注目すべき感染症 ※PDF版よりピックアップして掲載しています。
腸管出血性大腸菌(EHEC)感染症は、Vero毒素(Vero toxin:VT またはShiga toxin:Stx)を産生、またはVT遺伝子を保有するEHECの感染によって起こり、主な症状は腹痛、水様性下痢および血便である。EHEC感染に引き続いて発症することがある溶血性尿毒症症候群(HUS)は、死亡あるいは腎機能障害や神経学的障害などの後遺症を残す可能性がある。
2019年のEHEC感染症報告数は、診断週で第20週から増加し始め、第25週以降100例を超え、第30週で175例に達した。第34週は150例であった。本年第34週までの累積報告数2,204例は、2015〜2019年の各年同週までの累積報告数を比較すると、4番目に多い報告数であった(2015年2,224例、2016年2,078例、2017年2,310例、2018年2,371例)。また、患者(有症状者)のみに限定した本年第34週までの累積報告数は1,521例であり、2015〜2019年で3番目に多い報告数となっている(2015年1,517例、2016年1,322例、2017年1,598例、2018年1,611例:以上、各年同週まで)。性別では、男性が973例(44%)、女性が1,231例(56%)で、年齢中央値25歳(範囲0〜97)であった〔男性:21歳(0〜92)、女性:28歳(0〜97)〕。患者(有症状者)のみに限定すると、年齢中央値22歳(範囲0〜97)であった。第1〜34週の累積報告数を都道府県別にみると、東京都(208例)が最も多く、次いで大阪府(119例)、静岡県(118例)、北海道(113例)、千葉県(109例)、福岡県(109例)、神奈川県(102例)、愛知県(100例)の順で上位を占めた。なお、推定感染地域が国外と報告された症例は89例(EHEC感染症累積報告数の4%)であり、うち72例がアジア地域であった。第34週時点までに患者・無症状病原体保有者の別を問わず届け出られ、O抗原、ベロ毒素の情報が明らかであった100例以上のEHEC感染症は、O157 VT1・VT2(631例)、O157 VT2(336例)、O26 VT1(291例)、O103 VT1(146例)であった(以上、暫定値)。
令和元年食中毒発生事例(速報)として、令和元年8月19日までに厚生労働省に報告のあった、病因物質を腸管出血性大腸菌(VT産生)とする事例は7件で、飲食店で提供された食事を原因食品と断定あるいは可能性があった事例が6件(うち焼肉関連が2件)、事業所において提供された給食を原因食品とした事例が1件あった(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/
EHEC感染症の重篤な合併症であるHUSの発症は、第34週までに累計44例〔うち女性35例(80%)〕が報告された。届け出時点で患者全体に占めるHUS発症者の割合は、2.9%であった。 直近5年間の同週までのHUSの累積報告数と届け出時点で患者全体に占めるHUS発症者の割合は2014年69例(3.5%)、2015年48例(3.2%)、2016年49例(3.7%)、2017年68例(4.3%)、2018年37例(2.3%)である。2019年第1〜34週のHUSの年齢中央値は11.0歳(範囲1〜87)であった〔男性:11歳(2〜82)、女性:11歳(1〜87)〕。年齢群別では0〜9歳が21例で、HUS症例全体48%を占めた。例年同様、女性と低年齢の小児で発症が多く報告されている。判明した血清群別ではO157が16例で、そのうち、O157 VT1・VT2が8例、O157 VT2及びO157 VT型不明がそれぞれ4例であった。EHEC感染症届出時点における脳症の発症は6例(全例でHUS発症)であった。
なお、届出時点で死亡の情報が得られた2019年の症例はこれまで3例である。
近年、集団発生事例に関して、広域的な食中毒が疑われる事例が散見されるようになり、その探知と対応が課題とされている。このため、厚生労働省は、広域的な食中毒事例の早期探知及び有効的な調査等を目的として、広域的な感染症・食中毒に関する調査情報の共有手順を定めた「腸管出血性大腸菌による広域的な感染症・食中毒に関する調査について」(2018年6月29日付事務連絡)を発出した。また、食品衛生法が改正され、広域連携協議会が設置され、緊急を要する場合には、厚生労働大臣は、広域連携協議会を活用し、広域的な食中毒事例に対応することが規定された(2019年4月1日施行)。さらに、食中毒事例が発生した際の菌の遺伝子型検査法について、広域的な事例の探知の迅速化のため、異なる検査機関で実施した検査結果が比較可能な反復配列多型解析法(MLVA)へ統一することとした(平成30年2月8日付健感発0208第1号薬生食監発0208第1号)。今後、これらの基盤を有効活用することによって、食中毒事例の探知及び対応能力を向上していくことが、国、都道府県等関係機関に求められている。
EHECによる食中毒の予防には、食肉の十分な加熱処理、食材・調理器具の十分な洗浄や手洗いの励行などを徹底すること、生肉または加熱不十分な食肉等を食べないようにすること〔牛レバーや豚肉・豚の内臓(レバーを含む)を生食用として販売・提供することは禁止されている〕が重要である。なお、EHECを死滅させるには、食べ物を単に温めるだけでは不十分であり、中心温度が75℃で1分間以上の加熱が必要である。ハンバーグなどの挽肉を使った食品を調理する際は、中心部まで十分に加熱することが重要である。さらに、焼く前の生肉などに使用する箸などの調理器具を使い分けることにも注意が必要である。
また、野菜が原因とされるEHECの感染例も報告されている。野菜による食中毒を発生させないためには、生産、流通、加工、及び消費段階の衛生管理が重要である。農林水産省では食品の安全性の向上に向けて、生産から消費に渡ってあらかじめ必要な対策を講じるリスク管理に取り組む中で、より安全な野菜を供給できるよう生産段階の衛生管理を推進している。消費段階の注意点として、家庭内では、流水で十分に洗浄することが挙げられる。また、大量調理施設においては、野菜及び果物を加熱せずに供する場合に、食品製造用水(以下、流水)で十分洗浄し、必要に応じて次亜塩素酸ナトリウム等で殺菌した後、流水で十分すすぎ洗いを行うことなどが求められている。さらに、調理後の食品は速やかに喫食する、保管する場合は長時間室温放置せずに10℃以下で保存する等の食品の衛生的な取り扱いを心がけることが予防の観点で重要である。
毎年、保育施設においてEHECの集団発生が多くみられていることにも注意が必要である。日ごろからの注意として、接触感染予防として、オムツ交換時の手洗い、園児に対する排便後・食事前の手洗い指導の徹底が重要である。夏場を過ぎつつあるが、簡易プール等を使用する際には衛生管理に注意を払う必要がある。下痢など症状のある子供は、プールの利用を控えさせるとともに、特に、低年齢児の簡易ミニプールには十分注意し、塩素消毒が必要である。過去には動物とのふれあい体験での感染と推定される事例も報告されており、動物との接触後の十分な手洗いや消毒が必要である。
腸管出血性大腸菌(EHEC)感染症の感染症発生動向調査に関する背景・詳細な情報と最新の状況については、以下を参照いただきたい(引用日付2019年9月2日):
●腸管出血性大腸菌感染症
国立感染症研究所 感染症疫学センター |