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米国疾病予防管理センター(CDC)の提唱するインフルエンザウイルスのパンデミックリスクアセスメント

(IASR Vol. 36 p. 221-223: 2015年11月号)

1.背景と概要
パンデミックインフルエンザはいまだに大いなる脅威となっており、様々な対策がここ数十年でなされてきた。しかし、2009年に世界中で流行したA(H1N1)インフルエンザや、ヒトで重篤な感染症を引き起こすA(H5N1)やA(H7N9)の鳥インフルエンザなど、近年多くの新しいインフルエンザウイルスが見つかっており、ワクチン等の効果的な対策の導入を困難にしている。そのため、より客観的、体系的、そして分かりやすい、インフルエンザウイルスのパンデミックリスクアセスメント法が求められた。そこで、米国疾病予防管理センター(CDC)によって、専門家の意見を体系的に統合する枠組みとしてInfluenza Risk Assessment Tool (IRAT)が開発された。従来のリスクアセスメントの過程と概要は共通しているが、IRATでは個々のウイルスの評価とその優先順位の設定に焦点を置いている。IRATにより、パンデミックを予測することはできないが、限られたパンデミック対策資源の割り当てに根拠を与えることができる。

2.2つの評価分野
IRATには、ヒト-ヒト感染持続の可能性(emergence)とヒト-ヒト感染が持続した際の公衆衛生へのインパクト(public health impact)という2つの評価分野があり、それぞれについてリスク評価が行われる。

3.10のリスク評価項目
IRATには、ウイルスの特性、宿主の特性、ウイルスの生態系と疫学の3つのカテゴリーがあり、そのうちのいずれかに10のリスク評価項目を組み込んだ()。それぞれの評価項目において、低(1~3点)・中(4~7点)・高(8~10点)リスクという3つの評価基準が定義されており、専門家が個々のウイルスを1~10点で評価する補助となる。

各評価項目は、各評価分野における重要度に応じて順位付けされ、surrogate weighting法で重み付け指数が算出された。10項目の重み付け指数を合計すると1となるように設定されている。

4.最終評価
それぞれの評価項目に詳しい数人の専門家が1~10点の評価を行い、各評価項目の専門家の平均が取られる。その平均に重み付け指数を掛けたのち、10項目の点数が足されて総スコアとなる。

5.リスクアセスメントの不確実性の考慮
従来のリスクアセスメント同様、IRATにおいても不確実性を考慮する必要がある。まず、それぞれの専門家が評価する際に、評価点数とともに評価点数の上限と下限範囲を提示する。さらに、専門家はそれぞれの評価点数とともに信頼点数を提示することでリスクアセスメントに利用した現存するデータに対する信頼性を示す。また、専門家は専門的な観察や経験、主要な引用文献やデータなどの評価根拠を提示する。最後に、各評価項目の重み付けを操作することで、感度分析を行う。これらの不確実性の指標は、最終報告書に組み込まれる。IRATの総スコアは半定量的であり、総スコアという量的な結果から誤解され得る根拠のない正確性に注意すべきである。

6.IRATを用いたA(H3N2)変異型(A(H3N2)v)とA(H7N9)のリスクアセスメント
IRATを用いて、A(H3N2)vとA(H7N9)のリスクアセスメントが行われた。

2011年、米国CDCは米国内でA(H3N2)vというインフルエンザウイルスを探知した。その年に12症例の情報をもとにIRATを用いた暫定的なリスクアセスメントが行われ、総スコアは2つの評価分野ともに5以上であった。しかし、2012年に集団のA(H3N2)vに対する免疫に関するデータが収集され、20~50歳の年齢層の人々が交差性のある抗体を保持していることが判明した。ヒト–ヒト感染も限られていることから、2013年のリスク再評価では、症例数が309に増加していたにもかかわらず、評価点数が減少した。

また、2013年3月に中国でA(H7N9)が発生しており、同年4月にIRATを用いてリスクアセスメントを試みたところ、暫定的な総スコアは5.2であったが、実験動物における感染力に関する情報が欠けていることがわかった。同年5月には、実験動物における感染力に関するデータが出たため、リスク再評価が行われ、その結果、暫定的な総スコアは6.2と上昇した。この再評価では、信頼点数が上昇しており、新しいデータが出るたびにリスクが再評価される必要性が強調される結果となった。

7.総 括
IRATは、現時点ではヒト-ヒト感染持続が認められないインフルエンザウイルスの、ヒト-ヒト感染持続の可能性と公衆衛生へのインパクトの潜在性を各評価項目の専門家が評価するものである。A(H3N2)vとA(H7N9)の評価例で示したように、IRATは情報のギャップや不確実性を捉え、世界的なキャパシティー・ビルディングの方針決定にも使用できる。ただし、IRATは発展途上であり、技術の進歩とともに進化していくものである。このツールが、世界中の関係機関にとって、新しいインフルエンザウイルスの潜在的なリスクに関する知識や認識、そして解釈を広げるのに柔軟で有用と証明されることを期待する。

出典:Trock SC, et al., Emerg Infect Dis, August 2015; Vol.21, No.8: 1372-1378

 

参考文献
  1. Influenza Risk Assessment Tool (IRAT), CDC, 
    http://www.cdc.gov/flu/pandemic-resources/tools/risk-assessment.htm


抄訳担当: 国立感染症研究所感染症疫学センター 新城雄士 有馬雄三

 

 

 

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