国立感染症研究所 感染症疫学センター
2022年1月14日現在
(掲載日:2022年4月7日)

 

梅毒は梅毒トレポネーマによる感染症で、その母子感染は、流産、死産のリスクに加え、児が出生した場合も出生時の低体重や先天梅毒のリスクがある。梅毒の母子感染は妊娠中の早期発見と適切な治療を行うことで防ぐことができる。世界保健機関(WHO)は梅毒母子感染の排除を目標に掲げており、各国とも対策を進めている(WHOの梅毒母子感染排除基準は10万出生当たり50例未満と規定されている)1)

我が国では、2014年頃から異性間の男女における梅毒症例報告が増加した2)3)4)。これに平行して先天梅毒の報告も増加傾向を示している5)6)。平成31年(2019年)1月1日から梅毒の届出様式が変更され、妊娠の有無、直近6か月以内の性風俗産業の従事歴の有無が届出内容に加えられた7)。今回、感染症発生動向調査事業年報の2019年および2020年のデータを使用し8)9)、女性梅毒症例のうち「疾病共通備考欄」あるいは「その他事項」欄に「妊娠」の文字列が含まれる症例を抽出し、「妊娠あり」の症例についてまとめた。

この期間に届出された時点での女性の梅毒症例は、2019年は2,255例、2020年は1,965例であり、妊娠に関する記述の含まれた症例は2019年は1,803例(80%)、2020年は1,595例(81%)であった。そのうち妊娠ありとされた症例は、2019年は208例、2020年は185例(うち1例異所性妊娠)であり、ともに妊娠に関する記述のある症例の約12%であった。

2019年の妊娠に関する情報を含む症例208例の年齢分布は、15-19歳が25例(12%)、20-24歳が83例(40%)、25-29歳が55例(26%)、30-34歳が32例(15%)、35-39歳が11例(5%)、40-44歳が2例(1%)であった。病型別では、早期顕症梅毒Ⅰ期に分類された症例は11例(5%)、早期顕症梅毒Ⅱ期が45例(22%)、無症候が152例(73%)であった。都道府県別の妊娠症例報告数の最も多い都道府県は、東京都と大阪府が29例で、次いで兵庫県が17例、愛知県が14例であった。なお、女性人口100万人あたり妊娠症例報告数の上位3位は、徳島県が7.9、三重県が6.6、大阪府が6.3、10~40歳代女性人口100万人あたり妊娠症例報告数の上位3位では、徳島県が20.8、青森県が16.7、三重県が16.0であった。妊娠週数の記述があったのは妊娠症例208例中195例で、妊娠週数19週までが140例(72%)、20週以降が55例(28%)であった。直近6か月以内の性風俗産業の従事歴について記載があったのは122例で、「あり」が23例(19%)、「なし」が99例(81%)だった。

2020年の発生動向は2019年のそれと類似しており、2020年の妊娠症例185例の年齢分布は、10-14歳が1例(1%)、15-19歳が16例(9%)、20-24歳が74例(40%)、25-29歳が54例(29%)、30-34歳が29例(16%)、35-39歳が9例(5%)、40-44歳が2例(1%)であった。病型別では、早期顕症梅毒Ⅰ期が17例(9%)、早期顕症梅毒Ⅱ期が22例(12%)、無症候が146例(79%)であった。都道府県別の妊娠症例報告数の最も多い都道府県は、大阪府が37例で、次いで東京都が23例、兵庫県が10例であった。なお、女性人口100万人あたり妊娠症例報告数の上位3位は、大阪府が8.0、熊本県が7.6、青森県が6.1、10~40歳代女性人口100万人あたり妊娠症例報告数の上位3位では、熊本県が19.6、大阪府が18.2、青森県が16.9であった。妊娠週数の記述があったのは妊娠症例185例中180例で、妊娠週数19週までが145例(81%)、20週以降が35例(19%)であった。直近6か月以内の性風俗産業の従事歴について記載があったのは100例で、「あり」が23例(23%)、「なし」が77例(77%)であった。

先天梅毒の2019年、2020年の報告数はそれぞれ23例、19例であった。梅毒感染の報告のうち妊娠症例数は、2019年は208例、2020年は185例で、それぞれの先天梅毒の報告数に対して約9~10倍の報告数であった。先天梅毒の都道府県別報告数は、2019年は最も多い大阪府が5例、次いで神奈川県が3例、宮崎県が2例であり、2020年は最も多い埼玉県が5例、次いで千葉県、東京都、大阪府、福岡県がそれぞれ2例であった。性風俗産業従事歴は自己申告によるため過少報告の可能性はあるが、記載のある妊娠症例の中で従事歴のある症例は約2割であり、多くの症例の感染源はパートナーである可能性が示唆された。また、妊娠症例のうち病期が無症状である症例が7割以上を占めることから、妊婦健診によって梅毒感染が判明したことが示唆され、妊婦検診が有効に機能していると考えられるが、妊娠週数20週以降に診断されている症例も2割程度存在した。梅毒の報告数が増加している現在10)11)、引き続き報告数の還元とともに、積極的な情報の発信が重要である。2021年9月にはWHOガイドライン12)および米国疾病予防管理センター(CDC)ガイドライン13)で推奨されているべンジルペニシリンベンザチン水和物の筋注用製剤の国内使用が承認されており、妊娠女性梅毒の治療および、胎児の転帰や先天梅毒児が生まれた場合の治療方法とその転帰を詳細に調べていくことが重要である。

 
[参考文献]
  1. WHO: Global guidance on criteria and processes for validation: elimination of mother-to-child transmission of HIV, syphilis and hepatitis B virus, 2021
    https://www.who.int/publications/i/item/9789240039360
  2. 国立感染症研究所:異性間性的接触による女性の梅毒感染リスク因子の検討 (2017~2018年)
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/typhi-m/iasr-reference/2473-related-articles/related-articles-479/9353-479r06.html
  3. 国立感染症研究所:日本の梅毒症例の動向について (2021年7月7日現在)
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/syphilis-m-3/syphilis-idwrs/7816-syphilis-data.html
  4. 国立感染症研究所:梅毒
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/syphilis-m-3/syphilis-iasrtpc/9342-479t.html
  5. 国立感染症研究所:先天梅毒児の臨床像および母親の背景情報に関する研究報告(2016~2017年)
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/syphilis-m-3/syphilis-iasrd/8437-465d03.html
  6. 国立感染症研究所:発生動向調査年別報告数一覧(全数把握)
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/ydata/10410-report-ja2020-30.html
  7. 国立感染症研究所:感染症発生動向調査における梅毒妊娠症例 2019年第1~3四半期
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/typhi-m/iasr-reference/2473-related-articles/related-articles-479/9351-479r05.html
  8. 国立感染症研究所:感染症発生動向調査事業年報2019年
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/allarticles/surveillance/2270-idwr/nenpou/10115-idwr-nenpo2019.html
  9. 国立感染症研究所:感染症発生動向調査事業年報2020年
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/allarticles/surveillance/2270-idwr/nenpou/10904-idwr-nenpo2020.html
  10. 国立感染症研究所:日本の梅毒症例の動向について (2022年1月7日現在)
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/syphilis-m/syphilis-trend.html
  11. 国立感染症研究所:IDWR 2021年第47号<注目すべき感染症> 梅毒
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/syphilis-m-3/syphilis-idwrc/10826-idwrc-2147.html
  12. WHO guidelines for the treatment of Treponema pallidum(syphilis), 2016
    http://apps.who.int/iris/bitstream/10665/249572/1/9789241549806-eng.pdf?ua=1
  13. Workowski KA, et al., MMWR Recomm Rep 64: 1-137, 2015

 


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