新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)PCR検査法の開発と支援の状況について
所長 脇田 隆字
新型コロナウイルス感染症(COVID-19、以下、本感染症)は1月28日に指定感染症として定められ、患者については、感染を疑われる要件を満たした者に、分離・同定やPCR検査が実施されています。これまで国立感染症研究所(以下、本所)は、地方衛生研究所、大学、研究機関、民間検査所などで広く検査が可能となるように協力をおこなってきました。
しかし、本所での活動内容に関する情報発信が不足しており、そのために市民の皆様に誤解を招いてしまった部分があると考えています。このことを率直に認めるとともにお詫び申し上げます。
こうしたコミュニケーション上の反省を踏まえ、本感染症のPCR検査法に関するこれまでの本所の取り組みについて整理し、紹介するのが本文書の目的です。
1.未知の病原体に対するPCR検査法の開発と行政検査の確立
本所は感染症制圧のために様々な業務をおこなっていますが、なかでも重要なミッションは、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」に規定される行政検査の実施を主導し、その質を保証することです。経緯は以下の通りです。
地方衛生研究所で本感染症のPCR検査を開始した当初は、検査の質を保証することが最も重要な課題でした。そのため、厚生労働省の依頼により、地方衛生研究所が実施した初回の検査結果は、精度管理の目的で本所担当者に報告をしてもらい、その結果の妥当性を確認してきました。しかし、2回目以降の検査結果は、本所への報告は不要としています。
【経緯】
1月9日 | 中国疾病対策センター(CCDC)へ本感染症に関する情報提供を依頼した(病原体の特徴、流行の状況、患者の症状など)。 |
1月10日 | 本感染症の原因と考えられる新型コロナウイルス(SARS-nCoV-2)の遺伝子配列が公表されたため、直ちにウイルス遺伝子検査系の開発に着手した。 |
1月12日 | 世界保健機構(WHO)が主催する電話会議に参加し、検査法に関する情報を収集した。 |
1月14日 | プロトタイプのPCR検査法で国内症例の検査を開始した。 |
1月20日 | 新型コロナウイルスを高感度に検出するためのコンベンショナルPCR検査法の開発を完了した。 |
1月22日 | 全国約80箇所の地方衛生研究所へ検査用プライマーをプロトコールとともに発送した。 |
1月23日 | 厚労省から自治体に検査協力を依頼する事務連絡が発出され、中国の春節開始直前には新型コロナウイルスの行政検査が可能になった。 |
1月24日 | 新型コロナウイルス検査用のリアルタイムPCR検査法の開発を完了した。 |
1月29日 | 全国の地方公共団体の衛生研究所、検疫所にリアルタイムPCRに必要な試薬を発送した。これにより、本感染症に対する公衆衛生対策のための検査体制が整備された。 |
1月30日 | ウイルスの分離に成功した。 |
1月31日 | 分離に成功したウイルスを検査法開発のために広く分与すること、感染研が開発した培養細胞株がSARS-CoV-2分離に大きな効果を示すことを公表した。 |
2月5日 |
開発した検査法の内容を地方衛生研究所以外にも広く情報提供するために、「新型コロナウイルス病原体検出マニュアル 2019-nCoV」を本所のウェブサイトに公表した。 |
2月13日 | WHOからも情報提供がなされていたロシュ社製のプライマー・プローブセットを使用した方法と本所で開発した方法との相互検証を行い、ロシュ社製プライマー・プローブセットの推奨利用方法と、その方法を用いた場合には両検査法の検出感度が同等であることを公表(病原体検出マニュアル 2019-nCoVに追加記載)した。また、民間の検査機関での検査実施に向け協力を開始した。 |
2.患者の診断目的で使用されるPCR検査への支援
医療現場において求められる、早期診断を目的とした検査ニーズの増大に応えるためには、全国の医療機関、民間の検査機関での検査体制の拡充が必要です。本所では、試薬の提供を中心に、以下のような支援を実施してきました。
【経緯】
2月10日 | 厚生労働省の依頼により、PCR検査体制構築を準備する保健所、大学病院等の医療機関、民間の衛生検査所に対して試薬(プライマー、プローブ、陽性コントロール)の配布を計画した。本所の協力により計500ケ所へ提供できるよう、大量の試薬の合成および陽性コントロールの準備を開始した。 |
2月20日 | 地方衛生研究所等への試薬の送付を開始した。 |
3月6日 | 地方衛生研究所、検疫所以外の検査機関、計140箇所(民間検査会社18社、大学病院およびその他の病院89箇所、保健所等33箇所)への送付を完了した。今後も希望に応じて配布を進める予定である。 |
3.新型コロナウイルスの核酸を検出する検査法の開発
上記の検査法(ロシュ社製のプライマー・プローブセット及び感染研法)以外にも、新型コロナウイルスの核酸を検出する検査法の開発が国内外の臨床検査の試薬・機器メーカーで進んでいます。各社で開発中の検査法の中には、検体処理工程から結果取得まで概ね1時間以内に実施される迅速検査法も含まれます。
新しい検査法を開発している各社において自社の製品を検証するために、陽性検体と陰性検体をセットにした「臨床検体パネル」を本所において準備しました。「臨床検体パネル」は、開発中の検査法の性能を評価するために使用されます。様々な種類の検査法が臨床現場で利用可能となることが期待されます。
3月4日 | 「臨床検体パネル」の配布を開始した。 |
3月11日 | 厚生労働省と本所との協議により、現在までに、試薬・機器メーカー8社への配布が決定した。現在各社において、「臨床検体パネル」を用いた検証が実施されている。検証結果は厚生労働省および本所に報告され、順次公表予定である。 |
4.市民のみなさまへ
本所では、この感染症の流行拡大阻止のため、さまざまな業務に取り組んでいます。
感染症疫学センターでは、日本の流行状況の把握とクラスター対策を実施しています。検査担当チームはPCR検査対応を継続しますが、同時に今後必要となるウイルスの迅速診断法、血清抗体測定法などの開発に取り組んでいます。さらに、病原体研究部においては新型コロナウイルスの病原性や複製機構の解明とともに、今後の対策でもっとも重要となる新規抗ウイルス薬の同定、ワクチンの開発をおこなっています。
この感染症を一日も早く克服できるよう、所員一同努力しています。
これからも新しい情報を市民の皆さんにお届けできるよう務めます。
以上