インフルエンザ脳症の新しい治療法について
(IASR Vol. 40 p101-103:2019年6月号)
インフルエンザ脳症とは
インフルエンザ脳症は, 1990年代半ばより, その存在が報告され, 1997/98シーズンの多発が判明し(推定500例の発症), 高い致命率(約30%), 後遺症率(約25%)から, 解決すべき重要な課題とされてきた1-3)。2005年, インフルエンザ脳症ガイドラインが厚生労働省研究班により示され, 全国的に普及した4)。2009年に改訂版, さらに2018年度「インフルエンザ脳症の診療戦略」として再改訂された5)。現在, 流行状況により変動するが, 年間発症は100~300例, 致命率は7~8%, 後遺症は約15%と改善しつつあるが未だ十分ではない。
1.インフルエンザ脳症の病態
インフルエンザ脳症はいくつかの異なる病型・病態から成り立つ症候群である。①急速な臨床症状の増悪, びまん性脳浮腫, 多臓器障害, 凝固異常を伴う脳症では, 全身および中枢神経内での急激かつ過剰な「炎症性サイトカイン」の産生, 血管内皮障害と広範な臓器のアポトーシスが治療すべき病態の中心にある。②二相性の臨床経過を特徴とする脳症(けいれん重積型)では興奮毒性による神経細胞死が生じており, 「けいれん重積状態」のコントロールが重要である。また, ③先天代謝異常症が顕在化して脳症を起こす場合や④Reye症候群など「代謝異常」を主徴とする病型がある。⑤この他, 予後が良好な, 可逆性脳梁膨大部病変を有する軽症脳炎・脳症(MERS)6)などがある。しかしいずれの病型も, ウイルスが脳内に感染し, 増殖することはなく, これが単純ヘルペス脳炎など神経細胞でウイルスが増殖する「脳炎」と本質的に異なる点であり, 「抗ウイルス薬」に加えて, 「抗炎症」「抗サイトカイン」などを目的とする治療法が必須となる理由である。
2.治療の概略(図)
支持療法:インフルエンザ脳症は, 発症が急激で進行が早い。このため, インフルエンザ脳症と確定診断される前の段階から十分な全身管理(支持療法)を行うことが重要である。系統的全身診察, 全身管理の目標, 中枢神経の管理, 体温の管理, 高次医療施設への搬送などが含まれる。
特異的治療:インフルエンザ脳症の診断が確定, あるいは脳症の疑いと診断された段階では, 特異的治療が考慮される。①抗ウイルス薬には, インフルエンザによる発熱が速やかに解熱し, 病状が改善することを介しての効果が期待される。②メチルプレドニゾロンパルス療法は比較的簡便に施行でき, 早期に施行するほど有効性が期待できるとされている。③ガンマグロブリン大量療法はエビデンスの蓄積は十分ではないが, 従来からインフルエンザ脳症に対して広く施行され, 小児科医が習熟している治療法である。
特殊療法:これまでに提案されたものに加えて, 近年論文などで報告されたものを加えた。これらの治療の有効性や安全性については, 今後の経験を集積して検証する必要がある。
3.集中治療室外での全身管理(支持療法)
全身状態の管理:支持療法をインフルエンザ脳症と確定診断されない段階から積極的に行うことで, 二次性脳損傷を防ぐことが重要である。 PALS 20151に従い実施していく。詳細は「インフルエンザ脳症の診療戦略」を参考にしていただきたい。
中枢神経の管理:けいれんの状態を区別し, それぞれに応じた治療を行うことが推奨される。けいれんを早期に抑制するためには, 原則として経静脈的治療を行うべきである。今回の改訂でけいれん重積型脳症におけるホスフェニトインなど新たな治療法が加わった。
体温の管理:40℃を超える体温は予後不良因子であり, 積極的な解熱を図る。重症例では脳低温・平温療法を考慮する。使用する解熱薬はアセトアミノフェンを用いる。アスピリン, ジクロフェナク, メフェナム酸の使用は禁忌である7)。
4.インフルエンザ脳症の特異的治療抗ウイルス薬
投与方法:4種類のノイラミニダーゼ阻害薬の中でペラミビルは注射薬であり, 意識障害が高度でも使用しやすい。脳症の誘因となる気道局所の感染の拡大を抑制することが期待される。脳症自体に対する効果は証明されていない。
メチルプレドニゾロンパルス療法
投与方法:メチルプレドニゾロン30mg/kg/日を2時間かけて点滴静注する。期待される効果:本剤の中枢神経系への移行は良好で, 中枢神経系内の高サイトカイン状態や高サイトカイン血症の抑制に有効と考えられる。全国調査から, 同パルス療法を施行した患者のうち, 早期(脳症発症1~2日目)に治療を開始した症例で予後が良好であった8)。
ガンマグロブリン大量療法
投与方法:ガンマグロブリン1g/kgをゆっくり点滴静注する。病態からインフルエンザ脳症における高サイトカイン血症に対し有効と考えられる9)。
5.特殊療法
インフルエンザ脳症の治療は, 支持療法と特異的治療が基本である。これらに加え, 現在想定されている本症のメカニズムから有効性を期待できる治療法として, 以下に示す特殊治療法があげられる。これらは支持療法や特異的治療の効果が不十分な場合などで用いることが想定される。しかし, 脳症に対する治療効果についての十分なエビデンスは得られていない。
1:脳低温療法/脳平温療法, 2:血漿交換療法, 3:シクロスポリン療法, 4:アンチトロンビンIII大量療法, 5:フリーラジカル消去薬, 6:NMDA受容体拮抗薬(デキストロメトルファン), 7:ミトコンドリアカクテル, 8:トロンボモジュリン
ミトコンドリアカクテル10)
上記の特殊療法の中で最近注目されているミトコンドリアカクテル療法について簡単に述べる。
ビタミンB1, ビタミンC, ビオチン, ビタミンE, コエンザイムQ10, L-カルニチンを経口投与するが, 薬剤によっては経静脈的投与も可能である。少なくとも症状が安定するまで継続する。インフルエンザ脳症に伴うミトコンドリア機能異常を改善することにより, 脳障害を軽減することが期待される。
6.今後の課題
予後が改善したとはいえ, 現在でも高い致命率と重い後遺症を残す疾患である。今後の課題として, 特殊療法などの検討を続け, さらに良好な予後を目指すことが必要である。また, 近年, 成人のインフルエンザ脳症報告例が増加し, 小児と成人で病像も異なることが明らかになり, 今後 「成人のインフルエンザ脳症」 の治療法の検討が重要と思われる。今回の改訂 「インフルエンザ脳症の診療戦略」 については愛知医科大学奥村彰久先生を中心にした策定委員会のメンバー, 関連学会, 日本医療研究開発機構 (AMED) 「新型インフルエンザ等への対応に関する研究」 研究分担者などの協力によるものであり, 改めて深謝申し上げたい。
参考文献
- Morishima T, et al., Clin Infect Dis 35: 512-517, 2002
- 厚生労働省インフルエンザ脳症研究班, インフルエンザの臨床経過中に発生する脳炎・脳症の疫学及び病態に関する研究, 平成15年度報告書
- 厚生労働省インフルエンザ脳症研究班, インフルエンザ脳症の発症因子の解明と治療及び予防方法の確立に関する研究, 平成16年度総合研究報告書
- 厚生労働省インフルエンザ脳症研究班, インフルエンザ脳症ガイドライン, 2005
- インフルエンザ脳症の診療戦略:
http://www.aichi-med-u.ac.jp/Pediatric_Lab/img/file5.pdf - Takanashi J, et al., J Neurol Sci 292: 24-27, 2010
- Nagao T, et al., Pediatr Infect Dis J 27: 384-389, 2008
- 小林慈典ら, 日児誌 111: 659-665, 2007
- Ichiyama T, et al., Cytokine 27: 31-37, 2004
- Omata T, et al., J Neurol Sci 360: 57-60, 2016