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東京都で初めて重症熱性血小板減少症候群と診断された症例

(IASR Vol. 40 p114-115:2019年7月号)

重症熱性血小板減少症候群(severe fever with thrombocytopenia syndrome: SFTS)は, SFTSウイルス(SFTSV)によるマダニ媒介感染症である。2013年1月に初めて日本におけるSFTS患者が報告されて以降1,2), 23府県で404例が報告されている(2019年4月24日現在)。その多くは西日本(北陸を含む)からの報告例であり, 東日本での報告例はなかった3)。今回, 私たちは東京都で初めてSFTSと診断された患者を経験したので報告する。

患者は2019年5月初旬に長崎県へ旅行した, 東京都在住の50代の男性である。現地の森林での活動歴はあったが, 野外行動時は長袖の衣服を着用し, 明らかなダニ刺咬痕はなかった。宿泊先ではネコが飼育されていたが, 直接接触したことはなく, その他の動物にも接触しなかった。長崎県訪問初日から6日目(第1病日)の夕方から食欲不振, 頭痛を自覚した。翌日(第2病日)に東京に戻った。発熱, 嘔吐, 下痢症状も出現した。第4病日に近医を受診して末梢血液検査がなされ, 白血球減少と血小板減少を指摘されたが, その時は対症薬処方による治療がなされた。しかし症状は改善せず, 第7病日には意識がもうろうとしたため前医の救急外来を受診した。血液検査にて白血球数と血小板数はそれぞれ1,200/μLと52,000/μLで, 2系統の血球減少が認められ, さらにCKも14,853 U/L(正常値: 57-197 U/L)と上昇していた。CRPは0.73 mg/dL(正常値:0.3mg/dL以下)と軽度上昇していた。敗血症の疑いとして補液, 広域スペクトル抗菌薬投与が開始された。第8病日には骨髄穿刺検査が実施された。核/細胞質比が小さく核異型の強い異型リンパ球増多が認められたが, 血球貪食像は認められなかった。症状が改善しないことから, 同日に精査・治療目的に当院へ転院搬送された。入院時は意識障害と39.1℃の発熱, 眼球結膜充血を認めた。体表にダニ刺咬痕は確認されなかった。長崎県への滞在歴と, 上記検査所見からSFTSの可能性を考え, 接触予防策および飛沫予防策を実施しながら治療を継続し, 第9病日に国立感染症研究所において検査が実施された。第9病日の血液と尿から, それぞれ1.76×106 copies/mL, 1.90×102 copies/mLのSFTSV遺伝子が検出され, SFTS確定症例として東京都に届け出た。補液による支持療法を継続した。意識障害が遷延したため, 中枢神経感染を疑って腰椎穿刺検査を行ったが, 髄液細胞数は1/μLと細胞増多は認められなかった。脳脊髄液からは2.04×102 copies/mLのSFTSV遺伝子が検出された。遷延した意識障害および筋力低下は徐々に改善し, 第13病日には意識清明となり, 各種血液検査も改善傾向に転じた。第16病日に採取された血清はSFTSV遺伝子検出検査陰性になり, 第25病日に退院した。

本症例では特徴的な臨床像と旅行歴からSFTSを想起し, 早期に診断に至った。本症例は東京都で初めてSFTSと診断された患者となったが, 今回の経験は国内でSFTS患者報告がない地域でもSFTS患者が発生するリスクがあることを示している。患者が報告されていない地域でも, 医師はSFTSについてよく知っておく必要がある。

中国ではSFTS患者報告地域が広がっている。2011~2016年に中国で報告されたSFTSの99.53%が7つの省からの報告であったが, その省の数は年々増加している4)。日本でもSFTSV陽性のマダニやSFTSV抗体陽性の野生動物が, 患者報告がない地域を含めて国内の広範囲で発見されており5), このことからも流行地への滞在歴の有無に関わらず, 患者報告のない地域でSFTS患者が発生すると予想される。

これまで患者報告がない地域においても, 臨床像や検査所見からSFTSが疑われる場合には, 旅行歴, 滞在歴, 活動歴を聴取するとともに, 最寄りの保健所等に報告し, 検査を実施することが重要である。また, SFTSは患者から医療従事者への二次感染も起こりえる。疑い患者を診た場合には, 速やかに感染防止対策を適切に講じる必要がある。

 

参考文献
  1. 西條政幸ら, IASR 34: 40-41, 2013
  2. Takahashi T, et al., J Infect Dis 209(6): 816-827, 2014
  3. 国立感染症研究所ウイルス第一部・感染症疫学センター, 感染症発生動向調査で届出られたSFTS症例の概要
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/sfts/sfts-idwrs/7415-sfts-nesid.html
  4. Sun J, et al., Sci Rep 7(1): 9236, 2017
  5. 森川 茂ら, IASR 37: 50-51, 2016

 

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