国立感染症研究所

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多包性肝エキノコックス症の臨床

(IASR Vol. 40 p35-36: 2019年3月号)

病態と診断

1.病 態

患者は北海道に多く, キツネの生息地域(北半球のみで, 北米, ドイツ, フランス, スイス, ロシアなどの寒冷地帯)に多発する。多包性エキノコックス症(多包虫症)は終宿主のキツネ, イヌなどの小腸に寄生する多包条虫の排泄虫卵を中間宿主となるヒトが偶然に経口摂取し, 主に肝臓において, 幼虫の細胞が塊状の硬い腫瘍性の病巣を形成する疾患である。ヒトからヒトへの感染はない。

1936年に北海道の礼文島出身の患者に国内初の肝手術が北海道大学で行われ, 1965年に道東地区の根室市から患者2名が発見された以降1), 現在までに感染の危険性は北海道全域に広がり, 最近, 2005年に埼玉県, 2014年と2018年には愛知県知多半島の野犬から多包条虫が検出された。

エキノコックス症の病態は, 病巣の増大速度が遅い以外は肝臓の悪性腫瘍と同様の病態を示し, 世界保健機関(WHO)によれば, 放置すると約90%以上が致死的経過をたどる。病期は3つに分けられ, 潜伏期は, 感染後数年~10数年で, 病巣も小さく, 肝機能も正常に経過するが, 超音波エコー, CTで病巣を検出でき, 血清検査でも陽性になる。切除により治癒できる。進行期は5年~10数年で, 肝腫大に伴う上腹部の膨満・不快感, 肝障害を呈する。すでに巨大な病巣を形成し, 肺・脳・骨などにも転移していることもある。10歳以下の小児でも進行例の報告がある2)。適切な治療がなければ, 末期に移行し, 重度の肝障害, 嚢胞が感染し敗血症となり死亡する。

2.診 断

血清診断:マススクリーニングでは北海道立衛生研究所で確立されたELISA法を, 精査として多包条虫幼虫の抽出粗抗原を用いたWestern blot法を用い, この患者陽性率は90%以上である3)。原頭節より等電点電気泳動法によって分画精製された分子量18,000の抗原(Em18)を用いた旭川医科大学寄生虫学教室で作成されたWestern blot法もあり, 90%以上の陽性率を持っている。

画像診断:超音波エコー, CTでは石灰化を伴う充実性・嚢胞性病変が描出されることが多い。造影されない腫瘤性病変として描出されることもあり, 非感染地区では, 胆管細胞癌との鑑別が困難で, 抗がん剤治療を受けてしまうこともある。

MRIではT2強調でhigh intensity周囲にlow inten-sityを伴う腫瘤性病変が特異的である。MRI所見からType1:多発小嚢胞のみで充実部分無し, Type2:多発小嚢胞に充実部分を伴う, Type3:充実部分に大きな嚢胞変性と多発小嚢胞を伴う, Type4:充実部分のみで嚢胞部分無し, Type5:大きな嚢胞のみで充実部分なしの5タイプに分類し, Type2+3が8割以上を占める4)

病理組織診断:壁の断面は, 内側から胚層, 多数のエオジン好性クチクラ層, granulomatous reactionを認め, palisading granulomaを形成する肉芽層を認める。人間は中間宿主であり, 成虫, 卵は認めないが, 原頭節は認められる。

検診体制:早期発見のために, 北海道では, 1966年から自治体での住民検診が始まり, 1972年からは道内の検診体制が確立されていった。現在, 札幌市では, 各保健センターで小学生以上の市民を対象に, 無料で検診 (ELISA法による血液検査:1次検診) を行い, 感染の疑いがあれば, 道が委託している医療機関で2次検診:Western blot法による血液検査, 超音波エコー, CTによる画像診断を受ける。感染症法が1999年4月に施行され, 全数報告対象(4類感染症)である。

治 療

1.肝切除

肝切除が第一選択の治療法であり, 完全摘除により根治する。北海道大学からの報告では, 完全切除群は, 10年生存率, 20年生存率は98.9%で, 病巣遺残した切除(減量切除群)では, 術後にアルベンダゾール投与を併用することにより10年, 20年生存率はそれぞれ97.1%, 61.9%であった。姑息処置群では, 10年, 15年生存率は50.0%, 33.3%であった5)

主要の脈管:肝動脈, 門脈, 肝静脈, 胆管がある肝門部に浸潤がある場合, 肝門部胆管癌と, ほぼ同様の術式が選択される。周辺臓器:下大静脈, 横隔膜, 胃, 十二指腸, 大腸, 腎臓などに浸潤する場合, 合併切除を必要とする。その切除可能性の評価は施設間で異なる場合があり, 多数例を経験している施設での治療が重要である。病巣遺残例には, 術後併用療法としてアルベンダゾールの投与を生存期間中, 投与し続ける必要があり, 病態に応じた胆管ドレナージ:経皮経肝的胆道ドレナージ(Percutaneous Transhepatic Biliary Drain-age: PTBD), 内視鏡的経鼻胆管ドレナージ(Endoscopic Nasobiliary Drainage: ENBD)などinterventional proceduresを適宜行う必要がある。90%以上の病巣を減量する肝切除は術後にアルベンダゾール投与を併用し, 完全切除と有意差の無い成績が得られる5)

症例:16歳男性。腹部膨満を主訴に来院した。病巣は, 肝左葉中心に右葉前区域に及んでいた。肝左3区域切除を行ったが, グリソンに沿い病巣が遺残したため, 胆管ドレナージチューブを留置した()。術後はアルベンダゾールを投与し, 9年経過した現在, 遺残病巣はCTで検出できないほど縮小し, 再燃なく生存中である。

2.薬物療法

非切除例, 切除後の病巣遺残例は, 生存期間中投与し, 完全切除例でも術後1年間投与を行う。アルベンダゾール200mg錠を1日3錠, 分3, 28日間服薬し, 14日休薬を繰り返す(40kg体重では2錠分)のが一般的な投与法であるが, アルベンダゾール最大投与量:600~800mg/連日で70%が有効と判定されたとの報告もある6)

 

参考文献
  1. Uchino J, et al., In Alveolar echinococcosis of the liver, pp. 137-149, 1993
  2. Yoshida T, et al., J Hepatobiliary Pancreat Sci 17: 152-157, 2010
  3. 青木貴徳ら, 日消雑 103: 955-960, 2006
  4. Kodama Y, et al., Radiology 228: 172-177, 2003
  5. Kawamura N, et al., J Am Coll Surg 212: 804-812, 2011
  6. 佐藤直樹ら, 診療と新薬 32: 1053-1063, 1995

 

北海道大学大学院医学研究院
消化器外科学教室I(第一外科) 神山俊哉

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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