(Vol. 33 p. 242-244: 2012年9月号)
今回の一連の事例では、当所で行った麻疹ウイルスの遺伝子検査および遺伝子型の同定が、単なる病原体検査だけでなく感染源の特定や流行の全体像を解明する上で大きな役割を果たしたので、その概要に加え、感染拡大防止における課題について報告する。
麻疹の発生状況:患者発生状況および検査実施状況を表1に示す。
5例すべてから検出された麻疹ウイルスN遺伝子の増幅産物(456bp)について塩基配列を解析した結果、すべての症例で一致しており、遺伝子型はH1型であった。なお、H1型は、2010年に発生した2例の輸入例(中国) 1,2) を最後に国内では報告されていない(図1)。
症例1、2において麻疹ウイルス遺伝子が検出された6月5日時点では、両症例間に疫学リンクは無く、海外渡航歴も無かったことから、水面下で地域流行が発生している可能性が想定された。そのため直ちに地域の医療機関に対する注意喚起を行った結果、6月11日に県北保健所管内の医療機関から5月22日に麻疹患者を診察した旨の報告(症例3)があった。
発症から約1カ月が経過していることも考慮し、尿検体からの遺伝子検出を試みた結果、麻疹ウイルス遺伝子H1型が検出され、症例1、2と塩基配列が一致した。また、疫学調査から症例3には発症前に海外渡航歴(台湾)があり、潜伏時期からも輸入症例であった可能性が高いものと考えられた。さらに、疫学調査から症例1および症例2は症例3からの2次感染、症例4、5については症例2からの3次感染だったことが示唆され、遺伝子解析の結果はそれを支持していた。今回の一連の感染経路は図2のように考えられた。
まとめ:今回の一連の事例では、発症から約1カ月が経過した尿検体から麻疹ウイルス遺伝子を検出し、遺伝子型を同定したことが感染源の特定に繋がったものと考えられる。
症例1~3については、発症から遺伝子検査による確定診断まで6日以上が経過していた。これは医療機関からの報告の遅れに加え、麻疹の可能性が疑われるまでに患者が複数の医療機関を受診したことが原因であった。さらに、症例4、5については症例2の確定診断時にワクチン接種を行うことで発症を防げた可能性もあったことから、今後ワクチンの曝露後接種についても検討し、医療機関に対する情報発信を適切に行っていきたい。なお、10代の症例4はワクチン未接種であったが、早期に学校保健安全法による出席停止の対策が講じられたため、学校への感染拡大は防止できたものと考えられる。
今後、麻疹の排除が進行していくことに伴い、輸入症例の早期診断が重要になることから、医療機関、自治体、地方衛生研究所の連携を強化し、麻疹疑い患者全例について積極的疫学調査と遺伝子検査を徹底し、感染拡大を防止することが必要であると思われる。
参考文献
1)IASR 31: 203, 2010
2)IASR 32: 80-81, 2011
福島県衛生研究所微生物課
塚田敬子 北川和寛 門馬直太 二本松久子 金成篤子 佐藤弘子
福島県県北保健所
泉 隆子 佐々木 瞳 佐藤明絵 鈴木広幸 石井 修 遠藤幸男
国立感染症研究所ウイルス第3部
駒瀬勝啓