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腸管出血性大腸菌感染症における溶血性尿毒症症候群, 2015年

(IASR Vol. 37 p. 97-98: 2016年5月号)

溶血性尿毒症症候群(hemolytic uremic syndrome: HUS)は腸管出血性大腸菌(EHEC)感染症の重篤な合併症の一つである。国立感染症研究所(感染研)では, 感染症発生動向調査で報告されたEHEC感染症のHUS発症例について, 疫学, 原因菌, 臨床経過, 予後等に関する情報を収集し, 毎年本誌で報告してきた(IASR 30: 122-123, 2009; 31: 170-172, 2010; 32: 141-143, 2011; 33: 128-130, 2012; 34: 140-141, 2013; 35: 130-132, 2014; 36: 84-86, 2015)。本稿では, 菌不分離時の感染研における確定診断(患者血清の抗大腸菌抗体検査)結果を含めて, 2015年のHUS発症例に関してまとめを報告する。

HUS発生状況

感染症発生動向調査に基づくEHEC感染症の報告数(2016年4月13日現在)は, 2015年 〔診断週が2015年第1~53週(2014年12月29日~2016年1月3日)〕 が3,570例(うち有症状者2,339例:66%)で, そのうちHUSの記載があった報告は79例であった。HUS発症例の性別は男性29例, 女性50例で女性が多かった(1:1.7)。年齢は中央値が6歳(範囲:0~94歳)で, 年齢群別では0~4歳が30例(38%)で最も多く, 次いで5~9歳20例(25%), 65歳以上11例(14%)の順であった。有症状者に占めるHUS発症例の割合は全体で3.4%, 年齢群別では5~9歳が6.3%で最も高く, 次いで0~4歳が6.2%, 10~14歳が4.4%の順であった()。

EHEC診断方法と分離菌およびO抗原凝集抗体

診断方法は菌の分離が50例(63%)で, 患者血清によるO抗原凝集抗体の検出のみが29例(37%)であった()。

菌が分離された50例の血清群と毒素型は, 血清群別ではO157が全体の82%(41例)を占め, 毒素型ではVT2陽性株(VT2単独またはVT1&2)が94%(47例)を占めた。また, 患者血清のみで診断された29例のうち, O抗原凝集抗体が明らかになった19例の内訳は, O157が16例, O121が2例, O145が1例であった。

2015年に感染研・細菌第一部で受け付けたHUS症例の血清診断依頼は7件あり, そのうち大腸菌O抗原凝集抗体が検出された例は6件あった。2011年以降の累積では, HUS症例の血清診断依頼は57件で, うち大腸菌O抗原凝集抗体が検出された例は47件であった(陽性率82.5%)。

感染原因・感染経路

確定または推定として報告されている感染原因・感染経路は, 経口感染が40例(51%), 接触感染が8例(10%), 動物・蚊・昆虫等からの感染が2例(3%), 「記載なし」 または 「不明」 の報告が29例(37%)であった。経口感染と報告された40例中17例に肉類の喫食が記載され, うち生肉(ユッケ, レバー, 牛刺し, 加熱不十分な肉等)の記載は2例(レバ刺し1例, 生焼けのハンバーグ1例)であった。

臨床経過(症状・合併症・治療・転帰)

保健所への届出時に選択された臨床症状については, 昨年までと同様に血便, 腹痛の出現率がそれぞれ86%, 80%と高く報告されていた。また, 届出時に脳症を合併していた症例は4例(5%)であった。

HUS 79例の報告のうち, 診断した医師への問い合わせにより, 55例(HUS発症届出例の70%)についての詳細な情報を収集できた。そのうち, 届出時には報告のなかった脳症の合併がさらに7例明らかとなった。

治療では, 55例中44例(80%)で経過中に何らかの抗菌薬が使用され, そのうちホスホマイシンが28例(64%)で最も多く使用されていた。また, 透析は21例(38%)で実施されていた。

保健所への届出から1カ月以上経過した時点で確認した転帰・予後は, 47例(HUS発症届出例の59%)から情報が得られ, 軽快・治癒29例(62%), 通院治療中9例(19%), 入院中3例(6%), 不明4例(9%)で, 死亡が2例(4%)報告された。死亡の年齢は, 5歳未満1例, 80代1例で, HUS発症例全体での致命率は2.5%であった。

考 察

2015年のHUS発症例は, 現在の届出基準で比較可能な2006年以降では最も少ない報告数であった。報告数が少なかった理由として, 全体のEHEC感染症の報告数も2006年以降で最も少なかったこと, HUSが複数例発症する集団感染事例がなかったこと等が要因として考えられた。報告数は減少したものの, 有症状者に占めるHUS発症例の割合3.4%は, 2014年(3.6%), 2013年(3.3%)とほぼ同等であり, 年齢群別でみても10歳未満の小児で高い割合を示すという傾向は従来通りであった。

推定(または確定)感染原因・感染経路では, 例年同様 「肉類の喫食」 が一定数報告されており, うち肉の生食が原因とされたのは2例であった。2012年以降 「生肉(加熱不十分な肉を含む)の喫食」 に関連したHUS発症例は減少していたが, 少数ながら 「レバ刺し」 の喫食によるHUS発症例が依然として報告されていた。HUSの発症はないものの, 馬刺しや加熱不十分な肉の喫食を原因とする食中毒事例が2015年も発生しており, EHECの感染予防のために 「生肉の喫食」 を避けることが重要である。また, 過去にはEHECに汚染された野菜や漬物等による食中毒事例が報告されており, 加熱せずに喫食する食品を介した感染には, 引き続き注意を要する。小児を中心として, EHEC感染に伴うHUSの発症は毎年一定の割合で発生しているため, EHECの感染そのものを予防することが重要である。

今回の調査にあたり, 症例届出や問合せにご協力いただいた地方感染症情報センターならびに保健所, 届出医療機関の担当者の皆様に深く感謝いたします。

これまでと同様に, 菌分離が困難なHUS症例の確定診断については感染研・細菌第一部(ehecアットマークniid.go.jp)までお問い合わせ下さい。

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