侵襲性髄膜炎菌感染症 2005年~2013年10月
(IASR Vol. 34 p. 361-362: 2013年12月号)
髄膜炎菌(Neisseria meningitidis)はグラム陰性の双球菌で、健康なヒトの鼻咽頭からも低頻度ながら分離される。飛沫感染で伝播し、侵襲性感染症としては、菌血症(敗血症なし)、髄膜炎を伴わない敗血症(IASR 30: 158-159, 2009)、髄膜炎(IASR 25: 207, 2004およびIASR 27: 276-277, 2006)、髄膜脳炎の4型がある。敗血症を発症すると特に予後が悪い。急性劇症型として副腎出血や全身のショック状態を呈するWaterhouse-Friderichsen症候群がある。非侵襲性感染症としては、肺炎(本号8ページ)・尿道炎(本号10ページ)などの多彩な病像がある。
髄膜炎菌に関連する届出疾患の変遷:髄膜炎菌に関連する疾患としては、日本では戦前より伝染病予防法に基づく「流行性脳脊髄膜炎」の患者届出が行われ(表1)、1945年前後には年間4,000例を超える患者が報告された。その後激減し、1969年以降年間100例未満(図1)、1978年以降は30例以下、1990年代に入ると一桁台となった。1999年4月の感染症法の施行により、「髄膜炎菌性髄膜炎」が全数把握の4類感染症となった(表1)。1999年以降、2013年3月まで、毎年7~21例の報告があった(図1&図2)。2011年5月に宮崎県の高校の学生寮で血清群Bによる集団発生が起こった際、髄膜炎症例に加え、敗血症など非髄膜炎症例の多発が指摘された(IASR 32: 298-299, 2011および本号7ページ)。2012年4月には学校保健安全法が改正され、髄膜炎菌性髄膜炎が新たに第2種感染症に追加された。
侵襲性髄膜炎菌感染症の発生動向(2013年4月~):2013年4月に、髄膜炎菌による髄膜炎に敗血症も加えた、「侵襲性髄膜炎菌感染症」として全数把握の5類感染症の届出に変更となり(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-09-01.html)、2013年4月以降18例が報告されたが、乳幼児の届出はなかった(表2、2013年11月15日現在)。原因菌は、髄液から2例、血液から13例、双方から3例分離された。届出18例のうち、13例が関東地方の自治体からの届出で、うち10例が東京都からである。集団発生あるいは相互に疫学的リンクのある症例、海外渡航歴のある症例は無かった。死亡が3例(32歳、39歳、70歳)で、死因はショック症状を伴う敗血症であった。侵襲性髄膜炎菌感染症となって以降の、現時点までの致命率は17%(3/18)である。
性別年齢分布(図3):2005~2013年での男女比はほぼ7:5である。1999~2004年の報告では、4歳までの乳幼児と15~19歳に患者発生が多かったが(IASR 26: 33-34, 2005)、2005~2013年では、青壮年(20代、50~60代)の患者報告が増加した。また、乳児・高齢者のみならず、15歳~30代が、死亡者全体の半数を占めている。
血清群別発生状況:髄膜炎菌は莢膜多糖体の糖鎖の違いにより13血清群に分類されており、流行地におけるワクチンの選択に、臨床分離株の血清群の情報は不可欠である。2005~2013年3月までの「髄膜炎菌性髄膜炎」と、2013年4~10月までの「侵襲性髄膜炎菌感染症」を合わせた115例(図4)中、50例の血清群に関する情報が得られた。B群が22例と最も多く、次いでY群が18例、C群が2例、W-135群が3例、Y群またはW-135群かを群別できなかったものが5例であった(図4)。国立感染症研究所細菌第一部では、MLST (multilocus sequence typing)法による精度の高い分子疫学的解析も実施し、国際的なデータベースへの照合による国際的な疫学解析も実施している。2005~2012年の間に18株が収集され、解析済の国内分離株は ST-23 complex やST-41/44 complex といった既知の遺伝子型に属していることがわかった。一方で、国外では報告のない新規ST株も検出された(本号3ページ)。
治療とワクチン:治療にはペニシリンGないし第三世代セフェム系抗菌薬を経静脈的に投与する。流行拡大防止措置として接触者への予防内服(リファンピシンないしニューキノロン系)が勧奨されている(本号4、5&6ページ)。予防投与のガイドラインはまだない。ワクチンは莢膜抗原に特異的で、血清群A、C、Y、W-135に対してのワクチンが入手可能だが、わが国では未承認である(本号11ページ)。
海外での発生状況:サハラ以南アフリカの髄膜炎ベルトでは流行が継続し、先進国でも散発的患者発生や学生寮での流行、イスラム教巡礼に端を発する国際的な伝播が報告されてきた。感染のほとんどはA、B、C、Y、W-135の5群によるが、近年、髄膜炎ベルトでX群の増加が報告されている。先進国ではB群の頻度が高い(本号12ページ)。ドイツの男性同性愛者間での侵襲性髄膜炎菌感染症事例(IASR 34: 240, 2013)、米国の学校でのアウトブレイク(IASR 33: 138&142, 2012)も報告されている。国際保健規則(International Health Regulation: IHR)では、髄膜炎菌感染症は、その公衆衛生上の懸念は通常は地域限定的だが、短期間で世界に伝播する可能性あるものとしてAnnex2にリストされている(http://whqlibdoc.who.int/publications/2008/9789241580410_eng.pdf)。
近年届け出られた患者には海外渡航歴がないことから、流行地への渡航者への注意喚起だけではなく、国内でも感染が発生する疾患であるとの認識が必要である。特に学生寮など共同生活を行っている場での患者発生時には、速やかな発生報告と疫学調査の実施が、感染予防措置のために必要である。菌株解析は、海外の流行株の流入経路や、潜在的な国内での菌の伝播を把握し、策を立案するうえで重要であり、臨床現場や自治体との連携、地方衛生研究所・国立感染症研究所のネットワークの強化が必要である。