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国立国際医療研究センターにおけるエムポックスに関する臨床研究の実施について(2023年5月現在)

(IASR Vol. 44 p90-91: 2023年6月号)
 
はじめに

2022年5月に欧州でエムポックスの集団感染が報告され, 患者数が増加したことを受けて, 国立国際医療研究センター(NCGM)では国内での診療対応に向けて以下の臨床研究を実施している。

ワクチンに関する臨床研究

日本国内の市場で流通していないものの, 予防接種法では痘そう(天然痘)ワクチンが臨時接種の対象とされている。この痘そうウイルスとエムポックスの原因となるモンキーポックスウイルス(別名エムポックスウイルス:MPXV)は同じポックスウイルス科(Poxviridae)のオルソポックスウイルス(OPXV)属(Genus Orthopoxvirus)に属し, 痘そうワクチンが交叉免疫によりエムポックスに対する予防効果を有する可能性が示唆されていたことから, 痘そうワクチンを用いて, MPXVに対する免疫原性および安全性を評価するための単群試験を特定臨床研究として, 2022年6月30日から開始した1)。主たる評価項目は, 痘そうワクチン接種28日後のMPXVに対する中和抗体陽転率であり, 副次的な評価項目として接種14日後, 168日後での中和抗体陽転率, 安全性等の評価を行った。

また, エムポックス患者に対する積極的疫学調査により判明した接触者に対しては, 患者との最終接触から14日以内に曝露後予防接種を実施することで発症および重症化の予防効果が期待されることから, 特定臨床研究として, エムポックスにおける曝露後予防接種としての痘そうワクチンの有効性および安全性を検討する非盲検単群試験を開始した2)。2022年12月までに6名の接種対象者に曝露後予防接種を実施している。

当該研究は, 2022年8月2日に痘そうワクチンにエムポックスの予防が適応追加されたことを受けて, 実際の診療に合わせてより柔軟な対応が可能となるよう, 2023年1月29日に, 新たに「サル痘予防における痘そうワクチンの有効性及び安全性を検討する観察研究」を開始し, 研究を引き継いだ3)。研究対象者はエムポックスの患者と接触した者のみであり, 発症した患者は対象外としている。対象者の希望および医学的な評価に基づき, エムポックス患者との接触から14日以内に痘そうワクチンを接種している4)。被接種者には体調確認票を配布し, ワクチン接種後14日前後, 28日前後に電子メールにて送られたリンクより, 体調等に関する必要事項の入力を求めている。

治療薬に関する臨床研究

エムポックス患者に対する治療の基本は, 支持療法と疼痛コントロールである。しかし, 免疫不全, 併存疾患などの要因により, 重症化した報告もされている。このため, 米国疾病予防管理センター(CDC)では, 重症例や重症化ハイリスク例に対しては, テコビリマットの使用を推奨している5)。また, 重症例や高度免疫不全患者に対しては, 個別の症例の状況に応じて, テコビリマットと他薬剤の併用療法が考慮されるとしている6)。用いられる併用薬には, シドフォビル, ブリンシドフォビル, ワクシニア免疫グロブリン(vaccinia immune globulin: VIG)が含まれる7)。本邦では, 2023年1月以降, エムポックス新規患者数が増加しており, 以下2つの特定臨床研究を実施し, 全国7医療機関において本邦におけるエムポックス患者に対する治療体制を整備している。

①エムポックスに対する経口テコビリマット治療の有効性および安全性を検討する多施設共同非盲検二群間比較試験

特定臨床研究「天然痘とサル痘に対する経口テコビリマット治療の有効性及び安全性を検討する多施設共同非盲検二群間比較試験」を立ち上げ, 治療薬として輸入されたテコビリマットを, NCGMを含む全国7医療機関において投与できる体制を構築した。2022年7月26日より患者登録を開始しており8), 以後も本研究を継続している。

②エムポックスに対するVIGの有効性および安全性を検討する多施設共同単群試験

米国では, 重症化リスクのあるエムポックス患者の難治例や死亡例が報告されており, テコビリマット投与に加え, ステロイドパルス療法, VIG, 血漿交換などが行われている。CDCは, 2022年10月13日にエムポックスを含むOPXV感染症に対するVIGの使用を治験薬の拡大アクセス事業(Expanded Access IND Program)で承認した9)。また, オーストラリアではテコビリマットとVIGを治療選択肢として使用できる診療体制が整えられた10)

このような背景を受け, 本邦でもエムポックスに対するVIGの有効性と安全性を検証し, 同薬剤を使用できる体制を整えるため, 特定臨床研究「M痘と天然痘に対するワクシニア免疫グロブリンの有効性及び安全性を検討する多施設共同単群試験」を立ち上げ, 全国7医療機関において重症または重症免疫不全を有するエムポックス患者に対してVIGを使用できる体制を構築した11)

おわりに

エムポックスの流行において, NCGM等では, 予防および治療等の診療において必要となるものの, 国内で承認されていない, またはアクセスが制限されている医薬品について, 上述の臨床研究を通じて投与を可能とする体制を整備している。新興再興感染症の発生時に, これらの診療対策の迅速な構築は感染症対策において重要であり, 研究活動を通じて得られた知見については, エムポックスへの対策のみならず, 今後の感染症危機における診療および医薬品の研究開発等に還元する必要がある。

 

参考文献
国立国際医療研究センター     
 国際感染症センター       
  氏家無限 森岡慎一郎 齋藤 翔 大曲貴夫           
 臨床研究センター        
  森野英里子 寺田純子 杉浦 亙

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan