国立感染症研究所

九州北部豪雨

 

アセスメントに基づく注意すべき感染症(2012年7月19日現在)

7月19日現在の被災地における感染症リスクアセスメントに基づく注意すべき感染症は以下の通りです(計7症候群・疾患)。

急性胃腸炎

予防に必要なもの:
清潔な飲料水、手洗いの水、速乾性アルコール製剤、トイレ、
おむつ、ティッシュペーパー

洪水による被災地の生活では、食品の保冷や衛生状態の管理が十分に出来ないことから、急性胃腸炎はとくに注意すべき感染症の一つです。急性胃腸炎には細菌性とウイルス性があり、この季節に多いのはいわゆる食中毒の原因となる 細菌性の急性胃腸炎です。主な症状は腹痛、下痢、嘔吐で、血便や発熱をともなうこともあります。感染経路は主に経口感染で、腸管出血性大腸菌やカンピロバクターなど少量感染で発症するものもあります。感染した患者から排泄されたごく少量の便が原因で2次感染が起こることもあります。細菌性の胃腸炎の場合には、脱水予防と下痢に対する対症療法が基本となりますが、菌の種類と状況によっては抗菌薬の投与が検討される場合もあります。ウイルス性の急性下痢症の場合は特別な治療法はなく、水分をこまめに少量ずつ補給することが大切です。脱水がひどい場合、その他、重症度に応じて入院加療が必要となることがあります。一般的に、排泄物(おむつなどを含む)・吐物の適切な処理、手洗い、汚染された衣類の消毒などの取り扱いには注意すべきです。被災地・避難所では困難なことが予想されますが、出来るだけ、食事の準備や食前、排便の後、また、おむつ交換後や排泄処理後には十分な手洗いを行うようにしましょう。

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レプトスピラ症

レプトスピラ症は、ネズミなどの保有動物の尿中に排出された病原性レプトスピラに汚染された環境(水や土壌)との接触によっておこります(経皮・粘膜感染)。またネズミ尿に汚染された飲食物を摂食することで感染することもありますが、人から人への感染はまれです。海外では大雨とそれに続く洪水の後に、大規模なレプトスピラ症の発生が起きていますが(インド、フィリピン、ブラジル、ニカラグア、ペルーなど)、国内でも2004年に愛媛県、2005年に宮崎県、2011年に高知県および三重県で、台風とそれに伴う洪水の後にレプトスピラ症患者が発生しています。高知県では大雨のあとに電柱建替え作業従事者3名が発症し、三重県でも台風による大雨後に農地で作業をした男性がレプトスピラ症に感染しました。また、宮崎県では、2005年に続き2006年には8名の患者が発生しました。調査の結果、レプトスピラ症の発生リスクは、特定の地域に限局せず、県全域にわたることが示唆されました。大雨や洪水などの災害時は、レプトスピラ症の発生も考慮に入れる必要があります。レプトスピラ症は、インフルエンザ様の軽症型が多いとされていますが、その症状は不顕性~劇症・致死的なものまで様々で、黄疸や腎不全を伴う重症型もおこります。レプトスピラ症は、特に軽症型の場合は臨床症状から診断するのは難しく、特別な実験室診断が必要になります。治療にはペニシリンGやドキシサイクリンなどの抗菌薬が用いられますが、ペニシリンを用いた場合はJarisch‐Herxheimer 反応(抗菌薬投与後 に起こる、破壊された菌体成分によるとみられる発熱、低血圧を主症状とするショック)がみられることがあるので、静注投与を受けた患者の観察が必要です。 感染予防には、汚染された環境との接触を減らすことが重要です。作業等により環境水や土壌と接触する機会がある場合には、必ず手袋やゴム長靴を着用するようにしましょう。またネズミの増殖を防ぐためにも、避難所や被災地のゴ ミの回収、適切な処理も必要となってくるでしょう。

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日本脳炎

被災地の住民の抗体保有状況と、洪水によるコガタアカイエカの生活環・生態系への影響に大きく左右されるので、現時点では正確な評価は不可能です。 九州地方では、7月中旬から、日本脳炎ウイルスの増幅動物であるブタにおいて、日本脳炎HI抗体陽性率が上昇し始め、8月には多くの県で80%を超えます1)。また、ヒトの日本脳炎の報告症例は、8~9月に最も多く、感染地は九州地方が多いです2)、3)。予防のためには、確実な日本脳炎ワクチンの接種、蚊の発生しやすい環境の有無や蚊の大量発生の有無の注視などが重要です。また医師は、夏から秋に発症した中枢神経症状をともなう疾患では、鑑別診断として日本脳炎も念頭におく必要があります。

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急性呼吸器感染症

予防に必要なもの:
手洗いの水、速乾性アルコール製剤、マスク、咳エチケット

避難所などにおいて過密状態にある人は、飛沫感染・手指を介する接触感染などによって伝播する急性呼吸器感染症に罹患するリスクがより高く、適切な診断と治療が必要です。急性呼吸器感>染症とは急性の上気道炎(鼻炎、副鼻腔炎、中耳炎、咽頭炎、喉頭炎)あるいは下気道炎(気管支炎、細気管支炎、肺炎)を指し、多彩な病原体による症候群の総称です。小児の肺炎ではウイルス性が多く、インフルエンザウイルス、 RSウイルス、パラインフルエンザウイルス、ヒトメタニューモウイルスなどによるものが知られています。細菌においては肺炎球菌やインフルエンザ菌が一般的です。マイコプラズマ肺炎や結核などで、集団発生として発見される場合があります。軽症の場合、補液や(細菌性であれば)経口の適切な抗菌薬投与によっても治療可能ですが、重症者、重症化の兆候あるいはリスクが高い場合(高齢者等)には入院加療が必要なこともあります。咳エチケットは予防に有効であり推奨されます。急性呼吸器感染症全てに対応するワクチンはありません。

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結核

予防に必要なもの:
咳エチケット、治療中の結核患者における服薬の継続、慢性咳嗽時の適切な診断治療

九州地方の人口10万対の結核罹患率(2010年)は13.4(宮崎県)〜23.3(長崎県)であり、全国の罹患率(18.2)よりもやや高い県が多くなっています。結核は空気感染する感染症ですから、避> 難所など多数の人が集団で長時間過ごす場合に、(喀痰塗抹陽性の)結核患者が発生すれば集団感染を起こすおそれのある感染症として忘れてはいけないものの一つですが、短期間に避難所で大流行を来す疾患ではありません。また、 災害との関係では、自然災害発生後に結核が急増したという記録はありません。避難所における結核発症疑いへの対応については、結核研究所から東日本大震災の後に文書が発表されていますので、そちらを参考にしてください。呼吸器症状のある場合は咳エチケットをおこなうことが大切です。咳が2週間以上続く場合は結核も疑う必要があります。服薬治療中の結核患者においては、確実な服薬治療の継続が大切です。

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破傷風

予防に必要なもの:
三種混合ワクチン(DPT)、二種混合ワクチン(DT)等の定期予防接種、適切な創傷治療

破傷風は、土壌中に広く常在する破傷風菌(Clostridium tetani)が産生する毒素のひとつである神経毒素(破傷風毒素)により強直性痙攣をひき起こす感染症です。潜伏期間(3~21日)の後に局所(痙笑、開口障害、嚥下困難など)から始まり、全身に移行し、重篤患者では呼吸筋の麻痺により窒息死することがあります。2011年の東日本大震災の際には、10例の破傷風症例の届出があり、すべて震災当日に受傷した被災者でした(年齢中央値67歳;範囲:56~82歳)。破傷風は、発災直後の受傷によることが多く、発災後3週以内に発生しやすいですが、瓦礫処理作業などにより創傷を負った方に対しても考慮すべき疾患です。ワクチン(破傷風トキソイド)は受傷者に対して接種され、必要に応じ破傷風特異的免疫グロブリンがワクチンと共に投与されるべきです。予防策としてはワクチンが有効ですが、避難所などで予防として集団的に接種することは通常ありません。

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レジオネラ症

レジオネラ症には、肺炎を起こす場合と、一過性の発熱で回復する場合があります。通常は菌を含んだエアロゾル(数μmの水の粒)を吸引することにより発症しますが、溺水した場合にも発症することがあるので、被災後に肺炎になった場合にはレジオネラ症も疑う必要があります。レジオネラ症は湿度と温度の高い7月に多く報告されます。レジオネラ肺炎の潜伏期間が2-10日なので、この期間は注意する必要があります。レジオネラはヒトからヒトへ感染しないので、避難所内でインフルエンザのように流行することはありません。避難生活で体力が低下してくると日和見感染であるレジオネラ症の発生リスクが高まります。被災後の予防対策として、やむを得ず消毒していない環境水を使用する場合は、エアロゾルの生じるシャワー等には利用しないようにしましょう。必要がなければ災害対策上の放水等には近づかないようにしましょう。土壌や腐葉土からの感染予防、エアロゾルの発生する作業時には、マスクの着用が予防に有効です。

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