名古屋市のデング熱に対する取り組み
(IASR Vol. 45 p143-144: 2024年8月号)本稿は, 名古屋市のデング熱に対する取り組みとして, 2014~2023年のデング熱発生状況とデングウイルス1型の系統解析および継続的に実施している蚊のアルボウイルス調査について報告する。なお, デングウイルスの血清型(1-4型)はアラビア数字で, 遺伝子型(Ⅰ-Ⅴ型)はローマ数字で表記した。
デング熱発生状況
本市における当該期間のデング熱発生数は48件で, 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行前は2019年の10件が最多で, 例年は5件前後であった。全国の動向1)と同様に, COVID-19流行で発生数が減少した後, 渡航制限の緩和・撤廃にともない増加傾向にある。全員が海外からの帰国者または入国者であり, 国内感染が疑われる事例はなかった。推定感染地域は, 東南アジアが39件(81%)と大部分を占め, 南アジアが5件(10%), ポリネシア, 南アメリカがともに2件(4%)と続いた。これは国内のデング熱症例の推定感染地域1)と同様の傾向であった。
当所に搬入された, デング熱疑いまたは確定例検体44件に対してreal-time RT-PCR法による遺伝子検査2)を実施し, 39件の血清型を決定した。内訳は, 1型が19件(49%), 2型が11件(28%), 3型が5件(13%), 4型が4件(10%)と, ほぼ同時期の報告3)と比較すると, 本市では1型の占める割合が高かった。同行者の検体は, 2015年にハワイからの輸入症例と考えられた1型の2件のみで, それ以外の患者は同時期に同じ国に滞在した記録は確認されなかった。
デングウイルス1型のE領域における系統解析
当該期間に最も多く検出されたデングウイルス1型について, エンベロープ(E)遺伝子の系統解析を実施した。血清型別real-time RT-PCR法によりデングウイルス1型遺伝子が検出された19件について, 既報のプライマー4)を用いてE領域を増幅した。増幅産物が得られた10件は, ダイレクトシーケンス法により塩基配列を決定し, E領域1,485塩基について, 最尤法で系統樹を作成した(図)。系統解析の結果, 遺伝子型Ⅰ型に8例, Ⅲ型とⅣ型に1例ずつ分類された。デングウイルス流行地では複数の血清型が混在する場合が多いが, 各血清型内をさらに細分類する遺伝子型は地理的分布が異なる5)。デングウイルス1型は, 遺伝子型Ⅰ-Ⅴ型に分類され, Ⅰ型は, 東南アジア, 中国, オセアニア, Ⅱ型は1950年代および1960年代のタイ(現在は検出されていない), Ⅲ型は南アジア, アフリカ, Ⅳ型は東南アジア, オセアニア, Ⅴ型は主にアメリカ大陸に分布している6)。10件の推定感染地域と遺伝子型の分布地域とはすべて一致していた。また, 同行者からの2件の他は近縁な株は認められず, それぞれ流行地で循環的に感染が持続している株に感染し, 発症したものと考えられた。
蚊のサーベイランス調査
名古屋市では, 市内の蚊媒介感染症のサーベイランスを目的として, 市内の蚊の生息調査とアルボウイルスの遺伝子保有調査を2005年より実施している。デングウイルスは2011年から調査対象に加えた。
蚊の採集場所は, 市内の観光地や屋外イベント開催地など, 人が多く集まる場所を対象として市内8カ所を選定した。蚊の採集は, 本市感染症対策・調査センターが6~10月の期間にドライアイストラップ法を用いて月2回, トラップの設置が困難な場所では人囮法により月1回実施している。2012~2014年には, この通常の調査に加えて市内の公園で人囮法により捕獲したヒトスジシマカを検査に供した。捕獲した蚊は, 当所生活環境部衛生動物室が同定・計数し, 雌の蚊を採集場所および種別に最大50匹にプールした。遺伝子検査は当所微生物部が実施し, デングウイルスの検出は血清型共通プライマー2)によるコンベンショナルRT-PCR法で行った。
調査結果は, 蚊採集場所の管理者への報告に加えて, 本市のウェブサイトで公開している7)。この調査で, デングウイルスを調査対象に含めた2011年以降, すべての地点で採集した蚊からデングウイルス遺伝子は検出されていない。2014年に東京都の公園を中心としたデング熱の国内感染例が報告された際8), 市民からの市内の蚊におけるデングウイルス保有状況に関する問い合わせに対して, このサーベイランスの結果を示し, 公衆衛生上求められる情報を迅速に提供することができた。
まとめ
COVID-19が5類感染症に移行し, 海外への渡航者やインバウンドが増加していることに加え, 愛知県・名古屋市では2026年9~10月にアジア競技大会というマスギャザリングイベントの開催が決定しており, デング熱など, 輸入感染症が持ち込まれるリスクは高まると考えられる。国内での感染が疑われる事例に対して迅速に対応できるよう, 今後もサーベイランスと患者の早期探知に努め, 適切な情報提供を行っていく必要がある。
参考文献
- 国立感染症研究所, 日本の輸入デング熱症例の動向について 2024年7月1日更新版
https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/dengue/PDF/Dengue_imported_202406.pdf - 国立感染症研究所, 病原体検出マニュアル, デング熱(2014年9月版)
- 岡田若菜ら, 東京都健康安全研究センター研究年報 第74号: 901-907, 2023
- Dutra KR, et al., J Med Virol, 89: 966-973, 2017
- Chen R and Vasilakis N, Viruses 3: 1562-1608, 2011
- Nextstrain, Real-time tracking of dengue virus evolution
https://nextstrain.org/dengue/denv1/genome(2024年7月3日閲覧) - 名古屋市, 蚊のデングウイルス等検査結果
https://www.city.nagoya.jp/kenkofukushi/page/0000071172.html(2024年7月3日閲覧) - 関 なおみ, IASR 36: 37-38, 2015