021年
    https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/report_pdf/5_HIV拠点病院外国人診療調査%20.pdf
  4. 生島 嗣, IASR 41: 180-181, 2020
  5. 青木理恵子, 日本エイズ学会誌 23; 402, 2021

港町診療所 沢田貴志

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