(IDWR 2006年第26号)
ヒトに寄生するシラミには、頭部に寄生するアタマジラミ(Pediculus capitis)、衣類に寄生するコロモジラミ(P. humanus)、主として陰毛に寄生するケジラミ(Pthirus pubis)の3種がある。シラミの種類と感染集団は特異性があり、アタマジラミ症は12才以下の児童、コロモジラミ症は衣類の取替えなど保清行動が不自由な集団、ケジラミ症は性行動が活発な年齢層を中心に発生が見られる。
疫 学
[アタマジラミ症]
アタマジラミの寄生は世界的にも子供に多い傾向が認められ、同一国内で人種による寄生率に差は認められていない。しかし頭髪の長さや性別に関係があり、同 年齢の男児と女児の寄生率を比較した場合、明らかに長髪の女児にアタマジラミの寄生率が高い傾向がみられる。全体的にアタマジラミの寄生率には国、地方、 幼稚園、小学校などの調査施設で大きく異なっているが、先進諸国、開発途上国を問わず、子供達のアタマジラミ寄生率は高く、世界中にアタマジラミが蔓延し ている状況が理解できる。子供達の頭を洗う習慣と頻度は、気候的また文化的な背景が強く関係しており、一概に経済状態が反映しているとは言い難い。
わが国では、1971年のDDT、BHC等の有機塩素系殺虫剤の使用禁止に伴い、我が国で使用可能な薬剤が一時期無くなり、学童や園児にアタマジラミ症の 集団発生が見られるようになった。1982年度でアタマジラミ症報告件数は約2,300件、罹患者数約24,000人のピークが認められた。しかし同年、 ピレスロイド系殺虫剤(スミスリンパウダー)がアタマジラミ駆除薬として発売されてから、暫時罹患者数は減少し、1987年度には約200件、1,900 人にまで減少した。1990年代になると再び増加傾向を示し、1992年度には約7,500人からなる小ピークが認められ、その後、約5,000〜 6,000人の状態が続き、1994年度以降アタマジラミ症発生件数は増加傾向を示している。
[コロモジラミ症]
コロモジラミは衣服を着替えたり、入浴する習慣が無い山岳地方に生活する人々、民族紛争や大規模な自然災害に遭遇して難民生活を余儀なくされている人々、 囚人、ホームレスなど、下着や衣服を取り替えることが困難な生活を強いられている人々に高率に寄生が認められる。先進諸国ではコロモジラミの患者数はアタ マジラミの患者数と比べて非常に少ないが、路上生活者やアルコール・薬物依存者などの特定集団に再興が認められている。例えばチェコスロバキアでは、 1945年以来発生が認められなかったコロモジラミが1991年に見つかった。オランダでも1993〜1994年にかけてホームレスのための診療所で、 31人からコロモジラミが見つかっている。
我が国におけるコロモジラミ症は、第二次世界大戦以前においては珍しいものではなかった。実際コロモジラミが媒介する発しんチフスは、大正7年に 7,000名を超す大きな流行があった。その後、昭和18年以降1,000名を超す流行が続き、終戦の翌年(昭和21年)には3万人を超す流行が全国的に 起こっている。これは、戦後の混乱でコロモジラミ症が蔓延していたことを意味している。その後戦後復興が進み、発しんチフス対策としてDDT等が広範に使 用されてから、非常に速やかに発しんチフス患者数は減少し、昭和26年には10人以下にまで減少し、昭和28年からは患者がほとんど発生していない。しか しコロモジラミ症の患者は1992年から増加し始め、1997〜1999年においては25〜42名と明らかに報告件数が増加している。
最近わが国で行われたある自治体の調査において、ホームレスの人々に結核健診に加えてコロモジラミ症を検査したが、平均約6%のホームレ スにコロモジラミの寄生が認められ、ある被検者の衣服から1,000匹以上の虫体が分離された。この調査を受けたホームレス集団は衛生状態が比較的良い者 に偏っていたため、全体のホームレスにおけるコロモジラミ罹患率はより高率になる可能性がある。また例数は少ないが、独居老人からのコロモジラミ寄生例も 報告されており、高齢化社会における老人福祉の現状に問題を投げかけている。
病原体
アタマジラミは成虫の体長が3〜4 mm程(雌で2〜3 mm、雄で2 mm程度)で、全体は灰白色を呈し、血液が消化管内にある場合は、その部分が黒っぽく見える。口器は吸血しやすい構造になっており、幼虫から成虫までヒト から吸血する。3対の脚末端には発達した爪が各1本ある。ノミ類のように跳んだり跳ねたりしない。
産卵数は1日当たり約3〜4個で、1カ月に100個ほど産卵する。卵は約1週間で孵化し、吸血を繰り返して3回脱皮後、約2週間で成虫になる。1〜2匹の アタマジラミ幼虫や成虫に寄生された場合、産卵を繰り返して徐々に幼虫の数が増加し、それらが成虫になって交尾し、さらに産卵を繰り返す。このように、あ る程度の数になるまでに1カ月ほどかかると予想される。
コロモジラミはアタマジラミより一回り大きいが、形態では両者を区別できない。コロモジラミは数時間ごとに吸血を繰り返しているが、吸血時以外は下着等に付着して生活している。ケジラミの体長は1〜2 mm程で、形態的に前2種と明らかに異なる。
臨床症状
シラミ症の主要症状は皮膚の激しい掻痒感である。1〜2匹の幼虫または成虫が寄生し始めた段階では、ほとんど掻痒感を伴わないが、3〜4週間経過して個体 数が増加する頃に激しい痒みに襲われる。これは、シラミが吸血時に注入する微量な唾液に対して産生されたIgE抗体が関係していると考えられている。かゆ みは吸血された皮膚周囲に限局するが、関連症状としてイライラ感や不眠を生じ、精神的な負担を引き起こす。
あまりの痒さに皮膚を掻破し、その傷から細菌(ブドウ球菌など)の二次感染が生じると、発熱、疼痛などを訴えることもある。
病原診断
シラミ類は虫卵・幼虫を含めて十分に肉眼で確認できる大きさである。
[アタマジラミ症]
髪毛に付着している白っぽい固まりを2〜3倍程度の虫眼鏡で観察する。なお、頭髪上のシラミ卵とふけ、ヘアスプレーが乾いたもの、毛嚢からの皮脂などの付着物との鑑別は、構造を観察することによって容易にできる。
[コロモジラミ症]
コロモジラミは人体ではなく、患者が着衣している衣類の襟首や袖口などの縫い目や折目に潜んでおり、このような部分を中心に寄生の有無を確認する必要がある。
[ケジラミ症]
ケジラミはアタマジラミより小型で、カニに似た形をしているので同定がしやすい。ケジラミは陰毛、腋毛、睫毛へも寄生することがある。
治療・予防
シラミ症はかゆみを起こす他の皮膚疾患との鑑別が重要であり、まず、いつからどのような状況でかゆみが生 じるようになったか、詳しく話を聞くことが重要である(鑑別疾患としては疥癬、接触性皮膚炎、アトピー性皮膚炎、乾癬、蕁麻疹、薬疹など)。また、駆除し たのにいつまでも取り付かれていると訴える寄生虫妄想症などにも注意する必要がある。
シラミ症は特定集団内での感染反復が起こりうるので、患者が発生した場合は接触者等の疫学調査を行い、感染拡大を防止する。
[アタマジラミ症]
アタマジラミの感染経路としては直接的な頭部の接触が主な要因であるが、集団生活の場や家族内で寝具、タオル、帽子、ロッカー等を共用することによっても 感染する。タオル、櫛やブラシ等の共用をさけ、罹患者の着衣、シーツ、枕カバー、帽子等は温水(55℃以上)で10分間ほど処理する。さらに、親が子供た ちの頭髪を丁寧に調べること(グルーミング)でシラミの成虫や卵の早期発見が可能であり、確実な駆除が期待される。集団内でアタマジラミ罹患者が発見され た場合、駆除対策を一斉に実施することが大切である。
アタマジラミの駆除のために、シラミ駆除専用パウダー剤及びシャンプー剤が市販され、広く使用されているが、諸外国ではアタマジラミ駆除 用薬剤に対する抵抗性の発達が大きな問題となっている。処方通りに駆除剤を処理しても、なお生きたシラミが見つかる場合には、殺虫剤抵抗性の発達の可能性 が考えられるので、細かな櫛などで物理的にシラミを駆除する方法に切り替えるべきである。
[コロモジラミ症]
コロモジラミの感染経路は、シラミが付着した衣類等を共有することによる。卵、幼虫および成虫が付着した下着、衣服は全て本人の了解のもとに破棄させる。 必要によってはオートクレーブで処理後、一般ゴミとして捨てる。患者はシャワー等で全身の汚れを洗い流し、シラミの寄生していない衣類に着替えさせる。
[ケジラミ症]
ケジラミの感染経路は性行為等、直接接触が主である。患者の剃毛による虫体及び虫卵の駆除を行う。他の性行為感染症(クラミジア、トリコモナス、梅毒な ど)を合併していることもあるので、合わせて精査、加療を行う必要がある。また、セクシャルパートナーとのピンポン感染を防ぐため、同時に治療を行うよう 指導する。
シラミ媒介性疾患
コロモジラミは発しんチフス、回帰熱(ともに四類感染症)、塹壕熱の病原体を媒介する。最近、 発しんチフスおよび回帰熱はアフリカ諸国を中心に断続的に大流行し、塹壕熱は先進国のホームレスやアルコール・薬物依存患者の間で確認され始めている。
[発しんチフス]
ブルンジでは1995年にNgoziの刑務所で、コロモジラミの蔓延と同時に原因不明の高熱患者 が発生した。患者の血液と採集されたコロモジラミから、発しんチフスの病原体であるRickettsia prowazekiiが検出された。この流行後、1996年には3,500名の患者が、また、1997年の1〜5月に かけては約24,000名の患者がブルンジ国内で発生した。患者から採取された血液の87%およ びコロモジラミの25%から、病原体が検出されている。発しんチフスに関する最近の事例を以下 に紹介する。
(事例1)ブルンジの刑務所で収監者の健康管理の仕事に2カ月間従事した国際赤十字の看護 師が、スイスに帰国後、高熱、悪寒、筋肉痛を主訴として入院した。旅行歴、症状などからウイ ルス性出血熱と腸チフスが疑われ、発しんチフスに対する適切な治療は行われなかった。患者 は発症後9日目に、発しんチフスによるショックと多臓器不全で死亡した。このケースは、劣悪な 衛生環境で仕事に従事している医療関係者が、コロモジラミ媒介性疾患に感染するリスクが高 いことを示しており、国際的な感染症対策の現状に問題を投げかけた。
(事例2)1997年ロシアのLipetsk市では、精神病院勤務の看護師が高熱、全身性の斑状・丘 疹状の発疹、精神錯乱状態で病院を受診し、発しんチフスと診断された。患者の衣服にコロ モジラミの寄生が認められ、精神病院の入院患者23名および病院スタッフ6名にも同様の症状が 認められた。当時、同市の暖房供給システムは停止状態で、夜間は-10℃まで室温が下がり、看 護師は衣服を取り替えていなかった。ロシアでの政治体制の変革に伴う経済・社会状況の変化 は、疾病構造を明らかに変化させ、ロシア国内で20年間見られなかった発しんチフスが再興し ている。
[回帰熱]
1991年に南西エチオピアではBorrelia recurrentis による回帰熱の流行が起こり、この地域の 人口の2/3にコロモジラミの寄生が見られ、全家庭の15%に回帰熱の流行が認められた。エチ オピアでは回帰熱が断続的に流行しており、毎年1万人ほどの患者が発生していると推定され ている。また、1998〜1999年にかけて、スーダンで回帰熱の流行が起こっており、数百人以上 がこの流行によって死亡したと推定されている。
[塹壕熱]
塹壕熱の病原体であるBartonella quintana は遅発性のグラム陰性短桿菌で、コロモジラミ体 内で増殖したB. quintana が糞とともに排泄され、これが掻爬により皮膚から侵入し、感染すると 考えられている。臨床症状は発熱、骨・関節痛などが主であるが、臨床症状のない慢性の菌血 症状態を呈することもあり、また患者がHIV感染等で免疫力の低下した状態にあると、心内膜炎 を起こし、突然死に至ることもある。
本疾患は第一次および第二次世界大戦時代の兵士を中心に大流行したのち、沈静化してい たが、1998年、マルセーユのホームレス71人中10人から塹壕熱の病原体が検出され、21人に 高い抗体価が認められた。血液からの病原体の検出および抗体検査から、最近の感染である ことが示唆され、陽性者にはコロモジラミの寄生が見られた。アメリカやヨーロッパ諸国からも症 例報告が相次いでいる。
PCR法による世界6カ国から採取されたコロモジラミの病原体保有状況調査では、フランス、ロシア、ペルー、ブルンジ等のシラミから病原体が検出された。この感染症は我が国には存在しな いと考えられていたが、最近、我が国で採取されたコロモジラミからB. quintana の遺伝子が PCR法で検出され、また患者血清からもPCR法で病原体が確認された。
学校保健法における取り扱い
アタマジラミ症は学校保健上しばしば問題となるが、学校保健法施行規則の一部改正(1999年4月)にともない文部省が作成した参考資料では「通常出席停止の必要はないと考えられる伝染病」として例示された。
(国立感染症研究所昆虫医科学部 関なおみ 小林睦生)