国立感染症研究所

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2014/15シーズンのインフルエンザ分離株の解析

(IASR Vol. 36 p. 202-207: 2015年11月号)

1.流行の概要
2014/15インフルエンザシーズンは、2014年第48週には定点当たりの患者報告数が1を超え流行期に突入した。これは前シーズンより3週早い流行入りであった。国内のインフルエンザウイルスの亜型・型の流行は、2012/13シーズン以来A(H3N2)が主流であった。A(H3N2)の報告数は2015年第2週をピークに減少したが、B型は同週から増え始め第12週にピークとなった。またB型は、第12週以降、報告数がA型の報告数を上回った。海外においても、大多数の国でA(H3N2)が流行の主流であったが、一部の国(インド、ネパール、イタリアなど)ではA(H1N1)pdm09が主流であった。

2014/15インフルエンザシーズンの総分離・検出報告数6,156株(A型亜型未同定およびC型は除く)における型/亜型比は、A/H1pdm09が1%(62株)、A/H3が85%(5,228株)、B型が14%(866株)であった。B型はB/山形/16/1988に代表される山形系統とB/ビクトリア/2/1987に代表されるビクトリア系統の混合流行で、その割合は約9:1であった。海外においても山形系統の流行が主流であった国が多かった。

2.各亜型の流行株の遺伝子および抗原性解析
2014/15シーズンに全国の地方衛生研究所(地衛研)で分離されたウイルス株の型・亜型・系統同定は、各地衛研において、国立感染症研究所(感染研)から配布された孵化鶏卵(卵)分離のワクチン株で作製された同定用キット[A/カリフォルニア/7/2009 (H1N1)pdm09、A/ニューヨーク/39/2012 (H3N2)、B/マサチュセッツ/2/2012(山形系統)、B/ブリスベン/60/2008(ビクトリア系統)]を用いた赤血球凝集抑制(HI)試験によって行われた。感染研では、感染症サーベイランスシステム(NESID)経由で情報を収集し、地衛研で分離・同定されたウイルス株総数の約10%を無作為に選択し、分与を受けた。地衛研から分与された株について、HAおよびNA遺伝子の遺伝子系統樹解析およびフェレット感染血清を用いたHIまたは中和試験による詳細な抗原性解析を実施した。

2-1)A(H1N1)pdm09ウイルス
遺伝子系統樹解析:HA遺伝子系統樹上でクレード1~8の8つに区分されており、クレード6はさらにサブクレード6A、6B、6Cに細分される。国内分離株はすべてHA遺伝子系統樹上のサブクレード6B(アミノ酸置換:K163Q, A256T)に属していた(図1)。サブクレード6B内にはさらに複数の集団が形成されたが、これらのウイルスに抗原性の違いはなく、すべてワクチン株A/カリフォルニア/7/2009類似株であった(後述)。

抗原性解析:6種類のフェレット感染血清を用いて、国内および海外(台湾、ラオス、ネパール、インド)で分離された99株(国内24株、海外75株)について抗原性解析を行った。その結果、解析した分離株のほぼすべてが2014/15シーズンワクチン株A/カリフォルニア/7/2009に抗原性が類似していたが、台湾で分離された2株は変異株であった。この2株は、赤血球凝集素(HA)タンパク質の抗原性部位にあたる190番目アミノ酸が従来のセリンからアルギニンへと置換しており、これが抗原変異へ影響したと推察された(図1、下線)。

2-2)A(H3N2)ウイルス
遺伝子系統樹解析:HA遺伝子系統樹のクレード3Cは、サブクレード3C.1(代表株:A/テキサス/50/2012株)、3C.2, 3C.3(代表株:A/ニューヨーク/39/2012株)に分かれる(図2)。さらにサブクレード3C.2は3C.2a(アミノ酸置換:L3I、N144S、F159Y、K160T、N255D、Q311H、D489N)を形成し、3C.3内にはA/スイス/9715293/2013株に代表される3C.3a(A138S、F159S、 N225D)、および3C.3b(E62K、N122D、L157S、M347K)がクレードを形成している。解析した分離株の多くは遺伝子系統樹的にはクレード3C.2aに属していたが、3C.3aおよび3C.3bに属する株も少数ながら検出された(図2)。2015年2月以降に検体採取された国内分離株の92%は3C.2aに属し、8%は3C.3aに属した。また、3C.2aはアミノ酸の変異によってさらに、Q57K群、S114T群、R142K,Q197R群、V347M群に細分化された。2015/16シーズンの流行株がどのように変化するのか注意深く監視する必要がある。

抗原性解析:国内および海外(台湾、モンゴル、ラオス、ネパール、韓国)で分離された366株(国内311株、海外55株)について、8~11種類のフェレット感染血清を用いて抗原性解析を行った。また、最近のA(H3N2)分離株が極めて低い赤血球凝集活性しか示さず、HI試験の実施が困難な場合が多かったことから、本亜型ウイルスについては中和試験法を用いて抗原性解析を実施した。

解析した分離株の7割以上について、2014/15シーズンワクチン株A/ニューヨーク/39/2012(クレード3C.3)との抗原性の乖離が示された。一方で分離株の7割以上が次期(2015/16)シーズンのワクチン株に選定されたA/スイス/9715293/2013(クレード3C.3a)細胞分離株と抗原的に類似していた。しかし、解析した分離株の半数以上は、ワクチン製造用の卵高増殖性株であるA/スイス/9715293/2013(NIB-88)と抗原性が乖離しており、この結果は、本ワクチン製造株が卵馴化による抗原変異の影響を受けているためと考えられた。また、流行の主流を占めたクレード3C.2aに属するA/岐阜/46/2014およびA/兵庫/3054/2014の細胞分離株との抗原性解析では、分離株の7割以上がこれらと類似していることが示された。

2-3)B型ウイルス
遺伝子系統樹解析:
山形系統
:2015年2月以降に検体採取された国内分離株はすべて、HAタンパク質にS150I、N165Y、N202S、S229Dアミノ酸置換を持つクレード3(代表株: B/ウィスコンシン/1/2010株、B/プーケット/3073/2013株)に属した(図3)。R48K、P108A、 T181A、S229Gアミノ酸置換を持つクレード2(代表株:B/マサチュセッツ/2/2012株)に属する株は検出されなかった。また、国内分離株の中から、山形系統とビクトリア系統のリアソータント株(HA: 山形系統、NA: ビクトリア系統)も散発的に検出された。

ビクトリア系統:HAタンパク質にN75K、N165K、 S172Pアミノ酸置換を持つクレード1A(代表株:B/ブリスベン/60/2008株、B/テキサス/2/2013株)にすべて属した(図4)。

抗原性解析:国内および海外(台湾、ラオス、ネパール、モンゴル)から収集した分離株のうち、山形系統の205株(国内151株、海外54株)については8種類のフェレット感染血清を用いて、ビクトリア系統の39株(国内37株、海外2株)については5~8種類のフェレット感染血清を用いて抗原性解析を実施した。その結果、山形系統解析株の99%以上が2014/15シーズンに採用されたワクチン株B/マサチュセッツ/2/2012および2015/16シーズンのワクチン株に選定されたB/プーケット/3073/2013と類似の抗原性を示した。B/プーケット/3073/2013は遺伝子系統樹的にはクレード3に属するウイルスであるが、2014/15シーズンの流行株のほとんどが同じクレード3に属しており、この傾向が今後も続くと予想されたため、B/プーケット/3073/2013がワクチン株として選定された(本号19ページ「平成27年度(2015/16シーズン)インフルエンザワクチン選定経過」を参照)。ビクトリア系統解析株は、すべてが2011/12シーズンのワクチン株B/ブリスベン/60/2008細胞分離株に抗原性が類似していたが、解析した分離株の69%の株が卵分離株とは抗原性が乖離していた。一方、解析株のほぼすべてが2015/16シーズンのワクチン株B/テキサス/2/2013の細胞および卵分離いずれの株とも類似の抗原性を示し、本ワクチン株は卵馴化による抗原変異の影響がB/ブリスベン/60/2008に比べて軽微であることが示された。

3.抗インフルエンザ薬耐性株の検出と性状
季節性インフルエンザに対する抗インフルエンザ薬としては、M2阻害剤アマンタジン(商品名シンメトレル)および4種類のノイラミニダーゼ(NA)阻害剤オセルタミビル(商品名タミフル)、ザナミビル(商品名リレンザ)、ペラミビル(商品名ラピアクタ)、ラニナミビル(商品名イナビル)が承認されている。しかし、M2阻害剤はB型ウイルスに対して無効であり、さらに現在、国内外で流行しているA(H1N1)pdm09ウイルスおよびA(H3N2)ウイルスは、M2阻害剤に対して耐性を示すため、インフルエンザの治療には、主にNA阻害剤が使用されている。日本はNA阻害剤を多用していることから、薬剤耐性株の検出状況を継続的に監視し、国や地方自治体、医療機関および世界保健機関(WHO)に対して迅速に情報提供することは公衆衛生上非常に重要である。そこで感染研では全国の地衛研と共同で、抗インフルエンザ薬耐性株サーベイランスを実施している。

A(H1N1)pdm09ウイルスについては、地衛研においてNA遺伝子解析によるオセルタミビル・ペラミビル耐性変異H275Yの検出を行い、感染研において上記4薬剤に対する感受性試験を実施した。A(H3N2)ウイルスおよびB型ウイルスについては、地衛研から感染研に分与された全分離株について4薬剤に対する感受性試験を行った。

3-1)A(H1N1)pdm09ウイルス
2013/14シーズン初期には、札幌市を中心とする北海道内で、H275Y耐性変異をもつオセルタミビル・ペラミビル耐性A(H1N1)pdm09ウイルスの地域流行があり、2014/15シーズンも引き続き耐性ウイルスの出現が懸念された。しかし、2014/15シーズンには、国内においてA(H1N1)pdm09ウイルスの流行がほとんどなく、分離・検出報告数は62で、2013/14シーズンの報告数3,495と比べて、非常に少なかった。2014/15シーズンには、報告された62件のうち、分離株42株について解析を行った。その結果、すべての株が4薬剤に対して感受性を示し、耐性株は検出されなかった。海外(インド、台湾、ラオス、ネパール)で分離された81株についても、すべての株が4薬剤に対して感受性であった。

3-2)A(H3N2)ウイルス
国内で分離された353株について解析を行った。その結果、NAにR292K耐性変異を持ち、オセルタミビルおよびペラミビルに対して耐性を示し、ザナミビルに対する感受性も低下したウイルスが1株検出された。ウイルスが検出された患者は、オセルタミビルおよびペラミビルによる治療を受けており、薬剤の影響によって患者の体内で耐性ウイルスが選択されたと考えられる。海外(韓国、台湾、モンゴル、ラオス、ネパール)で分離された120株については、すべての解析株が4薬剤に対して感受性を示し、耐性株は検出されなかった。

3-3)B型ウイルス 
国内で分離された288株および海外(台湾、モンゴル、ラオス、ネパール)で分離された69株について解析を行った結果、すべての解析株は4薬剤に対して感受性を示し、耐性株は検出されなかった。

4.2014/15シーズンのワクチン株と流行株の抗原性の一致性の評価
インフルエンザ株サーベイランスはWHO世界インフルエンザ監視・対応システム(Global Influenza Surveillance and Response System:GISRS)によって、地球規模で実施されており、このサーベイランスの結果をもとに流行予測とワクチン株選定が行われている。しかし、卵を用いる現行のワクチン製造には国家検定に要する期間も加えると6カ月以上を要するため、流行予測とワクチン株の選定を前シーズンのインフルエンザの流行終息前に行わなければならず、結果的にワクチン株と流行株の抗原性が一致しない場合もある。このような背景を踏まえて、2014/15シーズンのワクチン株(卵またはMDCK細胞分離株)およびワクチン製造株(卵高増殖性株)と実際の流行株との抗原性の一致状況について、シーズン終了後に得られた総合成績に基づき遡って評価した。

わが国における2014/15シーズン用のインフルエンザワクチン株は、感染研における「インフルエンザワクチン株選定のための検討会議」での検討により、A/カリフォルニア/7/2009 (X-179A) (H1N1)pdm09、A/ニューヨーク/39/2012 (X-233A) (H3N2)、 B/マサチュセッツ/2/2012 (BX-51B)(山形系統)が選定され、厚生労働省健康局長に報告された(IASR 35: 267-269, 2014参照)。その後、2014年5月14日付けで決定され、通知された(IASR 35: 157, 2014)。

A(H1N1)pdm09ウイルス:一部の国を除き、国内外におけるA(H1N1)pdm09ウイルスの流行は小規模であったが、分離された流行株のほとんどが、ワクチン株A/カリフォルニア/7/2009(卵分離株)およびワクチン製造株A/カリフォルニア/7/2009(X-179A)(卵高増殖性株)と抗原性が一致していた。

A(H3N2)ウイルス:2014/15シーズンのH3N2ウイルスは、総分離・検出報告数の85%を占め、流行の主流であった。そのほとんどが、HA遺伝子の遺伝系統的にはワクチン株A/ニューヨーク/39/2012(クレード3C.3に属する)とは異なるクレード3C.2aに属しており、また抗原部位におけるアミノ酸置換を有していた。このため抗原性解析された流行株の多くは、ワクチン株A/ニューヨーク/39/2012(細胞および卵分離株)ならびにワクチン製造株A/ニューヨーク/39/2012 (X-233A)(卵高増殖性株)から抗原性は大きく乖離していた。

B型ウイルス:2014/15シーズンのB型ウイルスの分離・検出報告数の割合は、全体の14%を占め、そのうち山形系統とビクトリア系統の割合は9:1であった。2014/15シーズンのB型ワクチンは山形系統から選定されており、山形系統の流行株はすべてワクチン株B/マサチュセッツ/2/2012(細胞および卵分離株)およびワクチン製造株B/マサチュセッツ/2/2012 (BX-51B)(卵高増殖株)と抗原性が類似していた。

本研究は「厚生労働省発生動向調査に基づくインフルエンザサーベイランス」事業として全国地方衛生研究所との共同研究として行われた。また、ワクチン株選定にあたっては、ワクチン接種前後のヒト血清中の抗体と流行株との反応性の評価のために、新潟大学大学院医歯学総合研究科国際保健学分野・齋藤玲子教授の協力を得た。海外からの情報はWHOインフルエンザ協力センター(米CDC、英フランシスクリック研究所、豪ビクトリア州感染症レファレンスラボラトリー、中国CDC)から提供された。本稿に掲載した成績は全解析成績の中から抜粋したものであり、その他の成績はNESIDの病原体検出情報システムにより毎週地衛研に還元されている。また、本稿は上記研究事業の遂行にあたり、地方衛生研究所全国協議会と感染研との合意事項に基づく情報還元である。

国立感染症研究所
  インフルエンザウイルス研究センター第一室 ・WHOインフルエンザ協力センター?
    中村一哉 岸田典子 藤崎誠一郎 白倉雅之 高下恵美 桑原朋子 
    佐藤 彩 秋元未来 三浦秀佳 小川理恵 菅原裕美 渡邉真治 小田切孝人
地方衛生研究所インフルエンザ株サーベイランスグループ

 

 

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