アジアを中心とする外国人の成人水痘症例の検討
(IASR Vol. 37 p. 164-165: 2016年8月号)
水痘はヘルペスウイルス科の水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)の初感染により発症する発熱と発疹を主症状とする疾患であり, 不顕性感染は極めて稀である1)。飛沫核・飛沫・接触感染し, その感染性は極めて高い。世界保健機関(WHO)は, 全世界で少なくとも年間1億4,000万人が水痘を発症し, 4,200人が死亡していると推定している2)。水痘はほとんどの場合自然治癒する疾患であるが, 成人では水痘の重症化リスクが小児より高いことが知られ, 肺炎や髄膜炎を合併することがある1)。水痘ワクチンはわが国で開発された弱毒生ワクチンであるが, 1回接種では水痘患者数の減少によるbooster効果の減弱から接種後罹患(break-through varicella)が問題となり, 多くの先進国では2回接種が推奨されている3)。国際化の進む中で, 流行が抑制されていない外国からの持ち込みによる水痘のアウトブレイク発生や外国人コミュニティにおけるその流行には注意が必要である。
国立国際医療研究センター・国際感染症センターでは, 2013年1月~2016年6月の3年6カ月間に15例の成人外国人水痘患者を診療した。国籍の内訳はベトナム8例, 中国5例, ミャンマー1例, ベルギー1例であり, 11例が留学生だった。男性11例, 女性4例で, 年齢の中央値は19歳(18~35歳)と若年であった。症状出現から受診までは中央値2日(1~5日)で, 抗ウイルス薬は13例で投与され, 治療薬は5例がアシクロビル, 8例がバラシクロビルであった。入院を要したのは2例で, いずれも高熱, 著明な倦怠感が入院理由であった。
全15例のうち, ベトナム人7例と中国人1例は同一の語学学校に通う18~23歳の留学生であり, 学生寮で共同生活をしていた。このアウトブレイクでは, 発端者の発生から2カ月間に7人が水痘を発症した。留学生はいずれも母国語しか話せなかったため, 学校や学生寮での感染予防の徹底を促し, 速やかな曝露後予防を勧めるのに難渋した。詳細な聴取の結果, 学生寮に暮らす外国人留学生は全部で83人, このうち水痘罹患歴があるのは30人, ワクチン接種歴があるのは6人だったが, 曝露後予防内服および予防接種は施行できなかった。そのほか, 中国人夫婦間での感染2例, 自身の子供からの感染2例, ベルギー人観光客の感染例1例であった。全15例のうち, ワクチン接種歴ありと申告したのは1例, 確認が取れたのは0例であった。
国際感染症センターでは, 水痘症例の学校や寮に連絡をとり, 感染対策や曝露後予防について接触者への情報提供に努めてきた。しかし, その後も外国人水痘症例が続いたことを受け, 個別の症例への対応に加え, 広く留学生と彼らが通う教育機関に向けた啓発活動が必要であると判断した。そのため, 2016年5月に新宿区内の日本語学校43校に水痘に関する教育資料を郵送した。
2016年6月時点で, 中国, ベトナムのいずれにおいても水痘ワクチンは定期予防接種プログラムの対象となっていない4)。中国では1998年に水痘ワクチンが承認され, 以降任意で接種が行われている5)。北京では, 幼稚園児および小学生での接種率は80%程度であるが6), ほとんどは接種回数が1回であり, ワクチン接種者における水痘のアウトブレイクも近年問題となっている7)。ワクチン接種率については都市と地方で格差が大きく, 都市部でも地方出身者では顕著に低いことが分かっており8), 注意を要する。
また, 興味深いことに, 温帯地域と熱帯地域では水痘の疫学が大きく異なる。温帯地域では90%以上が10代以前に水痘に感染するが, ベトナムなどの熱帯地域では罹患時期が遅く, 多くの成人が水痘に未罹患の状態で残っていることが知られている1,2)。その理由として, 人口密度, 温度や湿度によるVZVの感染性の変化, 社会的要因(保育園など)が推定されている1)。WHOは水痘初感染の平均年齢が15歳以上の国においては, 青年や成人に対する水痘ワクチン2回接種も選択肢になりうるとしている2)。当院で経験した語学留学生の水痘アウトブレイクも, こういった背景のもと発生したものと考えられる。
日本における2015年の外国人留学生数は20万8,000人で, このうち92.7%がアジア地域からである。その内訳は中国45.2%, ベトナム18.7%, ネパール7.8%, 韓国7.3%, 台湾3.5%である9)。現在, 外国人留学生に対する入学前および入学時の健康診断に関する規定はなく, 各教育機関が独自に行っている。日本は水痘ワクチンが定期接種でない国や, 水痘罹患年齢の高い国から多くの留学生を受け入れており, 外国人留学生はコミュニティの中で濃厚な接触があり, 感染が拡大しやすいと想定される。外国人留学生の来日前にワクチン接種歴や罹患歴を確認し, 必要に応じてワクチン接種を求めることを徹底すべき時に来ていると言えるだろう。
参考文献
- Heininger U, Seward JF, Lancet 2006; 368(9544): 1365-1376
- WHO, Weekly Epidemiological Record, Varicella and herpes zoster vaccines: WHO position paper 2014
[Available from: http://www.who.int/wer/2014/wer8925.pdf?ua=1] - 国立感染症研究所, 水痘ワクチンに関するファクトシート(平成22年7月7日版), 2010
- WHO, WHO vaccine-preventable diseases: monitoring system, 2016 global summary 2016
(cited 2016 31st May)
[Available from: http://apps.who.int/immunization_monitoring/globalsummary] - Wang Z, et al., Vaccine 2013; 31(37): 3834-3838
- Zhang X, et al., Vaccine 2014; 32(29): 3569-3572
- Lu L, et al., Vaccine 2012 30(34): 5094-5098
- Sun M, et al., Vaccine 2010; 28(5): 1264-1274
- 日本学生支援機構, 平成27年度外国人留学生在籍状況調査結果 2016
[Available from: http://www.jasso.go.jp/about/statistics/intl_student_e/2015/index.html]