国立感染症研究所

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高知市内の急性期病院で発生した無莢膜型インフルエンザ菌による急性呼吸器感染症の集団感染事例

(IASR Vol. 37 p. 113-115: 2016年6月号)

はじめに

無莢膜型インフルエンザ菌(non-typable Haemophilus influenzae: NTHi)は成人の下気道感染の原因として重要であるが, 施設内での集団感染は比較的まれである1,2)。これまで集団感染時にみられる症例の臨床像と感染リスク因子については十分に解明されていない。

今回, 高知市にある急性期病院の単一病棟内で発生したNTHiによる急性呼吸器感染症の集団感染事例の臨床微生物学的調査を行ったので報告する。

事例概要

2015年7月第1週に, A病棟に勤務する看護師4人から, 発熱と上気道炎症状の報告があった。感染対策看護師が行った聞き取り調査の結果, A病棟に誤嚥性肺炎の診断で入院していた90代患者が, 治療経過中の6月末に新たに発熱, 喀痰, 低酸素血症を呈し, インフルエンザ菌性肺炎(血液培養は陰性)と診断されていたことが判明した。また, 同室に入院している患者4人, およびA病棟に勤務する別の看護師4人にも, 同様の症状が確認された。入院患者4人と看護師4人から鼻咽頭ぬぐい液を採取し, 培養を行ったところ, 7人の検体からインフルエンザ菌が同定された。直ちに高知市保健所へ報告し, 調査と感染対策を開始した。

調査の方法

7月第1週から1カ月間, A病棟の入院患者, 病棟看護師, 同病棟に担当患者がいる医師, 理学療法士, 言語療法士, 社会福祉士, および事務職員を対象として, 症状(発熱および呼吸器症状)のモニタリングと, 有症状者から喀痰と鼻咽頭ぬぐい液, 無症状者から鼻咽頭ぬぐい液の収集を行った。検体は, 院内の細菌検査室で細菌培養と薬剤感受性試験を行い, 国立感染症研究所で同定菌の血清型同定とパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)を行った。また, 長崎大学熱帯医学研究所でマルチプレックスPCR法を用いて, 3種類の細菌(肺炎球菌, インフルエンザ菌, モラクセラ・カタラーリス)と13種類の呼吸器ウイルス遺伝子の同定を行った。

症例定義は, 検体から細菌培養あるいはPCRでインフルエンザ菌が同定されたものを, インフルエンザ菌感染例とし, このうち有症状者を呼吸器感染症例, 無症状者を保菌例とした。

結 果

対象期間中に77人からサンプルを収集し, 細菌培養で15人(19%), P6蛋白遺伝子を検出するPCRで33人(43%), 合計37人(48%)からインフルエンザ菌が同定された。同定菌の感受性検査の結果はβ-ラクタマーゼ非産生アンピシリン耐性(BLNAR)で, 血清学的に無莢膜型であった。PFGEでは, 分離同定された13菌株はすべて同一のDNAパターンを呈し, クローナルな院内伝播が示唆された。77人中24人(31%)から呼吸器ウイルスが検出され, 最も多いウイルスはライノウイルス (n=18, 23%), 次いでインフルエンザウイルス(n=13, 17%)であった。

NTHiが同定された37人のうち, 急性呼吸器感染症状を呈したものは18人(49%)であった。この18人中3人(17%)は呼吸器ウイルス陽性であった(ライノウイルス, アデノウイルス, ヒトメタニューモウイルス, それぞれ1人)。18人の発症者において最も多く認められた症状は, 咳嗽(15人, 83%), 咽頭痛(13人, 72%)であった。3人(17%)が肺炎を発症したが, 侵襲性感染症例や死亡例はなかった。発症日別の症例数をみると, 初発例である入院患者が発症後, 2~4日後に看護師を中心に症例の集積を認め, その後, 入院患者で散発的に症例が発生していた()。

全77人を対象に, NTHiの感染(保菌と発症を含む)リスクを検証したところ, 性別, 年齢, 背景疾患, 呼吸器ウイルス感染との関係は認めず, 病棟看護師との強い関係を認めた(医師を対照としたときのオッズ比: 9.7, 95%信頼区間:1.1-88.7)。

集団感染の検知後, 市保健所と連携し, 感染対策チームによる介入を開始した。全職員を対象にマスクの着用, 手指衛生の徹底を周知し, 飛沫感染・接触感染予防策を行った。また, 当該病棟への入院制限, 面会制限を行った。症状の有無にかかわらず, 培養でインフルエンザ菌が同定されたものに対しては抗菌薬を投与し, 鼻腔保菌の陰性化を確認した。7月第3週以降, 新規発症者の発生はなかった。

考 察

インフルエンザ菌は, 小児の上気道に高頻度に保菌されており, 特に血清型b型(Hib)は菌血症や髄膜炎を含む侵襲性感染症の原因となる。成人の上気道にも1~10%にNTHiが保菌されており, 慢性閉塞性肺疾患患者の増悪や高齢者肺炎の原因となる1-3)。しかし, NTHiが健康成人の上気道炎の原因となりうることはあまり知られていない。今回の集団感染事例では, NTHi性呼吸器感染症例のうち80%以上が, 肺炎以外の上気道炎症例であった。またNTHiの保菌と発症に, 背景疾患と呼吸器ウイルスは関係していなかった。これらの結果は, 健康成人においてNTHiは, 先行感染を伴わない上気道炎の原因として稀ではない可能性を示唆している。

今回, 集団感染を検知後, 直ちに飛沫感染・接触感染予防策を行うことにより, 他病棟への感染拡大を防止することができた。感染者に対して抗菌薬の投与を行ったが, その感染制御における意義は確立されておらず, 今後の検討課題である2)

本邦を含む多くの先進国では, Hibワクチンの導入により, 小児でのHib感染症は大幅に減少している。一方で, NTHiは, 高齢者肺炎の原因菌として肺炎球菌と並んで最も多く4), 侵襲性感染症の原因ともなる5)。人口の高齢化により, 今後, NTHi感染症の疾病負荷が増大することが予想される。今回の集団発生事例は, 院内や高齢者施設内で, 医療・介護スタッフを介して本菌の感染が拡大する可能性があることを示唆している。有効な感染予防策の確立が急務である。

 

参考文献
  1. Agrawal A, et al., J Clin Microbiol 49(11): 3728-3732, 2011
  2. Van Dort M, et al., J Hosp Infect 66(1): 59-64, 2007
  3. IASR 34: 193-194, 2013
  4. Morimoto K, et al., PLoS One 10(3): e0122247, 2015
  5. IASR 35: 232-233, 2014

社会医療法人近森会 近森病院
 石田正之 柳井さや佳 吉永詩織 佐々木美樹 近森幹子 北村龍彦
長崎大学熱帯医学研究所臨床感染症学分野
 鈴木 基 白水里奈 内堀京子 森本浩之輔
国立感染症研究所細菌第一部
 常 彬 大西 真
国立感染症研究所感染症疫学センター
 大石和徳

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