国立感染症研究所

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中国における梅毒の21年間の時空間分析と予防対策への応用

(IASR Vol. 41 p16: 2020年1月号)

中国における梅毒は1960年代にほぼ排除されたが, 過去20年間で再び増えてきており, 政府は2010年にHIV対策と統合した10年間の梅毒対策計画を開始し, 加えて先天梅毒排除に向けてHIV, B型肝炎, 梅毒の母子感染排除計画を採択した。本報告では, 中国における病期(Ⅰ期,Ⅱ期)と先天梅毒発生率の時間・空間的な傾向について分析する。

情報は国内で報告義務があるサーベイランスでPublic Health Scientific Data websiteとNational Centre for Sexually Transmitted Disease Control websiteに公開されている2004~2016年のデータを用いた。

1995年から2016年にかけて梅毒の年間報告数は11,336件から438,199件まで増加した。早期(Ⅰ期・Ⅱ期)梅毒の報告数は増加した一方で, 割合は13.6%から11.1%に減少し, 潜伏期梅毒の割合が14.2%から73.6%に急増した。

10万人当たりの梅毒罹患率は1995年から2016年で1.0から32.2に増加した。早期梅毒罹患率は1995年から徐々に増加したが, 2012年から減少し始めた。潜伏期梅毒は2011年から2014年にかけて比較的横ばいであったが, 一貫して顕著な増加が続いていた。先天梅毒罹患率は2003年から2011年で10万出生当たり7.2から82.7と急速な増加がみられたが, その後急激に減少して2016年は27.6であった。

早期梅毒罹患率が高い地域は2004年から2016年にかけて海岸部から内地部の省へと顕著に変化し, 先天梅毒罹患率も同様の傾向を示した。GDPや医療費と早期梅毒罹患率には相関を認めたが, GDPや医療費と先天梅毒罹患率には明らかな相関は認められなかった。早期梅毒罹患率は20~35歳で最も高く, I期梅毒では60歳以上でも高値を認めた。潜伏期梅毒罹患率は2峰性で, 60歳以上で最も高く, 次いで20~35歳が高かった。

潜伏期梅毒が全体に占める割合の増加は, スクリーニング検査の増加による可能性が高いと考えられた。HIVと梅毒の同時スクリーニング検査や術前スクリーニング検査が徐々に浸透してきたことが潜伏期梅毒の診断の大幅な増加につながった可能性がある。先天梅毒罹患率の急速な減少は, 梅毒の出生前健診の促進と出産可能年齢の女性における新規梅毒感染の減少による可能性がある。

梅毒罹患率の東海岸部の省における減少と内地部の省における増加といった時間的・空間的変化は, 疫学的な動向と経済学的な動向の関連を示唆している。1980年代前半は東部と南中央部から経済改革が始まり, 性風俗産業が急速に広まったことが梅毒罹患率の増加に寄与した可能性がある。そして経済的に繁栄してきた地域では, スクリーニング検査と治療がより多く実施され診断能力が向上したことが, その後の梅毒の減少に寄与したと考えられた。比較的発展していない内地部 (北東部) では, 以前は貧困が医療へのアクセスを制限し, 症例が把握されていなかった可能性があったが, 近年多くの医療施設でみつかってきている。また, 内地部の省から海岸部へ移住してきた性風俗従事者が梅毒伝播の橋渡しとなった可能性がある。

本研究では地理的・時間的な梅毒疫学の多様性と経済動向との複雑な相互作用が示された。

 
 
(Tao Y, et al., Clin Infect Dis, 2019)
(抄訳担当:国立感染症研究所感染症疫学センター 芹沢悠介 高橋琢理 山岸拓也)

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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