国立感染症研究所

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2013~2017年までの侵襲性髄膜炎菌感染症の国内症例の起炎菌の血清学的および分子疫学的解析

(IASR Vol. 39 p3-4: 2018年1月号)

侵襲性髄膜炎菌感染症は世界では年間30万人を超える患者と3万人もの死亡者が発生している。発生率が高い「髄膜炎ベルト」と呼ばれる, アフリカの赤道直下地域のみならず, 米国, 英国をはじめ先進国でも莢膜多糖体conjugateワクチンの導入が進んでいるにもかかわらず年間1,000名以上の発生が認められている。一方で, 日本国内ではワクチン導入等の, 髄膜炎菌感染症に対する公衆衛生対策は何も実施されていないにもかかわらず, 侵襲性髄膜炎菌感染症の報告数は, 症例の報告基準を血液や髄液からの検出のみならず関節液等の無菌部位からの菌の分離と定めた2017年においても年間40例程度の稀有な感染症となっている。

髄膜炎菌ワクチンの防御効果は血清群特異的であるために, 国内の臨床分離株の血清群の情報は重要である。また, 髄膜炎菌は細菌性髄膜炎の起炎菌の中でもヒト-ヒト感染による大規模な流行を引き起こす可能性があるため, 世界規模で菌株の比較解析が必要となってきており, 国立感染症研究所(感染研)では分離株の遺伝子型別も実施している。しかし, 一般の細菌検査室や地方衛生研究所においては血清型別や遺伝子型別の実施はその施設の環境によっては実施困難な状況であるため, 感染研においては, 分離株の血清型別および遺伝子型別を実施し, その報告をしてきた。

2005年のIASRの特集から本号で3回目の特集となる。そのつどの言及とはなるが, 感染症法に基づいた侵襲性髄膜炎菌感染症の原因菌株の収集は依然十分になされておらず, 2013~2017年までに160症例の「侵襲性髄膜炎菌感染症」の報告があり, 感染研細菌第一部で収集・解析できたのはそのうちの77株(全体の48.1%, 2013年報告では約19%)であった。

その内訳は, そしてその概略をに示す。

血清群に関しては12年前(IASR 26: 33-34, 2005)および5年前(IASR 34: 361-362, 2013)の報告と比較するとBが減少し, Yが日本の優位な血清群に遷移していることが確認される。また, 髄膜炎菌の莢膜多糖体が血清耐性を示すことから侵襲性病態の原因菌はすべて莢膜多糖体株が分離されてきた。しかしながら, 2015~2016年においては型別不能(non-typable: NT)の株も分離されている。

MLST(multilocus sequence typing)法を用いた遺伝子型(sequence type: ST)の解析も実施している。MLST法は髄膜炎菌の7つの必須遺伝子の塩基配列を解読し, その塩基配列の相違をMLSTデータベースで照合することにより分類・同定する手法である。7つの必須遺伝子の塩基配列が同一であれば同一ST, 7つの遺伝子座の塩基配列のうち1つでも異なれば別のSTとして分類し, 7つのうち最低5つの遺伝子配列が一致するものを “complex” と称して同属グループとして扱う。この手法のメリットはオンラインで結ばれていれば各々の国内分離株を海外の分離株とデータベース上の情報のみから照合・比較することが可能なことである。このMLST法により, 例えば日本国内分離株が海外で流行を起こした株と同一かどうか, 即ち海外流行株の日本国内への流入を詳細な解像度で推測することが可能となる。遺伝子型分類をみると, 2005~2013年ではST-23が日本国内での優位なST株であることが示唆されたが, 2013~2017年においても同様であることが推測される。一方で, ST-23の派生株であるST-1655が2014年から多く認められるようになり, 2017年現在においてはST-23とST-1655が国内で優位になってきていることも示唆された。一方で, 2013年までもそうであったが, 2014年以降もST-11316やST-12606, ST-13100といった国外では報告のない新規のST株も分離されてきており, 日本国内の髄膜炎菌の分布は依然不明な部分が多いことが示唆される。

最も興味深いのは2014年に分離されたST-11株の血清群はCであったが, 2017年のST-11株は血清群Wという, 莢膜多糖体の変換(capsule switching)を起こした株が日本でも検出されたことである。世界的には1999年までに分離されたST-11株はすべてC群であったが, C群結合型ワクチンがヨーロッパを中心とした世界中の国々で定期接種のワクチンプログラムに導入されたことによる選択圧の結果, capsule switchingによる血清群WのST-11株が出現してきており, 島国の日本でも遅ればせながら海外からcapsule switchingを起こした株が潜入してきたことを示唆するものと推測される。

近年では全ゲノム塩基配列解読(WGS)も発達してきており, MLST以上の解像度で全ゲノム配列の一塩基の違い(SNP)で菌株を相互比較できるようになりつつある。前述のように欧米では髄膜炎菌ワクチンの導入が進んでいるのとは対照的に日本ではワクチン投与はされていない現状では, 日本国民のほとんどは髄膜炎菌に対する免疫を持たないと推測される。2019年のラグビーW杯や2020年の東京オリンピック・パラリンピックを控え, 海外からの人の膨大な流入量の増大を考慮すると, 国内における髄膜炎菌感染症の流行発生の可能性は否定できない。不測の事態においても冷静に対処する準備として, 国内外の発生動向調査を実施するとともにその起炎菌株の血清群, MLST, WGS等の細菌学的分類情報も把握する全国のネットワークや国内のデータベースを構築しておくことは極めて重要だと考えられる。そのためにも症例数の少ない日本国内においてはその全数の起炎菌株の回収と解析こそが今後の日本において重要になってくることは疑いもなく, 引き続き地方自治体や病院関係の先生方のご協力を賜れば幸いである。

菌株収集にご協力頂きました地方衛生研究所, 病院や臨床検査室の先生方に深謝いたします。

 

国立感染症研究所
 細菌第一部 高橋英之 大西 真
 実地疫学専門家養成コース (FETP) 蜂巣友嗣 金井瑞恵 新橋玲子 加賀優子
 感染症疫学センター 神谷 元 福住宗久 砂川富正

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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