国立感染症研究所

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腸管出血性大腸菌感染症 2020年3月現在

(IASR Vol. 41 p65-66: 2020年5月号)

腸管出血性大腸菌(EHEC)感染症はVero毒素(Vero toxin:VTまたはShiga toxin:Stx)を産生, またはVT遺伝子を保有するEHECの感染によって起こり, 主な症状は腹痛, 水様性下痢および血便である。嘔吐や38℃台の発熱を伴うこともある。VT等の作用により血小板減少, 溶血性貧血, 急性腎不全をきたして溶血性尿毒症症候群(HUS)を引き起こし, 脳症などを併発して死に至ることがある。

EHEC感染症は感染症法上, 3類感染症に定められている。本感染症を診断した医師は直ちに保健所に届出を行い(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-03-03.html), 保健所はその情報を感染症サーベイランスシステム(NESID)に報告する。医師が食中毒として保健所に届け出た場合や, 保健所長が食中毒と認めた場合は食品衛生法に基づき, 各都道府県等は食中毒の調査を行うとともに厚生労働省(厚労省)へ報告する(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/iryou/index.html)。地方衛生研究所(地衛研)はEHECの分離・同定, 血清型別, 毒素型(産生性が確認されたVT型またはVT遺伝子型)別等を行い, その結果をNESIDの病原体検出情報に報告する(特集関連資料1)。国立感染症研究所(感染研)細菌第一部は地衛研から送付された菌株の血清型, 毒素型の確認を行うと同時に, 反復配列多型解析(MLVA)法やパルスフィールドゲル電気泳動(PFGE)法による分子疫学的解析を行っている(本号67ページ)。これらの解析結果は各地衛研へ還元されるとともに, 必要に応じて食中毒調査支援システム(NESFD)で各自治体等へ情報提供されている。

感染症発生動向調査:NESIDの集計によると, 2019年にはEHEC感染症患者2,511例, 無症状病原体保有者(患者発生時の積極的疫学調査や調理従事者等の定期検便などで発見される)1,233例, 計3,744例が報告され(), 例年同様夏期に報告が多かった(図1)。都道府県別報告数(無症状を含む)は東京都, 北海道, 福岡県, 大阪府, 神奈川県, 愛知県, 静岡県, 兵庫県, 埼玉県の上位9都道府県で全体の50%を占めた。人口10万対届出数では佐賀県(13.4)が最も多く, 岩手県(5.6), 北海道(5.3), 群馬県(5.2), 岐阜県(5.1), がそれに次いだ(図2)。0~4歳の人口10万対届出数では, 佐賀県(126.5), 岐阜県(58.7), 滋賀県(44.3)などが多かった(図2)。報告に占める有症者の割合は例年同様男女とも30歳未満, 60歳以上で高かった(図3)。HUSを合併した症例は78例(有症者の3.1%)で, そのうち45例からEHECが分離された。O血清群の内訳はO157が34例で, 毒素型はVT2陽性株(VT2単独またはVT1&2)が41例を占めた。有症者のうちHUS発症例の割合が最も高かったのは0~4歳の低年齢層で6.0%であった(本号9ページ)。届出時点でのEHEC感染による死亡例は3例であった。HUS症例の約3-4割からはEHECが分離されておらず, 患者便中の毒素検出, または血清診断によるEHECの主要O群の血中抗体価の上昇によるEHEC感染によるHUSと確定診断された(本号10ページ)。

地衛研からのEHEC検出報告:地衛研から報告された2019年のEHECの菌検出数は1,784であった(本号3ページ)。この検出数は, 保健所等が必要に応じて医療機関や民間検査機関に対して検出された菌株の提出等を求める検査を実施した実績であるため, EHEC感染者報告数()より少ない。全検出数における上位のO血清群の割合は, O157が54%, O26が16%, O103が5.8%, O111が5.7%であった(本号3ページ)。毒素型でみると, 2019年は例年同様O157ではVT1&2が最も多く, O157の58%を占め, VT2単独は40%であった。O26は例年同様VT1単独が最も多く, 91%を占めたが, VT2単独が8.5%を占め, 例年よりも多かった(例年は1%未満)。O157が検出された955例の主な症状は下痢61%, 腹痛61%, 血便46%, 発熱22%であった。

集団発生:2019年も保育施設等におけるEHEC感染症集団感染事例が発生し, 人から人への感染によるものと推定された。一方, 「食品衛生法」に基づいて都道府県等から報告された2019年のEHEC食中毒は20事例, 患者数165名(菌陰性例を含む)であった(2016年は14事例252名, 2017年は17事例156名, 2018年は32事例456名)。感染研細菌第一部での解析から, 疫学的関連が不明な散発事例間で同一のMLVA型を示す菌株が広域から分離されていることが明らかとなっている(本号710ページ)。

予防と対策:牛肉の生食による食中毒の発生を受けて, 厚労省は生食用食肉の規格基準を見直した(2011年10月, 告示第321号)。さらに, 牛肝臓内部からEHEC O157が分離されたことから, 牛の肝臓を生食用として販売することを禁止した(2012年7月, 告示第404号)。2012年には, 漬物によるO157の集団発生を受けて, 漬物の衛生規範が改正されている(2012年10月, 食安監発1012第1号)。

EHECは少量の菌数(100個程度)でも感染が成立するため, 人から人への経路, または人から食材・食品への経路で感染が拡大しやすい。例年同様, 2019年も飲食店等を原因施設とする食中毒事例(特集関連資料2)が発生しており, EHEC感染症を予防するためには, 食中毒予防の基本を守り, 生肉または加熱不十分な食肉等を食べないように注意を喚起し続けることが重要である(http://www.gov-online.go.jp/useful/article/201005/4.html)。さらに, 保育所での集団発生も多数発生しており, その予防には, 手洗いの励行や簡易プール使用時における衛生管理が重要である(2018年改訂版・保育所における感染症対策ガイドライン http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000201596.pdf)。家族内や福祉施設内等で患者が発生した場合には, 二次感染を防ぐため, 保健所等は, 感染予防の指導を徹底する必要がある。

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