(IASR Vol. 36 p. 142-143: 2015年7月号)
はじめに:乳幼児期のワクチン接種にもかかわらず、近年、青年・成人の百日咳患者の報告数が増加している。今回我々は、新潟県内の中学校で百日咳の集団発生を経験した。
集団発生の概要:2014年10~12月に、新潟県内のある中学校で長引く咳が流行した。12月に当科を受診した同校の生徒複数名について、臨床症状と抗PT抗体の上昇から百日咳と確定診断し、集団発生と判断した。保健所へ連絡したところ、中学校への注意喚起や出席停止などが適宜行われた。12月末から冬休みが重なったこともあり、集団発生は終息に向かい、翌2015年1月以降新規患者の発生は認めなかった。
調査方法:今回の集団発生の詳細を調査するため、2015年2月に当科では当該中学校全生徒に対しアンケート調査を行い、乳幼児期の予防接種状況、同時期の咳症状の有無、家族内の症状の有無等を確認した。また、近隣の診療所の協力を得て、アンケート内容と診察所見を照合して診断根拠などを確認した。以上より得られた情報についてまとめた。
調査結果:全校生徒145人にアンケートを行い、140人から回答を得た。三種混合(DPT)ワクチンの接種率は99%(138/140)で、うち4回以上接種していた者は90%(126/140)であった。検査診断されたのは11人で、すべて血清学的検査により、PT-IgG価が100 EU/ml以上であった。培養検査は4人に実施されたがすべて陰性であった。検査診断された11例の咳の持続期間は平均47±17日で、発症から診断までの期間は平均26±14日であった。同期間に咳症状を有した生徒は79人(56%)おり、うち66人(47%)は2週間以上続く咳を認め、感染症発生動向調査における百日咳の届出基準1)を満たす生徒は37人(26%)であった(表)。これは咳症状を有した人のそれぞれ84%、47%にあたる。
発症週別の患者数推移を図に示す。9月下旬~10月に数名が発症し、11月中旬から急増した。1月以降に新規患者はなかった。今回の調査対象ではないが、同地区の小学校でも9~10月に長引く咳の流行があり、中学校の発端者と思われる数名は、中学校での流行の前に小中合同遠足や家族内で小学生との交流があった。2週間以上続く咳のあった生徒66人のうち、39人の生徒の家族も咳症状を呈していた(59%)。家族で百日咳の確定診断を受けていたのは1名で、小学生の同胞がPT-IgGの上昇で確定診断されていた。家族内に成人で肋骨骨折が疑われた者もいた。乳児の発症はなかった。
考 察:本事例より、現行のスケジュールにおいて規定されている4回の三種混合ワクチンの接種をほぼ完了した集団であっても、年長児の段階で百日咳菌の感受性者が多数存在していることが示唆された。2007年以降、青年や成人の百日咳患者数の報告が増加し2,3)、集団感染の報告も相次いでいる4-7)。現在わが国では、乳幼児期に4回無菌体百日咳ワクチンが接種されているが、免疫持続期間は4~12年と見積もられており8)、その長期的な効果については疑問がある9-11)。本事例をみても、年長児のほとんどがワクチン接種を受けているにもかかわらず発症しており、ワクチンの効果が時間の経過とともに減弱している可能性が高く、わが国の百日咳に対する予防接種戦略を再考する必要がある。
また、本事例の検査診断例の多くは診断までに1カ月近く要しており、診断法についても課題があると考えられた。血清学的診断法は痙咳期以降の診断確定のために欠かせない検査ではあるが、抗体価上昇までに最低でも発症から2週間程度必要であり、この間に感染が拡大する危険性が高い。一方、発症初期は培養検査が選択されるが、年長児や成人での培養陽性率は低く12)、菌分離までの時間もかかる。LAMP法が発症初期の診断法として簡便で感度・特異度ともに高い13)が、現在は保険未収載であり、検査可能な施設も限られている。年長児以降の百日咳の多くは症状も典型的でないため、診断は容易ではなく、早期診断のためにはLAMP法をはじめとする発症初期に有効な検査法の普及が期待される。さらに今回の調査では、集団発生が捉えられた中学校と、その流行の前に咳嗽を呈する生徒が多くあった小学校の生徒同士がイベントなどで交流していたことが明らかになった。今回百日咳が発生した地域は人口が約3万人と小さなコミュニティであり、地域で疾病の発生情報を共有し、各医療機関の枠を超えた早期の流行探知、診察、予防対策の連携を実践することが大切である。
重症化する可能性の高い乳児の百日咳の多くは家族内で感染が伝播しており14)、ワクチン未接種の乳児を感染から守るためには、周囲の感染源を制御することが重要である。そのためは、百日咳感受性者を減らすことと感染を拡大させないことが重要であり、予防接種戦略の再考、早期診断検査法の開発・普及、そして地域での対応が重要である。
JA新潟厚生連
けいなん総合病院小児科 額賀俊介 小川直子