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COVID-19ワクチン抗原構成の推奨プロセスについて

(IASR Vol. 45 p88-89: 2024年6月号)
 
国内外におけるCOVID-19ワクチン抗原構成の推奨と選定

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は出現から今日に至るまで, 中和抗体から逃避能を獲得した変異株が出現しつづけてきた。ワクチン抗原構成を定期的に見直すために, 世界保健機関(WHO)は2021年9月にワクチン構成の技術的諮問グループ(Technical Advisory Group on COVID-19 Vaccine Composition: TAG-CO-VAC)という独立した専門家グループを組織した。それ以降, 年に2回の頻度で推奨ワクチン株に関する声明が発表されている。

TAG-CO-VACの現在の意思決定プロセスは, WHOにより公衆衛生への影響の大きい変異を有する変異株(懸念される変異株: VOC)が指定されることにより始まる。VOCの検出状況ならびにウイルス変異の位置とワクチン効果にかかわる様々な科学的データ(詳細は後述)に基づき, ワクチン構成の更新の必要性について検討されている。2024年の検討に用いられたデータとして, 以下のものが挙げられる1)。例えば最新状況を議論に反映させるため, 査読前のプレプリントや, 企業等からTAG-CO-VACに対し機密情報として共有されたデータを含む幅広いデータが検討に用いられている。

(1)SARS-CoV-2の遺伝的進化状況, (2)動物およびヒト抗血清を用いた中和試験による様々な変異株の抗原性および抗原性変化を示す図(抗原性地図と呼ばれる)による抗原性評価データ, (3)動物およびヒト抗血清を用いた既承認ワクチン抗原により誘導される中和抗体反応の幅に関する免疫原性データおよびモデリングデータ, (4)既承認ワクチンによるワクチン有効性の推定値データ, (5)変異株感染者の免疫応答に関する暫定的な免疫原性データ, (6)TAG-CO-VACに対し機密情報としてワクチンメーカーから共有された候補ワクチンの非臨床・臨床試験における暫定的免疫原性データ。

TAG-CO-VACの声明や, 利用可能なワクチン株の状況を踏まえたうえで, 各国・地域においてオミクロン対応ワクチン株が選定されてきた。本邦ではWHOの声明等, 諸外国の状況や国内の状況をもとに, 新型コロナワクチンの製造株に関する検討会および厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会での議論を踏まえ, 2022/2023年秋冬シーズンのオミクロン対応二価ワクチン(BA.1対応型およびBA.4-5対応型), 2023/2024年秋冬シーズンのXBB.1.5一価ワクチンの導入が進められてきた。

2024年4月に発表されたCOVID-19ワクチン抗原構成の推奨に関するデータの要約

2024年4月26日にTAG-CO-VACから最新の声明が発表された1)。今回の推奨に至ったデータの要約を以下に記す。

2024年4月時点で, 過去数カ月間に公的データベースに登録された大部分(>94%)のSARS-CoV-2ゲノム配列はJN.1由来ウイルスで占められており, 従来のXBB系統ウイルス(例: EG5)から置き換えが続いている。このゲノム配列の置き換えは, 他の変異株と比較して, JN.1系統変異ウイルスのヒトへの適応度が高いことを示している。またいくつかのJN.1由来の変異株(例: JN.13.1, JN.1.11.1, KP.2)は, それぞれ独立した進化を経たものの, スパイクタンパク質の抗原決定基にかかわるアミノ酸残基346, 456への変異を含む。これらアミノ酸残基の置換は, 以前のSARS-CoV-2変異株(例: BQ.1およびXBBのR346T, EG.5およびHK.3のF456L)でもみられ, 置換部位は中和抗体が認識するエピトープ内にある。以上のことから, 近い将来に流行するSARS-CoV-2変異株はJN.1由来である可能性が高いと推察される。

XBB.1.5株もしくはJN.1株に初感作された動物およびヒト抗血清を用いた解析データから, これらウイルス株の抗原性は異なると考えられる。一方で, SARS-CoV-2感染歴の有無にかかわらず, XBB.1.5一価ワクチン接種後の抗血清はXBB.1.5およびその派生株(EG.5, HK.3, HV.1)ならびにBA.2.86とJN.1を中和する。しかしながら, 公表済みおよび非公表の研究において, JN.1に対する中和抗体価はXBB.1.5に対する中和抗体価よりも25倍程度低く, F456LもしくはR346T変異をともなうJN.1由来の変異株に対する交差中和抗体価はさらなる低下が確認されている。

過去に報告されたヒト免疫原性データの二次解析から, 株を更新したワクチンによる追加接種は, 以前の株を用いたワクチン接種に比べて最新変異株に対する中和抗体を平均40%増加させることが確認された。統計モデリングにより, ワクチン抗原を更新した場合のワクチン有効性に対する効果は, 重症化および発症予防効果に対し, それぞれ23-33%と11-25%ずつ増加すると予測されている。

TAG-CO-VACに対し機密情報としてワクチンメーカーから共有された非臨床試験のデータによると, JN.1一価ワクチン候補によって免疫されたマウスでは, 既承認ワクチンで免疫された場合に比べ, JN.1およびJN.1派生変異株に対し, より強い中和抗体応答を誘導した。JN.1一価ワクチン候補を用いたヒト免疫原性試験の成績は, 単一の臨床試験の結果であるものの, XBB.1.5や関連するワクチン抗原に比べてJN.1派生変異株(例: KP.2)に対してより高い中和抗体を産生する可能性が示唆されている。

COVID-19ワクチン抗原構成に関する推奨

2024年4月時点で, ほとんどの流行しているSARS-CoV-2変異株はJN.1由来である。JN.1からウイルスの進化が続くと予想されるため, 将来のCOVID-19ワクチンの製剤は, JN.1およびその派生変異株に対する強い中和抗体応答を誘導することを目指すべきとされた。その結果, TAG-CO-VACが推奨する1つの手法は, JN.1系統の一価ワクチン抗原(GenBank: PP298019, GISAID: EPI_ISL_18872762)を含むワクチンと発表された。

また, 現行の一価XBB.1.5ワクチンの継続的な使用でも, 初期のJN.1系統変異株に対する中和抗体応答を誘導し, 感染からの保護が期待できることもあわせて発表されている。ただし, SARS-CoV-2のさらなる変異がJN.1から続くと, XBB.1.5ワクチンによる発症予防効果が現状より弱くなる可能性がある点にも言及されている。また, 現在流行している, 特にJN.1系統変異株に対して強い中和抗体応答を誘導する他の製剤やプラットフォームも考慮可能と言及されている。

 

参考文献
  1. WHO, Statement on the antigen composition of COVID-19 vaccines, 26 April 2024
    https://www.who.int/news/item/26-04-2024-statement-on-the-antigen-composition-of-covid-19-vaccines
国立感染症研究所         
 インフルエンザ・呼吸器系ウイルス研究センター          
  長谷川秀樹          
 治療薬・ワクチン開発研究センター
  高橋宜聖

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan