(IASR Vol. 34 p. 230-231: 2013年8月号)
おたふくかぜは流行性耳下腺炎の通称で、パラミクソウイルス属のRNAウイルスであるムンプスウイルスの、通常、初感染による臨床像である。おたふくかぜに対して現在、ウイルス特異的な治療法はない。隔離などによる流行の拡大阻止には限界があるため、おたふくかぜの流行への対策はワクチンによる予防が中心になる。1977年にMMR ワクチンが定期接種に導入された米国では、おたふくかぜの発生数は導入前に比べ97%も減少した。
おたふくかぜワクチンは弱毒生ワクチンであり、初代の野外ウイルスを細胞継代により弱毒化し、ニワトリ胚細胞で増殖して製造される。凍結乾燥製剤であり、1バイアル(0.5ml)あたり 5,000TCID50以上の力価を持つ。わが国では、1980年に阪大微研の占部株と北里研究所の星野株、1982年に武田の鳥居株、1985年に化血研の宮原株、1990年に千葉血清のNK-M46株が認可されている。諸般の事情により占部株は現在使用されず、NK-M46株も製造が中止され、残念なことに最近は宮原株も出荷されていない。ワクチンによる免疫獲得は、補体添加中和法(CNT)で70~85%、ELISA法で85~95%程度とされる。しかしながら、いかに感度の高い方法で抗体獲得が良好でも、それは発病阻止を意味しない。HI法やCF法は感度が低く効果の判定に不向きとされるが、おたふくかぜワクチンは水痘ワクチンと同様に接種後罹患が比較的多く、HI法で検出できないレベルでは発症阻止効果が十分でない可能性がある。米国での耳下腺腫脹を伴う臨床的なおたふくかぜに対する予防効果は、Jeryl-Lynn株あるいはその由来株を含む麻しんおたふくかぜ風疹3種混合(MMR)ワクチンを使用した以前の市販後調査で、1回接種で78~91%とされていた。ところが、その後の英国での同様の研究では、1回接種の有効率は64%、2回接種では88%であった。したがって現在では、米欧の大半でMMRワクチンによる2回接種が勧奨されている。わが国では現在も任意接種として継続して実施されているが、接種率は低く流行をコントロールするまでに至っていない。
おたふくかぜワクチンの副反応として最も多いのは、接種後3週間前後に発生する一過性の耳下腺腫脹で、100人に2~3人の頻度でみられる。筆者らは、耳下腺腫脹のない例でもワクチンの接種後にワクチンウイルスのゲノムを検出したが、ウイルス分離は陰性でワクチンウイルスが伝播する可能性はない。
おたふくかぜワクチンの接種後に最も問題になるのは、接種後3週間前後の無菌性髄膜炎の発生である。わが国では1989年にMMRワクチンが定期接種に導入されたが、副反応としての無菌性髄膜炎の発生が社会的な問題になり、1993年には事実上中止された。
髄膜炎はおたふくかぜの合併症として最も頻度が高く、またムンプスウイルスは小児の無菌性髄膜炎の起因ウイルスの大部分を占める。おたふくかぜを発症した全例に施行された髄液検査で異常値を示した者(lab-oratory meningitis)が60%以上との報告もあるが、実際に入院加療を要するような臨床的髄膜炎(clinical meningitis)の発生頻度は10%以下である。一方、ワクチン接種に伴う髄膜炎の発生頻度の調査は、MMRワクチンの統一株(933例に1例)と自社株の成績、および各社の市販後調査のデータがあるのみで、MMRワクチン中止後に現在も任意接種として使用されている単味ワクチンの、無菌性髄膜炎などの副反応の発生頻度は公には明らかでなかった。そこで筆者らは、いずれも入院を要するような無菌性髄膜炎の発生頻度を、おたふくかぜワクチン接種後と自然感染例とを対比して前方視的に調査した(表)。少々古い成績であるが、現在、おたふくかぜワクチンの定期接種化へ向けた動きが加速しているため、ここに紹介する。この中で、自然感染は 1,051例が対象になり13例(1.24%)が無菌性髄膜炎として入院した。一方、ワクチン接種例は21,465例で、髄膜炎による入院は10例(0.05%)であった。すなわち、おたふくかぜワクチンの接種後に髄膜炎を発症することがあり、以前の統一株のMMR ワクチン接種後では約 500~1,000人に1人の発生頻度であったが、おたふくかぜの自然感染では約80人に1人が髄膜炎で入院加療を受けるため、それよりは少ない。さらに、現在任意で接種されているおたふくかぜ単独のワクチン接種後では、2,000~2,500人に1人と自然感染よりはるかに少ない。ただし発生頻度がゼロではないので、接種の3週間後に高熱が続き嘔吐や頭痛を訴えた場合は、念のため髄膜炎の発症を念頭に置いた観察や対応が重要になる。
おたふくかぜワクチンの効果と安全性は諸外国での成績などより明白であるが、わが国では残念ながら現在も定期接種の対象になっていない。その主な理由はMMR ワクチンによる無菌性髄膜炎の発生であった。ワクチン接種に伴う無菌性髄膜炎の発症は自然感染よりはるかにリスクが低い。何より、ワクチンの接種率が高く維持され流行がコントロールされれば、合併症の併発も予防され、その後疾患が排除されれば、はじめてワクチン接種を中止することも可能となる。わが国でもおたふくかぜワクチンの、できれば2回接種を早期に定期接種化することが、ぜひとも必要である。
参考文献
1) CDC, MMWR 55: 629-630, 2006
2) Nagai T, Nakayama T, Vaccine 19: 1353-1355, 2001
3) Bang HO, Bang J, Bull Hyg 19: 503-504, 1944
4) 丸山浩, 他, 臨床とウイルス 22: 77-82, 1994
5) Nagai T, et al., Vaccine 25: 2742-2747, 2007
医療法人社団永井小児科医院理事長 永井崇雄