国立感染症研究所

logo40

静岡県で開催されたトライアスロン参加後に感染したと推定されたレプトスピラ症の1例

(IASR Vol. 35 p. 16 : 2014年1月号)

 

背 景
1970年代初めまでは年間50例以上の死亡例が報告されていたが、近年の著しい患者数の減少から、多くの医療関係者にとってレプトスピラ症は過去の病気、あるいは輸入感染症の鑑別疾患と認識されることが多くなっている1)

過去の報告からは、農作業(高原での作業を含む)、河川でのレジャーや労働での感染が有名であり、またマレーシア・ボルネオ島で開催された冒険レースEco-Challenge-Sabah 2000の参加者におけるレプトスピラ症の集団発生にて、その感染リスクが広く知らされたことは記憶に新しい2)。しかしながら、発症例が多いことで有名な沖縄県は例外であるが、一般的には日本国内開催のトライアスロンが感染リスクとは考えられていないと思われる。今回我々は、静岡県天竜川支流にて開催されたトライアスロンのコースであった河川が感染源と推定されたトライアスロン参加後に発症したレプトスピラ症の1例を経験した。そのため、疫学的な有益性があると考え、ここに報告する。

症 例 
42歳日本人男性。2013年10月4日起床時から体熱感があったが出勤した。しかし、その日の午後には悪寒と体熱感が増強し、頸部リンパ節にも痛みが出るようになった。そのためロキソプロフェンを内服したが、解熱を得ることはできなかった。何とか勤務を終え自宅に戻ったが、この頃には、体中に痛みを感じるようになり、頭痛にも悩まされるようになっていた。自宅で検温したところ40.2℃であり、経口摂取もできなくなっていたために、夜間救急外来を受診した。インフルエンザ迅速検査が施行され、結果は陰性であり、アセトアミノフェンの処方がなされ帰宅安静加療となった。10月5日には、心窩部痛も始まり経口摂取はさらに困難となった。10月6日まで何とか自宅での安静加療を継続するも症状に改善の兆しがなかったため、10月7日当院を受診した。受診時には、悪寒、頭痛、心窩部痛、多関節痛、筋肉痛に加え、嘔気も出現していた。診察では、頸部は柔らかであり、頸部リンパ節は軽度触知するも圧痛なし。眼球結膜は充血し、心窩部に軽度圧痛を認めた。ケルニッヒ兆候認めず、皮膚には淡い紅斑と左右下肢に毛嚢炎を認めた。インフルエンザ迅速検査陰性であり、血液検査結果では、血小板11万/μLと軽度低下し、eGFR 51.1(mL/min/1.73m2)と低下し、血小板低下と急性腎不全を認めた。髄膜炎も鑑別にあがったため、髄液検査を行ったが、細胞数増加、蛋白増加、糖低下も認めなかった。

その他、咽頭痛なし。鼻汁なし。咳、くしゃみなし。下痢なし。銭湯や温泉にも行っていなかった。動物曝露歴は、自宅で飼っているイヌのみであるが、元気であり濃厚接触もしていなかった。職業は事務職であり、職場での体調不良者もいなかった。家族は妻、14歳の長女、11歳の次女の4人暮らしで、皆元気であった。特徴的な追加病歴として、2013年9月16日に発生していた台風18号が通過した後の9月23日、非常に濁っていた河川がコースとなっていたトライアスロンレースに参加をしていた。

レプトスピラ症の好発時期である9月に、レプトスピラ保有がネズミにて確認されていた静岡県3)の台風後でひどく濁っていた河川でのトライアスロン参加12日後の発熱、頭痛、眼球結膜充血、心窩部痛、全身の関節、筋肉痛の病歴とインフルエンザ迅速検査陰性、髄液所見異常なし、尿中レジオネラ抗原陰性、血小板低下、急性腎不全の検査所見からレプトスピラ症疑いの診断となり、同日入院加療となった。また、確定診断目的に国立感染症研究所細菌第一部へ、入院時採取した尿検体、髄液でのレプトスピラPCR検査を依頼した。

入院後はミノマイシンの静脈内投与が開始され、経口摂取もできるようになったため、その後はドキシサイクリンの内服へ変更となり、経過良好にて2013年10月11日退院となった。退院後に国立感染症研究所から結果報告がなされ、尿中レプトスピラPCR陽性、髄液PCR陰性であった。また11月15日退院後外来で採取した血清では、国内で報告のあるレプトスピラ15血清型生菌を用いた顕微鏡下凝集試験を行い、血清型Australisに対して5,120倍の凝集価が認められ、血清学診断としてもレプトスピラ症の診断となった。

考 察
レプトスピラ症の症状は非特異的であり、症状からの鑑別は多岐に及ぶ。日本国内でのレプトスピラ症発症例の多くは8~10月に集中している。また、台風の後での発症例の報告もあることから4)、8~10月の上気道症状を伴わないインフルエンザ様症状の患者の診察においては、淡水曝露歴有無の問診をとる習慣をつけておくことが、診断に重要と考えられた。

結 語
日本国内での8~10月開催の淡水をコースとしたトライアスロン参加が、レプトスピラ症の感染源となりうる可能性のあることを示唆する1症例を経験した。

 

参考文献
1) IASR 29: 1-2, 2008
2) MMWR 50(2): 21-24, 2001
3) IASR 29: 5-7, 2008
4) IASR 32: 368-369, 2011

 

浜松医療センター感染症内科 
  田島靖久 島谷倫次 髙宮みさき 矢野邦夫    
浜松市保健所保健予防課 長山ひかる

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

Top Desktop version