(IASR Vol. 35 p. 65-66: 2014年3月号)
ロタウイルスは、主に乳幼児に急性胃腸炎を引き起こす代表的なウイルスであり、先進国・発展途上国を問わず世界中に広く分布している。わが国においても、ロタウイルス胃腸炎による年間の患者数は約80万人、入院者数は約7~8万人に及ぶと推計されており、毎年数名の死亡者が報告されている。ロタウイルスは感染力が非常に強く、衛生環境の整った先進国であっても、概ね5歳までにほぼ100%のヒトがロタウイルスに一度は感染すると考えられている。
わが国におけるロタウイルス流行のピークは2~5月にかけてみられ、ノロウイルス流行のピーク(12月~翌年2月)より少し遅れて現れる傾向がある。感染経路は糞口感染であり、1~4日の潜伏期間を経て下痢・嘔吐・発熱などの症状が現れる。適切な治療を受ければ1週間程度で回復するが、治療を受けないまま下痢や嘔吐で水分が失われ続けると重度の脱水症となり、痙攣やショックを引き起こす。また、腎炎・腎不全・心筋炎・脳炎・脳症・HUS(溶血性尿毒症症候群)・DIC(播種性血管内凝固症候群)・腸重積などの重篤な合併症を併発することもある。ロタウイルスは一度の感染では終生免疫が得られず、複数回発症することも少なくない。感染を繰り返すたびに軽症化する傾向があり、大人ではあまり発症しなくなるが、近年は成人の間でもロタウイルスによる集団感染事例や食中毒事例がしばしば報告されている。
ロタウイルス遺伝子
ロタウイルスはレオウイルス科(Reoviridae)に分類されるエンベロープを持たないウイルスである。ウイルス粒子は外殻、内殻、コアタンパクからなる三重構造を持ち、その内部に11分節からなる2本鎖RNAのゲノムを有している(図1)。この11本の遺伝子分節には6種の構造タンパク(VP)と6種の非構造タンパク(NSP)がコードされている。ロタウイルスは内殻を構成しているVP6の抗原性に基づいてA~G群に分類されているが、ヒトの間で流行を引き起こすのは大部分がA群である。C群も少ないながら流行しており、わが国でも時折集団感染例が報告されている。A群ロタウイルスの各タンパク質の機能はある程度解析されており、それぞれの機能に由来した遺伝子型の命名法が確立されている(表)。A群ロタウイルスの疫学調査では、従来から中和抗原を有するVP7(G type)とVP4(P type)の遺伝子型調査が行われており、ヒトから検出されるウイルスの約90%はG1P[8]、G2P[4]、G3P[8]、G4P[8]、G9P[8]の5種類で占められていることが分かっている。しかし、異なる型のウイルスに重複感染することにより、それぞれの遺伝子分節が組み換えられ、新しい遺伝子型構成を持つウイルス(遺伝子再集合体、リアソータント)が出現することがあり、非常に多彩な進化を遂げる可能性を秘めている。従って、VP7とVP4の遺伝子型を調べただけではそのウイルス株の性質を正確に把握することができない。そこで2008年にロタウイルス分類ワーキンググループ(RCWG)により、11本の全遺伝子分節の塩基配列に基づく遺伝子型別法が提唱された。この型別法ではVP7-VP4-VP6-VP1-VP2-VP3-NSP1-NSP2-NSP3-NSP4-NSP5の順に、各遺伝子型をGx-P[x]-Ix-Rx-Cx-Mx-Ax- Nx-Tx-Ex-Hx(xは型別番号)のように羅列表記する。近年、この遺伝子型別法に基づいた全塩基配列解析による分子疫学研究が盛んに行われるようになり、ロタウイルスの地域伝播やヒト-動物間などの種間伝播、リアソータントの形成様式といった、ロタウイルスの生態に関する知見が数多く蓄積され始めている。
ロタウイルスワクチン
近年、わが国においてもロタウイルスワクチンが認可され、任意接種が可能となった。ワクチンにはロタリックス(GSK、2011年11月発売)と、ロタテック(MSD、2012年7月発売)の2種類があり、いずれも経口生ワクチンであるが、その組成は大きく異なっている。ロタリックスは弱毒生ヒトロタウイルス(G1P[8])を使用した単価のワクチンであり、一方のロタテックはウシロタウイルスをベースにしてヒトロタウイルスのVP7(G1~4)およびVP4(P[8])の遺伝子を組み換えた5種のリアソータントを混合した5価ワクチンである。どちらも世界で主に流行している株(上述の5種類)に対しては、ほぼ同等の防御効果があるとされている。
ロタウイルスの疫学調査
これまでわが国ではロタウイルスの分子疫学調査は断片的にしか行われてこなかったため、データの蓄積が乏しい。全国の地方衛生研究所(地衛研)と検疫所からの病原体検出報告によれば、ロタウイルスは年間700~900件前後の報告があるが、その中でVP7の遺伝子型別検査が行われているのは40%前後であり、報告している都道府県の偏りが大きいため、全国的な流行を正確に反映しているとは言い難い状況である(図2)。その限られたデータを見る限りでは、わが国に流行している遺伝子型は諸外国と同様にG1、G2、G3、G9が大部分を占めており、その割合はシーズンによって少しずつ変化している。また、2013年10月からロタウイルス胃腸炎が基幹定点の届出対象になったため、これによって、わが国におけるロタウイルスの流行状況を把握し、ロタウイルスワクチンの効果が評価可能になることが期待される。ただし、この調査には遺伝子型の報告は含まれていないため、野外流行株の変化を監視するためには、より詳細な分子疫学調査が必要である。
わが国においてワクチン接種が開始された直後である2012年以降、厚生労働省のロタウイルス研究班による分子疫学調査や、地衛研における検査結果から、これまでに報告されたことの無い遺伝子型構成(G1-P[8]-I2-R2-C2-M2-A2-N2-T2-E2-H2)を持ったロタウイルスが、全国的に流行していることが明らかとなった。この新しいリアソータントが発生した要因や、感染が拡大した過程については未だ不明であるが、今後も主要流行株の1つとして残り続ける可能性があり、長期的な監視が必要である。また、このリアソータントは従来の検出・検査法(イムノクロマト法やELISA法、multiplex-PCR法など)では区別できないため、VP7、VP4以外の遺伝子型を同時に検査する必要があり、ロタウイルスの疫学調査が一筋縄ではいかないことを示している。
国立感染症研究所ウイルス第二部 藤井克樹 片山和彦