国立感染症研究所

鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス感染症に関する臨床情報のまとめ

〜臨床像・検査診断・治療・予防投薬〜(2013年4月25日現在)

国立感染症研究所感染症疫学センター

 

本稿の目的

 2013年3月31日に中国から鳥インフルエンザA(H7N9)の人への感染例が初めて報告されて以降、中国国内では患者の報告が継続している1, 2)。また、4月24日には、中国江蘇省帰りの患者が台湾において発症、確定例として報告されている3)。4月24日現在、日本国内での鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス感染者は確認されていないが、今後国内での発生に対する対応を準備する必要がある。
 共通の感染源および感染伝播に関するエビデンスは4月21日現在不明である。これまで同一家族内における複数の患者報告の情報も散見されるが、確定患者の接触調査からはヒトからヒトへの感染は確認されていない。人から人への伝播があったとしても非常に限定されていると考えられる4)
 鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス感染の人における臨床像、可能な検査診断、治療、予防については情報が少ない中で、本稿は、人に対して比較的病原性の高いインフルエンザである可能性を前提に、臨床および公衆衛生の現場で診療や対策に従事する関係者に既知の情報を整理して提供することを目的としてまとめたものであり、新しい知見が得られ次第、適宜更新されることを前提としている。

 

 

臨床像

1)中国本土からの症例

  • 4月24日現在、検査室診断で鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス感染が確定しWHOに報告された109例のうち23例(21.1%)が死亡した1,2)。重篤な症例が多いものの、軽症例および無症候性感染者(不顕性感染例)も報告されている。
  • 4名の鳥インフルエンザA(H7N9)感染症で死亡した患者に関する症例報告がなされているが、いずれも発症初期に高熱、咳嗽といったいわゆるインフルエンザ様症状を呈した後、発症1週間以内に重症肺炎およびARDS(急性呼吸窮迫症候群)へ進行し最終的に死亡している4-9)
  • 4月24日に論文発表された情報4)によると、4月17日までに確認された82例の確定患者のうち、38例(46%)は65歳以上であり、2例(2%)が5歳未満の小児であった。これら小児2例はいずれも臨床的に軽度な上気道症状を呈していた。
  • 確定患者の多くは男性で(73%)、情報が得られた71例のうち54例が1つ以上の基礎疾患を含む健康危害状況を伴っていた(多いものから順に、高血圧31例、糖尿病14例、心疾患12例、慢性気管支炎7例、肝炎4例、喫煙4例、関節リウマチ4例など)。
  • 確定症例82例のうち81例は入院加療を受けた。情報が得られた確定患者51例のうち、33例(65%)は、重篤な下気道症状のためICUにおいて隔離が行われた。4月17日現在、17例の確定例と1例の疑い例が、ARDSもしくは多臓器不全により死亡し、60例の確定例と1例の疑い例が重篤な状態にある。軽症であった4例はすでに退院しており、また無症状であった小児1例は入院加療を行わなかった。
  • 確定症例の内、情報が得られた81例では、発症から初診までの中央値は1日、発症から入院までの期間の中央値は4.5日であった。情報が得られた64例のうち、41例(64%)がオセルタミビル投与をうけていた。投与開始のタイミングの中央値は発症から6日目であった。情報が得られた40例のうち19例がARDSを合併(発症からARDS合併までの中央値:8日間)し、17例が死亡した(発症から死亡までの中央値:11日間)。
  • 事例発生当初は、重症の下気道感染症の患者探知に焦点を当てていたが、外来でインフルエンザ様症状を呈した患者に検査を拡大していくにつれ、軽症の患者がみつかるようになってきた。

2)台湾において報告された症例3)

  • 53歳男性、台湾在住、B型肝炎ウイルスのキャリアであり、高血圧の既往がある。3月28日から江蘇省に仕事で滞在し4月9日に台湾に帰国。4月12日に発熱、発汗、倦怠感で発症したが、呼吸器、消化器症状なし。16日に高熱が出現し医療機関を初診し入院、同日よりタミフルが投与された。4月18日には、胸部レントゲンで右下肺野に間質性浸潤影出現、4月19日夜には症状増悪、20日には転院加療、呼吸不全のため挿管人工呼吸器管理となり、4月25日現在ICUにて陰圧隔離治療を受けている。

検査診断

  • 鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス感染症が疑われる患者を診察した場合には、適切な感染防止対策を実施した上で、患者から滅菌スワブを用いて鼻腔ぬぐい液もしくは鼻腔吸引液、咽頭拭い液等の検体を採取し、最寄りの保健所と連携を取り、地方衛生研究所に送付しで最初の検査診断を行うこととなっている10)。しかし、病初期のウイルス増殖部位に関する明確なエビデンスが得られていない現状においては、上気道からの検体採取に加えて、喀痰あるいは気管支吸引液、気管支肺胞洗浄液(BAL)等、下気道からの検体採取に努めることが、感度の高い検査診断を実施するために重要であると考えられる。
  • 現時点で、具体的には以下の4項目全てを満たしている患者は、鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス検査診断の候補となる10)
  • 38℃以上の発熱と急性呼吸器症状があること。
  • 臨床的又は放射線学的に肺病変(例:肺炎又はARDS)が疑われること。
  • 発症前10日以内の中国への渡航又は居住歴があること。
  • ただし、他の感染症又は他の病因が明らかな場合は除くこと。
  • ※渡航歴や曝露歴から鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス感染症を疑うが肺病変がない患者については、現時点では検査診断の対象になっていないが、今後知見の集積とともに、対象者の範囲は変更される可能性がある。
  • 4月24日現在、人における鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス感染症を報告している国は中国・台湾のみであるが、他の国や地域に発生が認められた場合には、検査診断の対象範囲を拡大することが考えられる。また、上記以外にも鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス感染症と確定診断された患者と10日以内に接触した肺病変を有する者(上記参照)も、検査診断の対象に含めることを考慮する必要がある11)
  • 鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス感染症の検査診断は、上気道あるいは下気道から採取した検体から鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス遺伝子を同定するか、あるいはウイルスを直接分離培養同定することで確定される。中国からの症例報告で、初期の死亡例4例においては咽頭拭い液が検査に用いられ、リアルタイムRT-PCR法とウイルス分離、全塩基配列の決定により鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルスおよびウイルス遺伝子陽性の結果を得ている6,7)。中国における確定症例82例のまとめでは、7例(9%)がウイルス分離により、2例が血清診断(急性期と回復期の抗体価の4倍以上の上昇)により、73例(89%)がリアルタイムRT-PCRによるウイルス遺伝子の検出により診断されている4)。一方、台湾の症例は、経過中、2回咽頭拭い液を採取したがともにリアルタイムRT-PCR法にて鳥インフルエンザA (H7N9)ウイルス遺伝子は陰性で、4月22日に採取された喀痰検査でリアルタイムRT-PCR法にて鳥インフルエンザA (H7N9) ウイルス遺伝子陽性であった3)
  • 現時点で、鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス抗原を検出するための、人におけるインフルエンザ迅速診断テストの有用性、適切な検体採取時期、検体採取部位等に関して信頼できる情報はない。
  • 米国疾病対策センターは、呼吸器からの検体を用いる市販のインフルエンザ迅速診断テストによる検査では、鳥インフルエンザウイルスまたは変異したA型インフルエンザウイルスを検出できない場合があることについて言及している11)。インフルエンザ迅速診断テスト陰性の結果に基づいて治療方針の決定がなされるべきではないことを考慮する。

治療

抗インフルエンザ薬

今回の鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルスに対してノイラミニダーゼ阻害薬は有効であると考えられている12,13)。鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス感染症に対する抗インフルエンザウイルス薬の臨床効果、適正な投与量、投与期間は不明であるが、理論上は発症早期の投与で有効性が高いと考えられるため、臨床的診断がついた段階で抗インフルエンザウイルス薬を投与した方がよいと考えられる13)。中国からの報告においても、早期に鳥インフルエンザウイルス感染症を疑うこと、またオセルタミビルを早期に投与することが、重症度を下げる可能性があると言及されており、発症後5日以内の投与が重症化や死亡のリスクを減らすかもしれないとされている4)。また、中国の治療指針においては発症後48時間以内に投与開始すべきであるとされているが、重症例などでは発症後48時間以降においても投与を検討すべきであると記されている14)
現在、国内で使用できる抗インフルエンザウイルス薬は、オセルタミビル(タミフル®)、ザナミビル(リレンザ®)、ペラミビル(ラピアクタ®)、ラニナミビル(イナビル®)、アマンタジン(シンメトレル®)の5種類であり、アマンタジン以外はすべてノイラミニダーゼ阻害薬に分類される。アマンタジンについては、インフルエンザの治療薬としてはほとんど使用されなくなっており、鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルスにおいても耐性変異が確認されていることから使用は推奨されない13,15)
現時点では季節性インフルエンザに準じたノイラミニダーゼ阻害薬の使用が推奨されるが、中国ならびに台湾からの報告では、最も多くの知見が得られているのはオセルタミビルである。2013年4月現在、小児の鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス感染者が2例と少ないため、以下は健常成人を想定した内容になっているが、小児での抗インフルエンザウイルス薬使用についての検討が必要である。


(1)オセルタミビル(タミフル®)

季節性インフルエンザでは特に発症早期の投与での有効性が高いが、重症例では発症から数日経過していても投与すべきとされる16,17)。季節性インフルエンザでの通常使用量は75mg×2回/日の5日間投与である。鳥インフルエンザA(H5N1)ウイルスに対しては倍量の150mg×2回/日を10日間使用することを勧める専門家もいる18)
(2)ザナミビル(リレンザ®)
吸入薬剤であり、季節性インフルエンザの治療では10mg×2回/日の5日間投与を行う。
(3)ペラミビル(ラピアクタ®)
唯一の注射薬剤である。2010年に日本で使用可能となった比較的新しい薬剤である。季節性インフルエンザの治療では300mg(重症化の恐れのある場合は600mg)を15分以上かけて単回点滴静注で投与するが、症状に応じて連日反復投与出来るとされている。
(4)ラニナミビル(イナビル®)
吸入薬剤である。2010年に日本で使用可能となった比較的新しい薬剤である。季節性インフルエンザの治療では40mgを単回吸入する。

コルチコステロイド

補助的治療としてのステロイド剤の使用については有効性が確立されておらず、適応を慎重に判断すべきである17)。一般的にARDSや敗血症性ショックにおけるステロイドの役割は、あったとしても限定的なものと考えられる。

抗菌薬

肺炎等の予防を目的として抗菌薬を投与すべきではない。ただしインフルエンザウイルス感染後には肺炎球菌、黄色ブドウ球菌、A群溶連菌などによる二次性の細菌性肺炎をきたすことがあるので、細菌感染の合併が疑われるようなケースにおいては喀痰培養など細菌学的検査を行い、適切な抗菌薬を使用することが考えられる。論文報告があった中国の2例の患者においてはカルバペネム耐性のAcinetobacter baumanniiが分離された。

予防投薬

曝露後抗インフルエンザ薬予防投与
  • 現時点では人における鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス感染症の感染源に関する明確な情報は得られていない。よって、曝露された者を特定することは実際には困難であり、抗インフルエンザ薬の予防投与の対象について判断することは難しい。
  • 確立された曝露後予防投与方法はないが、鳥インフルエンザA(H5N1)では季節性インフルエンザに準じた方法でノイラミニダーゼ阻害薬を内服することが勧められている19)。鳥インフルエンザA(H7N9)についても同様に対象者のリスクを勘案し、投与の是非を検討することが望ましい。


<文献>

1) World Health Organization (WHO). Global Alert and Response (GAR). Disease Outbreak News. Human infection with influenza A(H7N9) virus in China. Geneva: WHO; 21 Apr 2013. Available at: http://www.who.int/csr/don/2013_04_21/en/index.html

2)中华人民共和国卫生部; 25 Apr 2013. Available at:http://www.moh.gov.cn/

3) Taiwan CDC. Available at:http://www.cdc.gov.tw/diseaseinfo.aspx?treeid=8d54c504e820735b&nowtreeid=dec84a2f0c6fac5b&tid=F4568D733CDAB298

4) Li Q, Zhou L, Zhou M, et al. Preliminary Report: Epidemiology of the Avian Influenza A (H7N9) Outbreak in China. New Engl J Med. 2013 Apr 24.DOI: 10.1056/NEJMoa1304617 [Epub ahead of print]

5) Chinese Centre for Disease Prevention and Control. Questions and Answers about human infection with A(H7N9) avian influenza viruses. Beijing: China CDC; 11 Apr 2013. Available at: http://www.chinacdc.cn/en/ne/201303/t20130331_79282.html

6) Yang F, Wang J, Jiang L, et al. A fatal case caused by novel H7N9 avian influenza A virus in China. Emerging Microbes & Infections (2013) 2, e19; doi:10.1038/emi.2013.22

7) Gao R, Cao B, Hu Y, et al. Human Infection with a Novel Avian-Origin Influenza A (H7N9) Virus. N Engl J Med. 2013 Apr 11. [Epub ahead of print]

8) Nicoll A, Danielsson N. A novel reassortant avian influenza A(H7N9) virus in China – what are the implications for Europe. EuroSurveill. 2013;18(15) :pii=20452.

9) World Health Organization (WHO). Background and summary of human infection with influenza A(H7N9) virus– as of 5 April 2013. Geneva: WHO. Available at: http://www.who.int/influenza/human_animal_interface/update_20130405/en/index.html

10) 健感発0403第3号「中国における鳥インフルエンザA(H7N9)の患者の発生について」. Available at: http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/infulenza/dl/2013_0404_01.pdf

11) CDC. Human Infections with Novel Influenza A (H7N9) Viruses. April 5, 2013. Available from: http://emergency.cdc.gov/HAN/han00344.asp
http://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/a/flua-h7n9/2273-idsc/3408-140407-cdc.html (感染研・感染症疫学センターによる邦訳)

12) WHO:中国における人での鳥のインフルエンザウイルスA(H7N9)感染症に関するQ&A.
国立感染症研究所ホームページ:
http://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/a/flua-h7n9/2273-idsc/3394-h7n9-qa.html

13) CDC. Interim Guidance on the Use of Antiviral Agents for Treatment of Human Infections with Avian Influenza A (H7N9). April 18, 2013. Available at: http://www.cdc.gov/flu/avianflu/h7n9-antiviral-treatment.htm

14) 中华人民共和国卫生部Diagnostic and treatment protocol for human infectionswith avian influenza A (H7N9)  (2nd edition, 2013). 11 Apr 2013.Available at:
http://www.moh.gov.cn/mohgjhzs/s7952/201304/98ceede1daf74a45b1105f18c4e23ece.shtml

15) Assessment Severe respiratory disease associated with a novel influenza A virus, A(H7N9) China, 2 April 2013. Available at;
http://www.ecdc.europa.eu/en/publications/Publications/AH7N9-China-rapid-risk-assessment.pdf

16) Harper SA, Bradley JS, Englund JA, et.al. Seasonal influenza in adults and children--diagnosis, treatment, chemoprophylaxis, and institutional outbreak management: clinical practice guidelines of the Infectious Diseases Society of America. Clin Infect Dis. 48(8):1003-32.

17) Jefferson T, Demicheli V, Rivetti D, et al. Antivirals for influenza in healthy adults: systematic review. Lancet 2006;367:303-313

18) Writing Committee of the Second World Health Organization Consultation on Clinical Aspects of Human Infection with Avian Influenza A (H5N1) Virus. Update on avian influenza A (H5N1) virus infection in humans. N Engl J Med.2008, 358(3):261-73.

19) WHO Rapid Advice Guidelines on pharmacological management of humans infected with avian influenza A(H5N1) virus. 2006. Available at;
http://www.who.int/medicines/publications/WHO_PSM_PAR_2006.6.pdf

 

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