外国人渡航者・居住者の成人水痘
(IASR Vol. 39 p135-136: 2018年8月号)
水痘はヘルペスウイルス科の水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)の初感染により発症する発熱と発疹を主症状とする疾患である1)。世界保健機関(WHO)は, 全世界で少なくとも年間1億4,000万人が水痘を発症し, 4,200人が死亡すると推定している2)。水痘ワクチンは, 健常児における有効率(vaccine effectiveness)は軽症から重症すべてで80~85%, 重症で100%とされ1), 接種後罹患(breakthrough varicella)への懸念から, 多くの先進国では2回接種が推奨されている。日本でも2014年10月から水痘ワクチンが定期予防接種対象となり, 生後12~15か月に1回目, 3カ月以上あけて3歳未満で2回目の接種が行われ, 以降, 定期接種対象年齢を中心に水痘患者報告数の減少が確認されている3)。
国立国際医療研究センター・国際感染症センターでは, 2012年1月~2016年12月までの5年間に22例の成人外国人水痘患者を診療した。年齢の中央値は19(範囲18~35)歳, 11例がベトナム人, 5例が中国人, その他6カ国から1例ずつであった。東京在住の21名中, 18名は留学生であった。3例が強い倦怠感のため, 2例が隔離を目的に, 入院治療を要した。
外国人成人水痘症例22例のうち10例は, 同一の語学学校に通い, その学生寮に暮らす留学生であった。このアウトブレイクでは, 発端者であるベトナム人学生の水痘発症から2カ月の間にベトナム人8例, 中国人1例が次々と発症した。該当の語学学校に通う留学生を対象として調査したところ, 37%(30/81) は水痘の既往あり, 7.4%(6/81)は少なくとも1回の水痘ワクチン接種歴ありと申告した。曝露後予防が可能であることについて語学学校に情報提供したものの, 実際に受診した学生はいなかった。
当センターの外国人成人水痘症例は, 水痘対策に関わる複雑な背景を如実に反映している。以下に詳述する。
まず, 国によって異なる定期接種ワクチンプログラムがある。水痘ワクチンはWHOによるExpanded Pro- gram on Immunization(EPI)には含まれず, 多くの国で定期予防接種プログラムの対象となっていない。日本には200万人以上の外国人が在留しているが, 大多数が中国(30%), 韓国(20%), フィリピン(10%) 国籍である4)。中国では, 1990年代後半に水痘ワクチンが承認され, 以降任意接種が行われている5)。北京での研究では, 幼稚園児および小学生での接種率は80%程度であるが, ほとんどは接種回数が1回であり, breakthrough varicellaのアウトブレイクも近年問題となっている5)。また, 韓国では, 2005年から水痘ワクチン1回接種が12~15か月の小児を対象に定期接種となったが, 95%以上の高い接種率にもかかわらず水痘症例の発生が続いている6)。
次に, 温帯地域と熱帯地域では水痘の疫学が大きく異なる。温帯地域では90%以上が10代以前に水痘に感染するが, 熱帯地域では罹患時期が遅く, 多くの成人が水痘に感受性を有した状態であることが知られている1,2)。その理由として, 人口密度, 温度や湿度によるVZVの感染性の変化, 社会的要因(保育園など)が推定されている1)。
訪日, 在留外国人はいずれも急激に増加している。2017年の訪日外国人は2,869万人7), 在留外国人は247万人4)に及ぶ。渡航者は, 公共交通機関での移動, mass gatheringなどの行動様式から, 感染症のリスクが高い。また, 日本はインドネシア, フィリピン, ベトナムから看護師・介護士を医療現場へ受け入れている。帯状疱疹の患者を看護した外国人看護師が水痘を発症した報告もあり, より一層の注意を要する集団と言えるだろう。
さらに, 外国人留学生数の増加がある。2017年, 日本には26万7,000人の外国人留学生が在籍しており, その数はここ数年急激に増加している8)。9割以上をアジア人留学生が占め, 出身国の内訳は中国40.2%, ベトナム23.1%, ネパール8.1%, 韓国5.9%, 台湾3.4%である8)。そもそも, 学生間の濃厚接触, 教室などの込み合った環境から, 学校というのは感染症が流行しやすい環境である。アメリカでは, American College Health Associationが入学許可前の確認を推奨しており, この中に水痘ワクチン接種2回または抗体価確認も含まれている9)。しかし, 日本には外国人留学生に対する入学前および入学時の健康診断に関する規定はなく, 各教育機関が独自に行っている。日本でも水痘ワクチンは定期接種対象疾患となったが, 現時点では, 留学生と交流することが想定される15~30歳の日本人の10%程度はVZVに対する免疫を持たない10)。留学生により持ち込まれた水痘が日本人学生に広がる可能性は十分に考えられる。
これらの背景のもと, わたしたちは, VZVへの免疫を持たない多くの外国人を本邦へと受け入れている。水痘は, その高い感染性, ワクチン2回接種の有効性に鑑み, 適切な対策をとり, しっかりと予防すべき疾患である。2020年東京オリンピック・パラリンピックというmass gatheringを控え, わが国を訪れる外国人に対する水痘対策に真剣に取り組む必要がある。
参考文献
- Heininger U, Seward JF, Lancet 368(9544): 1365-1376, 2006
- WHO, Weekly Epidemiological Record, Varicella and herpes zoster vaccines: WHO position paper 2014
http://www.who.int/wer/2014/wer8925.pdf?ua=1 - 国立感染症研究所, 水痘ワクチン定期接種化後の水痘発生動向の変化 ~感染症発生動向調査より・第3報~ 2017[cited 2018 April 20th]
https://www.niid.go.jp/niid/ja/varicella-m/varicella-idwrs/7620-varicella-20171020.html - 法務省, 在留外国人統計(旧登録外国人統計)統計表
http://www.moj.go.jp/housei/toukei/toukei_ichiran_touroku.html - Zhang X, et al., Vaccine 32(29): 3569-3572, 2014
- Oh SH, et al., Clin Vaccine Immunol 21(5): 762-768, 2014
- 日本政府観光局, 統計データ(訪日外国人・出国日本人)
https://www.jnto.go.jp/jpn/statistics/visitor_trends/index.html - 独立行政法人日本学生支援機構(JASSO), 平成29年度外国人留学生在籍状況調査結果
https://www.jasso.go.jp/about/statistics/intl_student_e/2017/index.html - Association TACH, ACHA Guidelines Recommendations for Institutional Prematriculation Immunizations, 2016
- 国立感染症研究所, 年齢/年齢群別の水痘抗体保有状況の年度比較, 2014-2016年[cited 2018 April 20th]
https://www.niid.go.jp/niid/ja/y-graphs/7200-varicella-yosoku-year2016.html