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首都圏近郊におけるPrEPのエビデンスと疫学的影響

(IASR Vol. 44 p160-161: 2023年10月号)
 

HIV感染症の曝露前予防(pre-exposure prophylax: PrEP)は先進都市でのHIV感染を著減させ, 世界的に重要なHIV予防戦略となっている。日本では, 執筆時点でPrEPは未承認だが, 首都圏を中心に安価な海外製のジェネリック薬を入手し利用する人が急増している。本稿では, MSM(men who have sex with men)のコホート研究であるセクシャルヘルス(SH)外来でのPrEPに関する知見から, PrEPのHIV予防効果と国内における将来的な波及効果について概説する。

日本でのPrEPの有効性

PrEPは, 曝露前の抗HIV薬投与によりHIV感染を予防する方法で, 適切に実施すれば99%の予防効果があるといわれる。PrEPの詳細に関しては, 日本エイズ学会を中心に策定された「日本におけるHIV感染予防のための曝露前予防(PrEP)利用の手引き・利用者ガイド【第1版】」に詳しい1)。PrEPに関する本邦の知見として, 2017年より国立国際医療研究センター病院に設立されたSH外来(3カ月ごとのHIV/性感染症検査を施行)で, 2018年より小規模のPrEPのfeasibility studyを実施し, 単群のTDF/FTC毎日1錠内服のdaily PrEP利用者を最低2年間追跡した結果, HIV感染の罹患率がPrEP群124名で0であったのに対し, 非PrEP群となるコントロール177名では11名の新規HIV感染が発生した(3.5%/年, log rank test p=0.01)。同研究は, 東京近郊のMSMにおけるPrEPの有効性だけでなくHIV罹患率の高さを示唆している2)

広まるPrEP利用者

PrEPの世界での広まりを受け, MSMにおける認知度は急速に高まっており, 都内でもジェネリック薬を処方するクリニックが複数出現し, PrEP利用者は急増している。当院と協力施設であるパーソナルヘルスクリニックの2施設のPrEP利用者だけでも, 2022年末時点で4,000名に達している。他施設やネット購入のPrEP利用者も合わせると, PrEP利用者は5,000名程度に迫ることが推測される。2022年時点での登録者が2,200名程度のSH外来におけるPrEPの有無でみた年別のHIV罹患率および有病率を図1に示す。PrEP利用者でのHIV罹患率は基本的に0であるが, 非PrEP利用者におけるHIV罹患率が年々低下している点が注目される。SH外来登録時のHIVの有病率も同様に年々低下傾向を示しており(2017年2.7%から2022年1.2%), これらが, 東京近郊のコミュニティ・ベースですでに減少傾向にある新規HIV感染者のさらなる低下の可能性を示すものか, 今後の疫学的評価が待たれる。

PrEPの性感染症への影響

PrEP利用者ではHIV罹患率は著しく低いのに対し, 性感染症の罹患率は非PrEP利用者より高い傾向が世界的に認められるが, SH外来でも同様である。性感染症(梅毒・クラミジア・淋菌)の罹患数の詳細をみると, 複数回性感染症を罹患する高リスク者が感染数の大部分を占めているのが分かるが, オーストラリアの大規模研究でも同様の結果が示されている3)。SH外来の非PrEP利用者では, 観察期間中に複数回性感染症に罹患するMSM(11.9%)が全体の性感染症の罹患数の61.4%を占めるのに対し, PrEP利用者では, 複数回感染するMSM(30.6%)が全体の82.1%を占めている(図2)。医療機関におけるPrEPのメリットとして, HIV予防効果の他, 定期的な性感染症検査を実施することで, 早期診断・治療が可能になり, HIVはもちろん性感染症の減少も可能になるというデータが海外で報告されている3)

近年, 梅毒やクラミジアに対する極めて高い予防効果で注目されるドキシサイクリンの曝露後予防の対象となれば, 性感染症にも大きな効果が見込まれる可能性が高い。 

参考文献
  1. 生島 嗣ら, 日本におけるHIV感染予防のための曝露前予防(PrEP)-利用者ガイド-
    https://jaids.jp/wpsystem/wp-content/uploads/2022/11/uder-guide-matome-1Pver.pdf
  2. Mizushima D, et al., J Infect Chemother 28 : 762-766, 2022
  3. Trager MW, et al., Lancet Infect Dis 22: 1231-1241, 2022
国立国際医療研究センター病院エイズ治療・研究開発センター
 水島大輔

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan