国立感染症研究所

  • HTLV-1感染症とは
    flowercell  ヒトT細胞白血病ウイルス1型(Human T-cell leukemia virus type 1: HTLV-1)は成人T細胞白血病・リンパ腫(Adult T-cell leukemia: ATL)、HTLV-1関連脊髄症(HTLV-1 associated myelopathy: HAM)およびHTLV-1ぶどう膜炎(HTLV-1 uveitis: HU)などの疾患を引き起こす。これらのHTLV-1関連疾患はHTLV-1感染者(キャリア)から発症するが、キャリアの大部分は無症状である。 HTLV-1キャリアおよび関連疾患は、我が国では九州・沖縄地方を含む南西日本に特に多く見られ、先進国の中で唯一HTLV-1の浸淫国である。 HTLV-1の主な感染経路は母子感染(垂直感染)、性感染(水平感染)および輸血の3つであるが、献血者の抗体スクリーニングが開始されて以降は母子感 染が主要な感染経路と考えられている1)
  • HTLV-1関連疾患
     ATLは、その典型例では末梢血に花びら様の異常リンパ球が出現し、全身の各種臓器に浸潤する悪性の血液腫瘍であり、1977年に高月清博士らにより最初に報告された2)。1980年にはヒトの初めての病原性レトロウイルスとしてHTLV-1がGallo R.博士らにより単離・報告された3)。また、1981年にはHTLV-1がATLの原因ウイルスであることが日沼頼夫博士らにより明らかにされた4)。ATLは未だに有効な治療法がなく、特に急性型およびリンパ腫型ATLは現在の最新の治療法によっても捗々しいものではなく、血液腫瘍の中でも最も予後不良な疾患のひとつである。HAMは、納光弘博士らにより報告され5)、緩徐進行性で対称性の脊髄症で、歩行障害や膀胱・直腸障害などの症状を呈するが、この疾患に関しても有効な治療法は確立されていない。HUは、望月學博士らにより報告され6)、 突発性の飛蚊症、霧視、軽度の視力低下などの症状を呈し、治療反応性は良好だが再発も多い。従って、これらのHTLV-1関連疾患に有効な治療法の開発 は、我が国の医療行政上においても喫緊の課題である。また、それと同時に、HTLV-1の感染予防とキャリアからの発症予防法の開発も重要な課題である。 これらの課題はHTLV-1浸淫国である我が国が取り組む責任があり、その研究成果は国際的にも貢献しうるものである。
  • HTLV-1感染症対策
     我が国では、HTLV-1やその関連疾患が日本人らにより発見された1980年頃以来、約10年の間研究プロジェクトが組織され、基礎および臨床における共同研究が精力的に推進された。その結果、1) HTLV-1ゲノムの全塩基配列の決定7)、2) ATLの臨床病型分類の確立8)、3) HTLV-1 Tax遺伝子による病原性発現機構の解明9)、4) HTLV-1の感染経路の解明10), 11)、5) 輸血スクリーニングや断乳・人工乳によるHTLV-1感染予防効果の証明12), 13)な ど、目覚ましい成果を挙げた。しかしその後、HTLV-1および関連疾患は“将来消え行くウイルス”、“九州・沖縄の風土病”などという概念や考え方が急 速に広まったため、特に1990年代の後半以降、HTLV-1感染と関連疾患に関する組織的な研究や対策などは十分には講じてこられなかった。全国の HTLV-1キャリアの実態は1990年に120万人前後と推定されたが14)、それ以降調査はなされておらず、最近の実態は不明 のままであった。ATLに関しては、厚生労働省の人口動態統計の死因別分類から、2000年以降毎年1,000人以上がATLで亡くなっていることが分か り、1996年〜1997年のT・Bリンパ腫研究グループによる第9次ATL全国実態調査で報告された年間発症数の700例と比較して、患者数が増加して いることが示唆された。
     そこで、2008年度〜2010年度に厚生労働科学研究班「本邦におけるHTLV-1感染及び関連疾患の実態調査と総合対策」(研究代表者:国立感染症 研究所 血液・安全性研究部 山口一成)が組織され、全国的なHTLV-1キャリア及び関連疾患の実態調査が行われた。その中で、全国の初回献血者の抗体 陽性者の調査から、全国のキャリア数が約108万人と推定され、九州・沖縄地方のキャリアの割合が減少している一方、関東地方と近畿地方の大都市圏での増 加が示され、我が国のHTLV-1キャリアは依然として多数存在し、全国に拡散する傾向があることが指摘された。また、ATLの実態調査では、年間発症数 が1,146例と推測され、高齢者を中心に今後も持続的にATLが発症すると考えられた。HAMの実態調査では、新規に発症し診断される患者が増加傾向に あり、患者が九州地方以外の大都市でも多くみられることが報告された。そこで全国一律の母子感染対策、即ち妊婦スクリーニングが厚生労働省科学研究班(齋 藤班)から提起され、実行に移されようとしている。
     また最近ATLに関しては、HTLV-1感染者コホート共同研究班(Joint Study on Predisposing Factors of ATL Development: JSPFAD)が組織され、その研究の中でATL発症に関わるリスク因子がいくつか明らかになっており15)、 特に末梢血リンパ球の高ウイルス量(感染細胞数)のATL発症への関与を示すデータが集積されつつある。HAMに関しては、その稀少性ゆえに病態解明や治 療薬開発のための研究が進展しにくい面があったが、HAM患者およびHTLV-1キャリアの患者会等の多大な尽力により、2008年にHAMが特定疾患 (難病)に指定され、難治性疾患克服研究事業の対象疾患として組織的な研究が開始されている。

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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