感染症発生動向調査における梅毒妊娠症例 2019年第1~3四半期
(IASR Vol. 41 p9-10: 2020年1月号)
梅毒は梅毒トレポネーマによる感染症で, その母子感染は, 流産, 死産のリスクのほか, 児が出生した場合も低出生体重や骨軟骨病変などの先天梅毒のリスクがある1)。梅毒の母子感染は早期発見と適切な治療を行うことで防ぐことができる2,3)。世界保健機関(WHO)は梅毒母子感染の排除を目標に掲げており, 2030年までに80%の国で梅毒母子感染を10万出生当たり50例以下にすることを目指している4)。わが国では, 2014年頃から異性間の男女における梅毒感染報告が増加しており5,6), これに平行して先天梅毒の報告も増加傾向を示している。このような背景の中, 平成31(2019)年1月1日から梅毒の届出様式が変更され, 妊娠の有無, 直近6カ月以内の性風俗産業の従事歴の有無等が届出内容に含まれた。2019年第1~39週までに報告された女性梅毒症例のうち, 「疾病共通備考欄」あるいは「その他事項」欄に「妊娠」 の文字列が含まれる症例を抽出し, 「妊娠あり」の症例についてまとめた。
2019年第1~3四半期(第1~39週:以下, 診断週)の梅毒届出数は4,985例であった。この期間に届け出られた女性症例は1,693例(全体の34%)であり, 妊娠に関する記載があった症例は1,352例(女性症例の80%), うち, 妊娠ありとされた症例は161例(妊娠に関する記載がある症例の12%, 墜落分娩等により診断時には「妊娠なし」と報告された3例を含む) であった。妊娠ありの梅毒症例は, 同期間に報告された先天梅毒14例の約12倍であった。
妊娠症例161例の年齢群別は, 15~19歳が18例(11%), 20~24歳が66例(41%), 25~29歳が39例(24%), 30~34歳が28例(17%), 35~39歳が9例(6%), 40~44歳が1例(1%) であった。病型別では, 早期顕症I期が8例(5%), 早期顕症II期が34例(21%), 無症候が119例(74%)であった。妊娠週数の記述があったのは161例中151(94%)例で, 妊娠週数19週までが114例(75%), 20週以降が37例(25%)であった。直近6カ月以内の性風俗産業の従事歴について, 記載があったのは妊娠症例161例中92例で, 「従事歴なし」が77例 (84%) だった。
妊娠の梅毒症例は2019年第3四半期時点において161例であることから, 今後同様のペースで報告されると年間200例を超える妊娠症例の報告が想定される。妊婦梅毒感染の3割は子宮内胎児死亡, 死産または分娩直後の死亡を起こすと言われており1), 女性での梅毒感染が先天梅毒児の数から想定されるよりはるかに大きな公衆衛生上の影響を及ぼしている懸念がある。また, 先天梅毒児も把握されている以上の数が発生している可能性がある。妊娠症例は20代後半から30代前半の女性が多く, 性風俗産業従事歴がないことから感染源が男性パートナーである可能性が示唆された。先天梅毒児を生む母の中では過去6カ月以内の性風俗産業従事歴があり, 若年妊娠, 未婚, 妊婦検診が未受診または不定期受診の人が多かったが7,8), 梅毒症の妊婦はそれらの特徴を持つ集団とは異なる可能性がある。また, 無症状の症例が7割以上を占めることから, 妊婦健診が有効に機能していると考えられたが, 20週以降に診断されている症例も25%を認めた。今後, 妊娠女性の梅毒症例の罹患リスク因子, 胎児の転帰, 先天梅毒児が生まれた場合の治療方法とその転帰を詳細に調べ, 効果的な妊婦スクリーニング法など梅毒母子感染を防ぐ公衆衛生対策に結びつけることが重要である。
参考文献
- Peeling RW, et al., Nat Rev Dis Primers 12 3: 17073, 2017
- Watson-Jones D, et al., J Infect Dis 186: 948-957, 2002
- Lin JS, et al., JAMA 320: 918-925, 2018
- World Health Organization, Global guidance on criteria and processes for validation: Elimination of Mother-to-Child Transmission of HIV and Syphilis. 2nd edition
- 国立感染症研究所, 日本の梅毒症例の動向について(2019年10月2日現在)
https://www.niid.go.jp/niid/ja/syphilis-m-3/syphilis-idwrs/7816-syphilis-data-20180105.html - 国立感染症研究所, IDWR速報データ 2019年
https://www.niid.go.jp/niid/ja/data.html - 金井瑞恵ら, IASR 38: 61-62, 2017
- Kanai M, et al., Sex Health 15: 460-467, 2018