国立感染症研究所

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富山県における百日咳の流行(2019年)

(IASR Vol. 41 p125-127: 2020年7月号)

はじめに

百日咳は1999年以来小児科定点把握疾患であったが, 2018年1月からは全数把握疾患(5類感染症)となった。また, 届出基準がこれまでの臨床診断から, 原則的には百日咳菌に対する実験室診断に変更された1)。また, 現行の予防接種制度では沈降精製百日せき・ジフテリア・破傷風混合ワクチン(DPT)に不活化ポリオワクチン(IPV)を加えたDPT-IPVが2012年11月から定期接種として導入された(初回接種:生後3~12か月に3回, 追加接種:初回接種終了後12~18か月に1回)。このような背景の中, 富山県では2019年に小中学生を中心とした百日咳の流行を経験したので, 保健所や医療機関で実施された対策を含めて報告する。

方 法

2019年第20~38週の期間に富山県内の4カ所の厚生センターおよび富山市保健所管内(A~E)で収集された百日咳の感染症発生動向調査(NESID)の中の疫学情報(患者年齢, 届出日, 予防接種歴等)を後方視的に解析した。

結 果

2018年1~12月の届出患者数は23件であったが, 2019年1~12月の届出患者数は253件と約11倍に増加した。図1には2019年における富山県内の週ごとの保健所管内別百日咳の届出数を示した。2019年第1~20週の届出数は少数例であったが, 第21週以降に第1~20週の届出数のレベルを超えて増加し始めた。このため, 第24週に県厚生部および教育委員会から, 医師会および学校関係者に向けて, 早期受診, 診断の注意喚起を行った。また, 住民に対しては, 長引く咳嗽等の症状から百日咳を疑う場合は, 早期に医療機関を受診すること等を富山県衛生研究所ホームページ内の感染症発生動向速報で案内した2)。その後, 第28週には届出数はピークに達したものの, 第29週から徐々に減少傾向となり, 第38週にはベースラインまで低下した。2019年の総届出数97%(246件)が互いに近接するC, D, Eの3地域で占められていた。D, E地域では届出数のピークである第28週以前に届出数が多い傾向であったのに対し, C地域では第28週以降の届出が多かった。D地域では単一の小学校において地域の65%を占める大きな集団感染が発生していた。E地域では地理的に離れた4校区における患者報告が第21~32週の間に集中していた。患者の年齢分布では, 7~12歳が全体の75%(190例)を占めていた(図2)。一方, 0歳児は全体の3%(8例)であった。この8例中3例は1回のみワクチンを接種していた。流行の中心となった7~12歳の患者(190例)の82%は4回のワクチン接種を受けていた(図3)。実験室診断法については, 病原体遺伝子の検出法による確定例が220例(87%)で, その大半がLAMP法による確定例(210例)であった。病原体の分離同定による確定例は2例であった。抗体の検出による確定例は57例(23%)であった。うち27例は遺伝子検出法との併用であり, 抗体検出単独による確定例は29例(11%)であった。検査確定例と接触があった2例では臨床診断により届出が行われた。

考 察

本調査において2019年の百日咳の届出数は2018年の11倍であったが, 2018年の患者数は百日咳全数サーベイランスの導入年であったため, 過小評価になった可能性を考慮しても, 2019年5~9月に県内で百日咳の流行が小学校を中心に発生したことが明らかである。流行の中心となった7~12歳の約9割に百日咳含有ワクチンの接種歴があった所見は, 2018年1~11月における全国の百日咳発生動向調査の結果と矛盾しない1)。しかしながら, 0歳児における報告頻度は全国の頻度(6%)より低かった。また, 宮崎県でも富山県と同様に, 小・中学生を中心とした百日咳の流行が2018年2~7月に発生したことが報告されている3)。地域別の疫学曲線からは, 流行の前半(第21~28週)にはD, E地域がその主体を担い, 後半(第28~38週)にはC地域が主体であったと考えられ, 県内での流行地域が時間経過に従い緩徐に地域間を移動したことが推察された。また, 感染経路の情報が得られた138例のうち32%(43例)の感染源は同居家族であり, とりわけ同胞からの感染が20%(27例)を占めた。E地域では小学校のクラブ活動等を介した感染が疑われたものの, 感染経路は特定できなかった。また, 実験室診断法がLAMP法へと移行している所見についても, 全国調査の結果と一致している1)

Yasuiらは2013~2015年の小学生と思春期の健常人の血清中抗pertussis toxin(PT)抗体陽性率を比較検討し, 6~7歳(47.1%)の抗PT陽性率は, 12~13歳(60.0%)および18~19歳(73.0%)に比較して低いことを報告している4)。また, 2018年の感染症流行予測調査において, 抗PT抗体保有率は1~6歳および13~17歳では60-80%であるのに対し, 7~13歳では30-50%と低かったことが示されている5)。これらの所見および本調査によって, ①小学生の年代を中心に百日咳患者が発生したこと, ②その患者の大半に生後2歳までの4回のワクチン接種歴があること, ③小学生の年代の血清中抗PT抗体陽性率の低下していること, が明らかになった。これらの所見を総合すると, 乳幼児期の計4回の百日咳含有ワクチン接種後, 小学校就学時までに抗PT抗体を含むワクチン誘導免疫が減衰していることが示唆された。現在, 厚生科学審議会予防接種ワクチン分科会において, 今後の接種スケジュールを含めた百日咳含有ワクチンの予防接種施策の検討が進められている6)。本課題の解決は学童の感染者数の減少のみならず, 学童から乳幼児への家族内感染の回避, 乳児重症化の予防対策としても重要である。

 

参考文献
  1. IASR 40: 1-2, 2019
  2. 富山県感染症情報センター, 感染症発生動向調査速報第26週,
    http://www.pref.toyama.jp/branches/1279/kansen/sokuhou/2019/kansen1926.pdf
  3. 三原由佳ら, IASR 40: 12-13, 2019
  4. Yasui Y, et al., Vaccine 36(20): 2910-2915, 2018
  5. 感染症流行予測事業, 年齢/年齢群別の百日咳抗体保有状況, 2018,
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/y-graphs/8788-pertussis-yosoku-serum2018.html
  6. 第15回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会予防接種基本方針部会ワクチン評価に関する小委員会, 2020年1月17日,
    https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/000585218.pdf
 
 
富山県衛生研究所         
 磯部順子 金谷潤一 内田 薫 木全恵子 前西絵美
 綿引正則 大石和徳            
富山市保健所保健予防課      
 石川智子 藤川美香 元井 勇 瀧波賢治 宮崎英明       
富山県厚生部高岡厚生センター   
 水木路男 守田万寿夫      
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