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SARS-CoV-2 B.1.1.529系統(オミクロン)感染による新型コロナウイルス感染症の積極的疫学調査として実施したThe first few hundred調査について

(IASR Vol. 43 p288-290: 2022年12月号)
 
はじめに

 未知の病原体が出現した際には, リスク評価や隔離期間の決定など, 公衆衛生対応を迅速に行う必要がある。The first few hundred調査(FF100)とは, 感染症による公衆衛生危機発生時に症例定義に合致した数百症例程度から通常のサーベイランスでは得られない知見を迅速に収集するための臨床・疫学調査である1,2)。臨床・疫学情報に加えて, 感染者の血清学的特徴や病原体の特徴を組み合わせた解析もFF100から判明する重要な知見である。流行の初期段階においてFF100を明確な目的をもって実施し, 得られた知見を迅速に政策に応用することが極めて重要である。これらの解析には複数の医療機関から患者情報と検体を効率的に収集する必要があり, 政策・臨床・疫学・検査部門で統一された枠組みを整備し, 運用することが必要不可欠である。新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のオミクロンが発生した際に, 感染症法第15条第2項に基づく国による積極的疫学調査として, 厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策推進本部(以下, 厚労省)の企画/依頼によりFF100を実施したので, その概要について述べる。

事前の準備と各部門の役割

 臨床・疫学情報は, 統一されたフォーマット(以下, 調査票)で収集した。患者検体には, 解析に必要な最低限度の情報を添付とした(以下, 検体付随情報)。調査票, 検体付随情報は厚労省と各部門が協力して作成した。臨床(国立国際医療研究センター病院)・疫学〔国立感染症研究所(感染研)感染症疫学センター〕・検査(感染研感染症危機管理研究センター・感染病理部)の3部門は, それぞれ窓口となる担当者を決定した。厚労省が調査全体の調整と管理を行い, 臨床部門は, 調査票の作成と検体の確保・輸送を行った。各協力医療機関では, 責任者とは別に検体輸送の責任者(梱包責任者)を決定した。調査票は各協力医療機関の責任者と疫学部門の担当者が, 検体送付は梱包責任者と検査部門の担当者が密に連携を図り, 円滑な調査票と検体の収集・輸送を行った。疫学部門は厚労省および臨床部門により収集された臨床・疫学情報を解析した。収集した項目は, 属性, ワクチン接種歴や既往歴, 入院時の症状・所見・検査項目, 入院経過, 治療内容, 退院時転帰, などであった。検査部門は, 収集した検体の実験科学的解析(ウイルスRNA定量, ウイルスゲノム変異検出PCR, ウイルスゲノム解析, ウイルス分離試験, 抗ウイルス抗体検査, 中和試験)を行った。

オミクロン出現時の実際の対応

 まずはじめに, オミクロンによる患者は全国各地で発生するため, 情報を効率よく収集する必要があった。厚労省が各自治体と患者の想定入院先を調整し, 各医療機関に協力の内諾をとった。次に, 臨床部門の担当者が各医療機関に詳細な趣旨説明, 協力の依頼, 調査票の説明を行い, 対象症例を決定し, 厚労省や疫学部門と検査部門の担当者に情報を共有した。検査部門の担当者からは梱包責任者に検体の種類(呼吸器検体・血液検体), 保存方法, 輸送方法について説明を行った。収集された調査票は, 臨床・疫学部門で疾患の全体像の記述および評価に用いられた。検体は検査部門で収集し, ウイルス学的・血清学的特徴の解析および評価を行った。調査票や検体の速やかな回収のため, 各担当者が各協力医療機関に随時連絡を行った。感染研Emergency Operations Centerで各部門の情報を統合・整理し, リスク評価を発出した3)。特に初期の段階では, ウイルス排出期間の確認が重要であったため, その解析を優先して実施し, 厚労省ではこれらの情報を基に, 特に隔離期間に関する政策決定を実施し, 本調査による知見が医療機関・国民へと還元された。この多機関が連動した迅速な調査により, オミクロンのウイルス排出期間の分析としては世界でも最も早いタイミングでその知見を公表した4)。最終的に, 全国16の医療機関から調査票139例, 呼吸器検体662検体, 血液検体190検体を収集・解析し, 第5報で疫学的・臨床的特徴(重症度など)のまとめ5), 第6報でウイルス学的・血清学的特徴のまとめ6)を報告した。

今後の課題と展望

 FF100では速やかな情報収集と結果の還元が求められる。新たな感染症や新たな流行株の発生初期は, 協力医療機関は感染症指定医療機関が中心になると想定されるため, 平時から国内各地の感染症指定医療機関と公衆衛生機関が連携し, 集中的な調査を行う枠組みにより調査にかかる事務的作業の運用の効率化を行い, 迅速な情報収集を行うことができる体制を構築することが望まれる。各協力医療機関への趣旨説明, 協力の依頼, 調査票の説明や, 情報収集は, 連日の連絡など人海戦術に頼る部分が大きかったため, 平時から迅速にFF100を実施するための準備と訓練を実施し, 情報収集・分析の枠組みの構築が重要である。臨床部門では, 現場での診療と並行して調査票の収集が必要になるため負担が大きく, その軽減が課題であった。電子カルテの標準化等により, 臨床にかかわるデータ収集の負荷軽減を図ることは重要である。疫学部門では, 流行の早期症例を把握できるよう対象(例, 感染症指定医療機関等)を設定し調査を開始しても, 感染の拡大が非常に速い場合, 調査対象外領域(例, 市中等)から多くの感染者が発生するという状況があった。FF100は初期段階の症例を網羅的に収集することで疫学像を明らかにすることも目的の1つであり, 幅広く症例を組み入れられる柔軟性の確保が重要と考えられた。検査部門では検体搬送がボトルネックとなったことから, 今後, 検査や検体輸送に関して地方衛生研究所や民間検査会社との連携強化が求められる。

おわりに

 オミクロン出現時にFF100の枠組みで政策決定に資する基盤データを提供することができた。今後も迅速な公衆衛生対応が必要となる感染症の発生が想定され, FF100で得られた情報を迅速に還元できるように, 平時から情報収集基盤と臨床・疫学・検査の部門間連携を一層強化していくことが重要である。

 謝辞: 協力いただいた各自治体関係者および16医療機関〔大阪市立総合医療センター, 沖縄県立南部医療センター・こども医療センター, 国際医療福祉大学成田病院, 国立研究開発法人国立国際医療研究センター病院, 国立大学法人千葉大学医学部附属病院, 国立病院機構沖縄病院, 国立病院機構長良医療センター, 国立病院機構福岡東医療センター, 市立ひらかた病院, 東京都立駒込病院, 東京都立豊島病院, 東京都立墨東病院, 常滑市民病院, 成田赤十字病院, 横浜市立市民病院, りんくう総合医療センター(五十音順)〕に感謝申し上げる。

 
参考文献
  1. McLean E, et al., Epidemiol Infect 138: 1531-1541, 2010
  2. https://apps.who.int/iris/handle/10665/332023
  3. 国立感染症研究所, SARS-CoV-2の変異株B.1.1.529系統(オミクロン株)について(第6報)
  4. 国立感染症研究所, SARS-CoV-2 B.1.1.529系統(オミクロン株)感染による新型コロナウイルス感染症の積極的疫学調査(第1報): 感染性持続期間の検討
  5. 国立感染症研究所, SARS-CoV-2 B.1.1.529系統(オミクロン株)感染による新型コロナウイルス感染症の積極的疫学調査(第5報): 疫学的・臨床的特徴
  6. 国立感染症研究所, SARS-CoV-2 B.1.1.529系統(オミクロン株)感染による新型コロナウイルス感染症の積極的疫学調査(第6報): ウイルス学的・血清学的特徴

国立感染症研究所              
 感染症危機管理研究センター        
  高橋健一郎 齋藤智也          
 感染病理部                
  菅野隆行 相内 章 宮本 翔 齊藤慎二 飛梅 実
  徳永研三 飯田 俊 平田雄一郎 片野晴隆 鈴木忠樹           
 感染症疫学センター            
  土橋酉紀 小林祐介 高橋琢理 有馬雄三 鈴木 基                
 感染症疫学センター・感染病理部      
  新城雄士                
国立国際医療研究センター病院国際感染症センター            
 石金正裕 大曲貴夫           
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